放課後クラブ

にぃつな

魔法の国 主役:水島

 今日は、土曜日だ。

 学校に用はない。あるのは、部活動だけ。

 私が通う学校にしかない秘密の部活動だ。

 


 山から海を見下ろすように山の方に町があった。

 海から漂う塩の臭いは、洗ったばかりの肌を汚してくる意地悪な風が吹いている。


 山に位置する学校は地元でも大して有名でもない。

 のどかで治安が良い学校だった。


 鉄筋コンクリートの造りで灰色の校舎。

 三階建てでできたばかりの新校舎。私たちが学ぶ教室がずらりと並ぶ。

 新校舎の裏には旧校舎がある。木造築で西側と東側に分かれている。東側にはホラー部。西側には私たちが通う部活動がある。その名は――


 ”放課後クラブ”


「おはよう。遠野(とおの)!」

「おはよー」


 元気よく挨拶する私とは違い、平たく振舞う。

 いつもと同じ、いつもの関係だ。


「昨日の番組みた? すごかったよねアツシくんとルノちゃんは果たして、恋人に発展するのだろうか・・・」

「あの状態ならきっとうまくいくよ!」


 私と遠野の会話に挟んできたのは伊藤(いとう)だった。

 伊東は私たちの先輩で、放課後クラブの部長だ。


「なんの話をしているんだ!?」


 二人して私を見た。


「特番テレビだよ。俳優のアツシくんラーメン屋の娘ルノちゃんは果たして、付き合うことができるのだろうか・・・ドラマだよ。見ていないの?」

「オシャレな番組を見ているんだな。私は動物の番組を見ていた。世界中の動物たちが自然界で生き抜いている姿をカメラ越しから・・・」

「子供だね」

「なぜそうなるんだ!!」


 頬を膨らませて遠野を睨んだ。

 動物が好きだって別にいいじゃないか。それを子供だと決めつけるのは偏見的だ。


「動物が好きっていいと思うよ。俺も見ていたぐらいさ」


 教室から顔を覗き込むのは矢神(やがみ)という男の子だ。

 私の”動物”という声に反応し、わざわざ窓を開いて顔を覗かせていったのだ。


「やっぱりか! 矢神はわかる奴だな」

「矢神は恋愛系は苦手なんだっけ・・・?」

「別にそうじゃないけど。妹が動物好きなんだ。だから見ていただけだよ。恋愛番組は明日友達に訊けばいいかなーって」


 やっぱり矢神も恋愛番組の方が気になると発言していた。

 私はカッとしたが、すぐにそれは無駄だと分かった。


「それでねーアツシくんはー」


 私のことを無視して恋愛番組の話にもっていく伊東と遠野に私は置いてけぼりだ。まったく知らないジャンル、知らない人物、知らない単語。

 そのすべてが私というジャンルを置いていく。寂しく虚しくなる。同じ人間同士なのに話題が合わないだけでこうも距離が出てしまうのだろうか。


 放課後クラブ(教室)に入ると、待っていたのは伊東が奥の扉に向かって指さしていたことだった。

 その扉はいつからあるのか私もさっぱりだが、「異世界と現実世界がつなぐ扉だよ」と大槻(おおつき)先輩から聞かされた時は、おとぎ話だと嘲笑っていたぐらいだ。


 もう卒業してしまったけど、大槻先輩はとても頼りになれる人だったなぁと、ふと頭の中で先輩が大活躍する場面を思い出していた。


「今日はどこにいくの?」

「扉に聞いてごらん。ぼくたちが決めるわけじゃないからね」


 放課後クラブ。この教室にしかない秘密の扉。


 不思議・幻想的(ファンタジー)へつなぐ別世界への扉だ。

 その先に何があり、なにが起きているのか、それは扉をくぐるまでは私たちは知らされることがない秘密の世界だ。

 

