第五話 鮎川

 「山木、遅い!」

 

「山木君!」


 俺の華々しい想像は、地獄のように苛烈な激務にあっさりと打ち砕かれてしまっ

た。


 楽勝だろ、と思い込んでいたバイトが、想像以上にキツい。数あるドリンクとサ

イドメニューの名前、提供の仕方をすべて覚えなければならないし、目まぐるしい

くらい客もたくさん来るから忙しい。


 俺の精神は、激しく消耗していた。


 「お前ら、もうちょっと動けたほうがいいんじゃねえの?」


 休憩中に、三田村祐樹が絡んでくる。


 俺は、何も口答えができない。いかにもな体育会系のこいつの方が、頭が悪くて

仕事ができないと思っていたのに、こいつは意外と要領がよくて覚えも早かった。


 お前ではなく、お前『ら』。


 俺の隣にいる間中と、俺は一緒にされている。こんな根暗そうなやつと一緒にす

るなと大声で訴えたくなる。


 「こいつら、暗いし接客向いてねえだろ、キモい」


 三田村が追い打ちをかける。


 「ホントですよね~」


 面接で見つけた可愛い女の子も彼に同調する。今となっては可愛くない後輩だ。

この性格ブス。






 そういうわけで、俺は日曜日のヒーローの時間が、さらに恋しくなった。


 今、目の前にいる怪獣を、追いかけて、蹴っ飛ばす。


 この前、逃げ切れたからか、やつは生意気にも俺に立ち向かうような姿勢で向か

い合っていた。


 ムカついた。一回の勝利で調子づいてんじゃねえよ!


 返り討ちにしてやる。


 前回、いや先週は欠席したから実質前々回の怒りを、ここで発散してやる。


 周りだって、俺の味方なんだ。


 例えば、さっき見えた黒髪の美人系で可愛い子だって。


 「鮎川ぁ!!」


 突然、ヒーローは当人たちにしか分からないような固有名詞を叫んだ。


 その後、説教のような、決意表明のようなことをした怪獣。


 その退屈さに、俺は油断したせいで、捕まえられてしまった。


 怒りが爆発した。


 今すぐにでも振りほどいて、これまでにないくらいに拳を打ち付けてやりたいと

思ったのに、頑丈なこいつが、俺の腕を被せるようにしがみついた。


 「このっ…! うざったいんだよぉ!!」


 「ぐはぁっ!!」


 何とか腕だけでも抜け出し、そこから光線銃を取り出して、怪獣めがけて放っ

た。


 怪獣は、消えた。


 「うぉぉぉぉ!!」


 「よくやった!」


 「怪獣もしぶとくなったなぁ! ナイスだヒーロー!」


 怖かった。


 ブレスを吐くような素振りを見せられて。それにビビってしまった俺への周囲の反

応が。そして何より、負けそうになったのが、一番怖かった。


 さっき見た黒髪の少女は、慌てたようにどこかへ走っていくのが見えた。でも今

は、そんなことがどうでもいいくらい、あいつに負けるという未来が、不安だっ

た。


 その日は、一睡もできなかった。


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