第11話 三つ目

 なんだこれめっっっっちゃおもしれえじゃん!!


 熱狂した間中に勧められ、半ばしぶしぶと見始めたネットの動画。


 例の実況者、クロートのゲーム配信。


 自分の中の世界が、ガラッと変わった気分だった。


 自分の中にある核のようなものが、そのまま誰かの手によって真っ逆さまに反転

させられるような、はたまた長い年月をかけて確固として築いてきた自分の中の概

念をことごとく打ち砕かれたような気分だった。


 簡単に言うと、それはすごかったのだ。


 父が、俺の入学祝に買ってくれたパソコン。十万円は下るだろうハイスペックを、

今まで用途も分からず持て余していたが、ようやくちゃんと高性能パソコンとして使

ったような気がした。


 この感動をさっそく間中に電話、といきたいところだが、今回もアレだ。


 俺は、街の中で待機している、というよりは行く場所もなく街をさまよっている。


 こんなナリで家に帰ったら母さんはきっと驚くだろうし、親父にバレたらとんで

もないことになりそうだ。いたずら好きの弟には腹抱えて笑われるだろうな。


 かといって、どこかのお店に入るのも当然だが出来ない。店舗に入った瞬間、そこ

から店を出るまで俺の姿に釘付けだろう。中には戦慄する人だっているかもしれな

い。


 どこかの山奥に潜伏することも考えたが、俺の住む町から徒歩で三十分はかかる

だろうし、こんなナリで電車やバスなどの公共交通機関はもちろん使えない。車は

免許を持ってないし自転車は人通りの多い都市では迷惑だ。


 君の心を救うのは君自身だ。


 かつて、神を名乗る男から言われた言葉。


 今でも、その言葉は覚えている。


 少しだけ訛ったような発音で、人間味を感じさせた『神』


 まあでも、こんなナリにしてくれたあいつを、今では恨んでいるが。再会したら

ボコってやる。


 


 それはさておき。


 十七時三十分。


 ヒーローが来ない。


 おいおいどうした。俺は、動揺した。


 あと少しで始まるキツイ部活の練習が、雨天でいきなり中止になりましたよ、と

言われた時の驚きに似ている。ちゃんと気持ち作っていたのにまんまとそれを裏切

られた怒りと、苦しむ未来を取り去ってくれた安堵。


 要するに、微妙な気持ちだ。


 「おいおい、どうしちまったんだ」


 「いつもならこの時間にやっつけるだろうに」


 「怪獣はキモい」


 周りも、俺の気持ちとは違うが、同じようにどよめいている。最後は関係ねえだ

ろ。


 「ヒーローも忙しいんじゃねえか?」


 「実は一般人でした、ってのも悪くねえな」


 「怪獣はキモい」


 だから最後は関係ねえだろ。


 俺が怪獣になる時間は日曜日の九時から十八時まで。


 俺は、肩透かしを食ったような気持ちで、街を後にした。






 転移した姿を誰かに見られたのは、初めてだった。


 大きな空き地。


 正確に言えば、廃校になった中学校の校舎。


 屋上。


 「何やってんの?」


 これは、俺の言葉じゃなかった。声の主は、屋上のフェンスのない隅に、今から

地面をけって空を羽ばたこうとするような佇まいだった。


 「お前こそ、何やってんだよ」


 内容は違えど、それはこちらの台詞だ。俺は、聞き返した。


 「自殺…」


 迷わず、答えた。それはそうだ。


 「…の、予行演習とでもいったら、止めないでくれるの?」


 「はあ?」


 意味が分からなかった。こういうややこしい言い回しは嫌いだ。


 しばらく俺は、そいつを見つめる。


 俺は三つの意味で動揺していた。


 最近の映画か何かでダブルミーニングという言葉を耳にしたが、俺の場合はトリプ

ルミーニングだ。すごいだろ。って誰に自慢してんだよ。


 動揺一つ目、相手に転移している姿を見られたこと。


 今の中高生なら察しが良いから、いま世間で話題になっているヒーローと怪獣

に、何らかの関係があると思われかねない危険から来る動揺。


 動揺二つ目、相手が今まさに死のうとしているということ。

 とりあえず、俺の目の前でそんなことをしないでほしい。トラウマになるからやめ

てほしい。意外と中身はセンチメンタルなんだよ。怪獣みてえな見た目になるけど。


 「とにかく、邪魔しないでね」


 「ちょっ、お前…、おい!!!」


 ふわっと、落ちた。


 綺麗だった。


 様になっていた。


 「おらっ、このやろぉぉぉぉ!!!!」


 俺も、落ちた。


 校舎は三階建て、相当高く感じる。


 でも、俺は『彼女』を。


 …あれ。


 いなくね…?


 「バカ!!!」


 全力でひねり出したような大声は、上から落ちてきた。


 同情のような、俺の安否を気にしてくれるような、優しい罵声。



 そんな思いなど、無情に無視する重力により、俺は背中から。


 ぶつかった。


 動揺三つ目、その人物が、あの黒髪の女だったこと。




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