第二話 祝福

 「なんだこいつ」


 「相変わらず気持ち悪いな」


 教室の中では、最近流行りの話題について持ちきりだ。


 「怪獣って、まじな奴なのかな?」


 「人間じゃね? 日本語喋ってたし」


 クラスの目立つ人間たちが、楽しそうに群がって喋る。


 「ヒーローって誰なんだろう?」


 「マスクとったらカッコよかったりして、キャー」


 女子たちも、勝手な想像を働かせて盛り上がっていた。


 隅っこの席で、俺は一人、彼らを俯瞰していた。


 中学時代。


 家でも学校でも地獄のような日々を生きていた俺は、何かを変えたくて都会に行

きたいと家族へ言った。


 最初は、「馬鹿なことを言うな」と、父からは怒られたが、粘りに粘った末「勝

手にしなさい」と、根負けした父に突き放すように言われて、いつものように出来

の良い妹と比較されて、俺は上京した。


 アパートの家賃と光熱費は、三年生になる今の今まで仕送りで払ってくれてい

る。


 上京して環境を変えれば、友達だって出来て、華やかな学校生活を送れると思って

いたのに。


 「クソッ…」


 俺は、誰にも相手にされていなかった。


 入学した当初は、クラスの男子たちの群れに入って、昼休みや移動教室の時も一

緒にいたのに、それが次第に、各々の仲良しグループに別れたタイミングで俺は孤独

になってしまった。


 部活に入っていなかったのが問題だったのか。


 それなら、中学時代のあいつらのせいだ。野球部に入っていた補欠の俺をからか

ってきて、関係ないサッカー部や陸上部の馬鹿どもがいちいち口を挟んできたか

ら、それが嫌だった。


 それなら文化部に入ればいいじゃないかって?


 嫌だよ。あんな根暗が集まる部活。俺は明るい奴らと一緒にいて、モテたいんだ

よ。


 「ヒーローの正体、知りてえなぁ」


 「おれ会ってみてえ~」


 「お前と会っても相手されねえって」


 ヒーローに憧れる活発な人間たち。


 もし彼らが、ヒーローの正体を知ったらどんな反応をするだろうか。見直してくれ

るか、いや、ヒーロー自体に興味を失ってしまいそうだ。


 それでも俺は、自分のことで盛り上がる空間と、正体を隠すスリルに興奮を覚え

た。


 ああ、早く。


 日曜日になってくれ。






 俺は、変わった。


 この力を手に入れて、俺は変わったんだ。


 毎週日曜日、ヒーローを追いかける。


 逃げづらいだろう都会の混雑を掻き分けて、見つけて。


 「おらあ!」


 この醜い怪獣を、殴って、蹴って、銃で撃ちぬいて。


 楽しかった。


 俺が優位で絶対というイージーなゲームが。


 あんなノロマの抵抗なんて簡単に避けられるし、銃を使うまで好きなだけボコボ

コに痛めつけることが出来る。


 この力にも、ルールにも慣れてきて、楽しかった。


 あの人は、本当に神だった。


 存在を誰にも認めてもらえない俺に、彼は慈悲を与えてくれた。


 信じてよかった。


 「がんばれー!」


 「そんなキモいやつぶっ飛ばせ!」


 「ヒーロー!」


 平日は、まるでモブキャラのように、誰にも相手にされない俺だが、日曜日にな

るとこうしてみんなから応援される。


 このまま、やってやるよ。


 怪獣を、完膚なきまでに痛めつけて、みんなを盛り上げてやる。


 俺は、充実していた。


 なのに。


 「はぁはぁ。しぶとくなりやがって…チクショー」


 怪獣は、強くなっていた、というより、俺の弱点を研究したかのように上手く立

ち回っていた。


 蹴り飛ばした怪獣が立ち上がって、また走り出してしまったらどうしよう。そんな

焦りから俺は、早々と光線銃を取り出す。


 「くらえ!」


 引き金を引いた。


 撃たれたやつは、どこか満足したような顔つきで、それがとても憎らしかった。


 勝ったのは、勝ったんだ。


 大丈夫。


 あいつがいくら頑張ったって、俺からは絶対に逃げられないんだ。


 そう言い聞かせて、俺は聴衆からの祝福を素直に喜んだ。




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