「それじゃいくよ。今日の放課後へ」


 教室の扉とは違い鉄製の扉。所々錆びており、年季を感じさせる。

 取っ手に手をかけると重く沈むような音をたてながら開かれる。この扉にどれほどの人たちが通り抜き、閉めていったのか扉が語っているようで、私は手を振るえた。


「相変わらず重いよね」

「俺でも両手でようやくってぐらいだよ」

「水島はその分、力持ちで助かるよ」

「変人のような言い方だなぁ!」

「誰もそんなことを言っていないよ」


 伊東先輩がバカにするようなことを言い、私はカッとなった。溜めていた怒りが蓋を開け、噴火のように爆発しそうになったが、遠野が早々に止めに入られた。

 私の怒りは空気に遮られ、複雑化した私の感情と熱意はどこかへとおいられてしまった。


 二人分の重りを押しのけるほど私の力は十分強い。握力も相当だと先生が褒めていたぐらいだ。

 扉はすんなりと開けたわけじゃない。人一人が通れるほどしか開けられなかった。


「さあ、出発だ」


 矢神が手を挙げ、出発の合図を送った。リーダーのように振舞い、私の努力の結果はどこへやったのか、私はより複雑の気持ちに包まれる。


 扉の先は真っ白い霧に包まれている。

 触れる者はなにもなく、見えない水をかくように私たちは重りも圧力もない壁の中へ消えていく。


 扉の先の光景は数歩進むまでははっきりと見えない。

 いつものことだ。十分慣れた。


 最初は白い霧に包まれ、どこまで続いているのか不安しかなかった。けど、大槻先輩が手を引いてくれたおかげで私は迷うことなく歩き続けることができるようになった。


「うわぁーすごいね」


 先頭していた矢神が突然大きな声を上げた。

 私は居ても立っても居られずいつの間にか駆け出していた。


 霧の壁を抜けると、そこは箒に跨い空を飛んでいる人たちがいる光景だった。

 みんな優雅に空を飛行している。地面で歩いている人は見当たらないほどだ。


 私はこんな素敵な景色を見るのは何度かあった。けど、人がこうも優しそうに笑みを浮かべながら飛行している人たちを見たことはなかった。


「魔法の国だな」


 衝突に伊東先輩が言った。


「以前にも来たことがあるの?」

「ああ、月野(つきの)と来たことがある」


 月野(つきの)とは、伊東先輩の同級生で、普段は図書室に引きこもっている。放課後クラブのメンバーである一方でパソコンクラブにも所属している二重部活動生活をしている。


 月野はどういうわけか「肌が焼けやすい体質」だと言い、太陽の下に出ることを極端に嫌っている。この扉の先で太陽の下に出ることはよくある。

 月野はそれを嫌い、しばらくは放課後クラブにも来ていないほどだ。


「こんなに太陽の下で、月野は苦しそうだったのだろうな」


 伊東先輩に皮肉交じりながら言った。


「そんなことはなかったよ」


 すぐに否定された。


「あの日も夜だった。暗闇の中、月の光が足元を照らしていたおかげでそうたいして暗くはなかった。月野も「落ち着いた夜空だ」と言うぐらい、気にしていなかったよ」


 私の意地悪にも反しない回答だ。


 それにしても月野先輩は、どうして一緒に行こうと思い至ったのだろうか。太陽の下に出たくないという人がこの扉を利用するのだろうか。


「伊東先輩! そんなことよりも体験しましょうよ。俺、いてもたってもいられません! なにせ魔法の国。俺たちの憧れの世界です!」


 矢神は興奮気味だった。魔法にファンタジーをかけられれば男の子は黙っていられない。矢神はそう言っていた。


「な〇うの読みすぎじゃないのか? まあ、ぼくも嫌いじゃない。それに、この世界だと不思議と魔法が使えるんだ。試しに使ってみせよう」


 伊東先輩は手を広げ、私たちに向け唱えた。


「光を照らせ(アカシャギ)」


 ふわっと蛍のように舞う。球体の光が手のひらから現れた。その光は蝋燭ほど暗くはなく懐中電灯のようにまぶしい光でもない。

 ただ言えば、優しい光だ。


 瞬きせず光を注視してもちっとも痛くならないしまぶしいと感じない。普段ある光とは別物の光だった。


「すごいですね先輩。ちっとも目が痛くならない」

「不思議だよな。少なくともぼくたちの世界では存在しない物質・物体がこの世界にあるのだろう」


 空に向かって光の球体を飛ばした。

 私たち周囲一帯を照らし出した。電柱の照明程度の広さだ。


「これで少しは明るくなったな」

「先輩! 私たちにも教えてくださいよ。マ・ホ・ウを!」


 きらきらと目を輝かせ伊東先輩に食って掛かる。私と矢神は伊東先輩の手品(魔法)に興味を抱くかのようにあきらめずに引き下がらないでいると伊東先輩は「仕方がないな」とあきらめつつ「一度だけだぞ」と警告し、魔法を使った。


「奇跡の光(ロー・ファーム)」


 七色の光が周囲を飛び去った。まるでタンポポの子供たちのようだ。風に吹かれ、優雅に空を舞いながら飛び立っていく。

 そんな恍惚の光景が私たちの瞳に焼き付ける。


 青・赤・緑・黄・紫・桃・オレンジ色の光だ。数えたあたりそれぐらいしかカウントができなかったが、私は色とかどうでもよくなった。なんというかとてもきれいで心が浄化されそうな気分だ。


「美しい魔法ね。七色の光が空へ駆けあがっていく・・・」

「月野が教えてくれた魔法だよ。奇跡の光。彼はそう言っていた。これがどんな魔法でどんな効果を及ぼすのかはまったく見当がつかないけどね」


 そう言って、寂しそうに伊東先輩は頭を下げた。

 なにか思い出したくない過去を思い出してしまったのだろうか。


「先輩・・・?」

「――なんでもないよ。さあ、探検しよう。もちろん、お金はないから、十分に注意して観光しよう」


 伊東先輩はなにか隠し事をしている様子だった。

 なにか言えない大事な秘密を頭の四隅に隠しているようだった。


**


 私たちはこの世界のことを”魔法の国(ヨスガ)”と呼ぶことにした。伊東先輩曰く最初につけたのは大槻先輩だという。

 箒に跨い空を飛ぶ人たち、荷物を浮かせて運ぶ人たち、杖の先端から水の球体を作ったり炎の玉を作ったりする人たち。


 この世界ではみな、魔法はあって当然の世界だと。だから、魔法の国。そう名付けたそうだ。


「どれも美しいですね」

「そうだね。まずは、この辺でブラブラしながら観光しようっか」


 伊東先輩の提案に私たちは反対の意見を述べる人はいなかった。扉の先で”あたり”・”はずれ”はよくある。”あたり”が出れば、観光気分で見て回り、”はずれ”が出れば、即座に扉を閉め、その日は終了。


