第5話 お世辞にも

 そして週末。

 

ヒーローに追われる。


 こんな目にあってからもう一カ月、正確には五回目になるが、もう慣れしまっ

た。これは果たして良い慣れなのか悪い慣れなのか。


 ただ、慣ればかりではない。


 先日の、俺の弱みを握った間中の顔が蘇る。


 やり返し過ぎたことで、逆にモヤモヤしてしまった。


 あいつが自殺でもしたらどうしようか。


 いや、そんな心配はしてないか。本当は、あいつが逆上して俺の正体をバラしてし

まうことが怖かっただけだ。


 「ぐはぁっ!」


 追われた背中を蹴飛ばされ、壁にぶつかる。体育館の壁にぶつかったあいつも、

きっと痛かっただろうな。


 「はぁはぁ。しぶとくなりやがって…チクショー」


 ヒーローは息切れをしながら俺を睨みつけ、例の光線銃を向ける。


 生まれてから十年以上住んできたこの都市は、未だに知らない場所があったらし

い。良く通らない場所も含め、実際に立ち入らなくてもその場所がどんな形状なの

かをイメージできるようになった。


 それ故に、どこが逃げやすくてどこが捕まりやすいか、自分に有利な土地を把握し

た。


 立場が弱いなりに、どうすれば逃げ切れるか、俺なりに研究しておいたのが、ここ

に来て役立った。


 無数にいる通行人から、SNSを通じて場所を知らされるので、隠れることはで

きないが、こうして逃げ切るだけでも、ヒーローの疲れ切った顔を見ることが出来

た。戦闘力の高いヒーローでも、走っただけでこんな顔をするのか。俺は気分が良

かった。


 「くらえ!」


 俺に随分と長く逃げ切られたことに気が立ってか、いつものような御託はなく、

すぐさま引き金を引いた。


 罵声と痛みも、慣れたらこんなものか、と思いながら、あの場所へ転送された。






 月曜日。


 朝のクラスの話題はもちろん、ヒーローと怪獣。


 この状況が、普遍的になりつつある。


 俺もまた、SNSでヒーローの投稿をチェックする。他人のアカウントだが、あ

る意味俺自身のエゴサだな。それも、世界で一番胸糞悪いエゴサ。


 『怪獣が、小賢しくなり少し苦戦しましたが、なんとか倒せました』


 小賢しくなり、って…。


 ヒーローにしては言葉を選ばない奴だな。言葉の下に、ギャラリーからもらった

らしき、『怪獣』の伸された姿がそこにあった。


 「ヒデ」


 名前を呼ばれた。


 「お、おう?」


 慌ててスマホの電源を落とし、声を掛けてきたクラスメートに顔を向ける。


 「どうした?」


 「いや、別に」


 クラスメートに急に声を掛けられて驚いてしまう。正体がバレてなくても、倒れ

る自分の姿を隠したくなってしまう。


 「お前に用があるってやつがいるんだけど…、なんだ、あいつ」


 クラスメートは、いかにも対象をバカにするような顔つきで、目線をドアの方に向ける。


 そこには、お世辞にも美男子とは言えない間中が、俺の方に目を向けていた。




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