第2話 平日

 月曜日。


 祝日でなければ、週で一番早い登校日であり、ここから五日間連続で登校することになる。


 「ヒデ、おはよ」


 「ヒデくん、おっはー」


 教室の扉を開けると、複数のクラスメートが俺に気付き声を掛ける。


 ヒデ、というのは俺の呼び名だ。


ヒデオ。


英雄と書いてヒデオ。怪獣だけど。


「おはよ」


 声を掛けてくれた人間たちに返事を返すと、そのうちの一人の男子が、自分のス

マートフォンの画面を見せつけるようにして笑った。


 「おい、見ろよこれ」


 見せつけた画面には、俺が映っていた。


 『怪獣』として、『ヒーロー』に伸された場面。


 昨日のギャラリーたちが撮った写真だと思われる。


 「こいつ、今日もやられたぜ! マジだせえよな」


 「ああ、面白いよな」


 残酷だ。


 自分の知らない人間にとどまらず、よく知ったクラスメートたちからも、こうして

見世物みたいに笑われるのが、恐ろしかった。


 今も、しっかり笑えているか不安になる。


 「こんな雑魚そうなやつ、俺でも勝てるわ! っははは!」


 「やってみろやコラ」


 「えっ?」


 思わず声が漏れてしまった。頑なに口を噤んでいたのに、こればかりは気持ちが

爆発した。


 「いいや、なんでもない、こっちの話」


 笑い声に紛れて、言葉の内容が聞こえなかったみたいだ。


 俺はホッとした。


 彼とは適当に会話を終わらせて、自分の席に着く。


 スマートフォンを開いて、SNSの画面を眺める。


 『ヒーロー』、というアカウント名。


 同じ名前のアカウントが存在しているが、芸能人のように莫大なフォロワーの数

から、これが『あいつ』のものだとすぐに分かる。


 『今日も怪獣を退治しました。なかなか手強くなってきているので、負けないよ

うに頑張りたいと思います』


 自己顕示欲の強いやつ、だということは、彼の投稿からよく分かった。それ以前

にSNSで発信している時点でそう分かるか。


 彼は今、どこで何をしているのだろうか。


 俺は、正体すら知らない相手から、どうしてあれだけの暴力を振るわれなければな

らないのか。釈然としない思いから来る怒りを、なんとかして抑える。


 「藤原ぁ! なんか面白いことやれよ」


 騒がしいクラスメートの横田が、藤原という弱そうな男子に無茶を振る。


 「えっ、急に言われてもわかんないなあ…、アハハ」


 藤原は、他人から見ても作ったような笑顔で応じる。


 「いいからやれって」


 横田は、直後に俺の方を見る。


 「ヒデも見たいだろ?」


 藤原のような弱者には険しい暴力的な眼差しを向けるが、俺に対しては気後れし

た態度を取る。『怪獣』の正体が俺だと気付いたら、この関係性もがらりと変わる

のだろうか。


 「ああ。気持ち悪いクソ陰キャラにチャンス与えてんだ。早くやれ」


 そう。


 俺は、ひどい奴だ。


 学校の立ち位置は最上位だ。その立場を利用して、日曜日のストレスを発散してい

る。


 イジリ、ノリ、冗談。


 『いじめ』だとは、絶対に認めない。


 被害者は、クラスのみんなにがっかりされたくない、無視されたくないという心

理があるから、それを誰にも言えない。親にも、教師にも。


 これが、平日の俺。


 こうやって、自分より立場の弱い人間をいじめているから、バチでもあたったの

か。


 でも、止められない。


 俺も、集団のノリに支配されているのだ。


 そして藤原は、スベッた。



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