第3話 英雄じゃなくて

 「ヒデくーん!」


 昼休み。


 間延びした女の声が聞こえて振り返ると、隣のクラスの、日比谷佳也子(ひびやか

やこ)が、肘をたたんで手を振っているのが見えた。


 俺も手を振り返すと、堂々と俺の教室に入ってくる。


 「カヤコちゃんだ!」


 「カヤコちゃーん!」


 佳也子は、女子から人気があるらしく、四方からの嬌声に応えながらこちらへ歩

いて来た。


 「よお」


 「今日も来ちゃった」


 おどけながら彼女は、俺の一つ前の椅子に座る。


 「特に用事もねえのに、ご苦労なことで」


 「もう、そういう言い方はないんじゃない? ていうか、隣なんだから、そんな

にご苦労じゃないし」


 彼女は少し頬を膨らませて、不満アピールをする。


 それが様になるくらい、許されるくらいの容姿がある。


 白い肌をベースに、ショートカットの茶髪、丸い輪郭と丸い目をした童顔、小柄

だがやや肉感のある体型。本人は、高身長のスリムで硬派な美人に憧れているが、

今の彼女の方が男子は好きだろう。


 そんな彼女に、憎まれ口を叩くのは楽しいので、今日も軽い口調で彼女をからか

う。


 それからは、世間話だったり、彼女の好きな芸能人の話を聞いた。


 「あれ、今日は付けてないの?」


 しばらくして、彼女が愉快な調子を崩し、俺の首元を尋ねる。


 「何を?」なんてセンスのない言葉は選ばなかった。


 「ごめん、今日はたまたま家に忘れてきて」


 「そうなんだ…。まあ、誰だって忘れることあるんだから、しょうがないよ

ね!」


 誕生日か何かで彼女からもらった首飾り。


 本当は、忘れたのではなく無くしてしまった、とは言えなかった。


 無くした場所は知っている。






 放課後。


 俺は用事があると言って佳也子を振り切ると、そのままあの場所へ直行した。


 昨日、格好の撮影スポットとなった場所。



 確か、ヒーローにやられた拍子に落としたはずなんだが。


 お守りだと称して持ってきた俺が馬鹿だった。日曜日に生えてくる鱗のせいで首を

通らないからズボンのポケットに入れていたら、このザマだ。


 大きなビルたちの下の、無情に広がる灰色のコンクリート。


 光線を打たれて、転送された場所はこの辺だったはずだ…。


 ダメだ。


 無い。


 それから一時間かけて、その周辺を探してみたものの、首飾りらしきものは見当

たらなかった。


 佳也子は、別に俺の恋人でも何でもないけど、人からもらったものは、絶対になく

したくなかった。物をあげる行為は、嫌いな人間、どうでもいい人間にはしないか

ら。それを無くすなんて、くれた人の気持ちを裏切るのと同じだ。


 「なにしてるの?」


 俺以外の人間の声が聞こえた。


 都会だから、みっともなくかがんだ姿勢でも、せいぜい一瞥されるだけだと思っ

ていたが、声を掛けられた。


 「いや、ちょっと探し物を…」


 そう言いながら目を上げると、俺はその声の主の一点だけに目が行った。


 俺と同じ制服、ではなく。


 「あんたが探してたのは、これだろ?」


 そこには、銀色のチェーンの輪に、エメラルドグリーンに輝くハート形の装飾が

織りなされた綺麗な首飾りがあった。


 「ああ、それだ」


 「ほら」


 男は、チェーン部分を指でつまみながら俺に差し出す。


 「ありがと…」


 俺が手を伸ばした瞬間、彼は素早く自分のもとへ引き戻した。


 「えっ?」


 男は、にやけた。


 「あれあれぇ~? 僕はまだ、返す、なんて言ってないんだけどぉ~」


 それはもう、ものすごくムカつく顔だった。ここが、賑やかな通りではなかった

ら思い切りぶん殴っていただろう。


 「なんでだよ、俺のものだって分かってるなら返してくれないか?」


 イライラしながら尋ねる。


 「ああ、次は返してって言えたね、偉い偉い」


 男はまだ、俺の神経を逆撫でしてくる。ぶち殺される覚悟はあるんだろうなこい

つ。


 「何がしたいんだ?」


 冷静に、と俺自身に言い聞かせながら、再び尋ねる。


 「いや、僕はね、ちょっと復讐したいわけですよ、君にね?」


 「俺がお前になんかしたか?」


 俺は、覚えていなかった。


 「したんだよ!」


 すると、ニヤニヤした彼は急に血色を変えて怒り出した。周りの通行人が数瞬だけ

一瞥する。それに気づいてか、調子を取り戻し、フッ、と鼻で笑い、話を続けた。


 「こんな根暗なやつ、お前は覚える必要ないもんな? 生徒会長さん」


 「別にそんなんじゃねえよ」


 「そうやって、大物気取ってるのも今の内だ、ヒデオくん」


 この後の、彼の言葉に、俺は動揺して目を大きく開かざるを得なかった。


 「いや、英雄(ヒデオ)じゃなくて、怪獣だったな」


 「なっ…! 何言ってんだよ?」


 あまりに急だったので、シラを切ることができなかった。


 「見たんだよ、昨日。ここで。何なら証拠も撮ってるから」


 「てめえ…」


 「いいのかぁ~、そんな態度取って。お前が俺の舎弟になったら、これも返してや

るし、怪獣のことも黙っといてやるよ。明日までに考えておくんだな。俺への服従

か、自分のメンツの崩壊か。平日だけはチヤホヤされたいだろ?」


 一方的にそう言い切るなり、彼はそのまま去っていった。


 俺は、平静を保てているか、不安だった。



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