 そんなことを繰り返していた。

 先週も先月も”はずれ”を引き、まともに遊ぶことができなかった。私は、大槻先輩がいなくなったことを期に扉も嘆くかのように”はずれ”ばかりを引かせているのではないかと疑問を抱くほどだった。


 けど、違った。

 扉は正直だ。


 私たちの思いや気持ちを読み解き、こうして憧れの世界に導いてくれた。


「なあ、まずはどこにいく?」


 矢神がそわそわしていた。

 興奮が収まらないのか瞳の奥から期待の眼差しが隠れることなく見てくる。伊東先輩はうっとしいと言わんばかりに両手で押しのけている。


「まずは服だね。この格好じゃ、怪しまれそうだし」


 遠野が自身の服を掴みながら言った。

 紺色の学生服のままこの場所に来た。私たちの服装は周りから見れば異質そのものだった。


「そんなことないよ。この国は服装は自由なんだ。誰がどんな服を着たって怪しむことはない。なにせ、奇抜でも変でも水着でもお構いなしさ。現実だと、みんな変な目つきで見てくるだろ。でもこの国にはないんだ」


 伊東先輩はまるですべてわかっている口ぶりで説明していた。私はやや腹が立つが、まだ怒りのパラメータは昇っていないが幸いだったな。


「ふーん」


 私は適当に流した。服装が自由なのは別にいい。もっとも気になることがある。


「何か意見がありそうだな水島」

「そうだとも。私は”魔法”が一番気がかりだ。なぜ、伊東先輩は使えて、私たちは使えない! どうして、”月野”と一緒にこの世界で探索したのか詳しく聞かせてもらっていない! その説明を知るまでは私は意見大ありだ」


 月野がなぜ伊東先輩と一緒にこの世界に来て、太陽の下でも自由に出られない彼を扉の先の世界に連れて行ったのか理解できなかった。


 月野先輩はいつだって、私たちと距離を置くことはない。放課後を除いて彼らか誘われることは一度だってなかった。それがどういうわけか伊東先輩と一緒に行ったことがある。


 もうひとつは”魔法”だ。伊東先輩が云った通りに私も魔法を唱えてみた。イメージを浮かべながら。でも、魔法という奇跡は一度たりとも発動しなかった。それはなぜなのか、伊東先輩が嘘を言っているしかないということだ。


「水島らしくないね。何がそんなに不満げなの」

「さっきから伊東先輩にがめついてばかり・・・なにか気に食わないことがあるのか?」


 遠野、矢神が心配そうに尋ねてきた。

 私は伊東先輩が嫌いだ。渡したと自由人で争いごとを極端に嫌っている。別に悪いとは思わない。けど、私にだけ見下している。そんな態度が私の自信(プライド)が許さないのだ。


「伊東先輩! 私と勝負してください!」


 一同「!!?」


「この世界が本当に魔法が使えるのなら、私にでも魔法を使えるはずです。お互い賭けをしませんか。私が勝ったら”私の意見に口出ししないでもらいたい”です」


 急な言いがかりが始まったような顔をしている。けど私は真面目だ。伊東先輩は放課後クラブに入ってから苦手だった。私を無視するところだ。子供だと笑ったり、周りとは違う変人だと罵ったりと私をバカにしている点が許さなかった。


 私は押さえつけていたはずのふたが外れていることに気づく。

 もう押さえつける蓋がない。怒りは黙々と煙幕を上げながらいつ噴火してもおかしくはない状況だった。


「やめようよ。水島も伊東先輩も・・・。仲間同士で戦うなんておかしいよ。ねえ、遠野も止めてよ・・・!」


 それを見ていた遠野が諦めた口調で言った。


「こうなったら私でも止められない。伊東先輩、この勝負引き受けた方がいいです。水島は簡単に手を引くような子じゃないので」


 まるで親のようだ。

 伊東先輩は遠野に見つめた後、静かにうなづいた。


「その勝負、引き受けた。けど、ぼくが勝ったら”勝手に暴走したり話題を切り替えたりしないでくれ”」


 私は自信たっぷりにその意見を飲んだ。

 負けるはずはない。ひとつかふたつしかもっていない伊東先輩に負けるはずはないと自分の愚かさを見に一つ感じさせないまま、勝負に挑むことになった。


**


 どこをどうやって間違えてしまったのか。

 私は敗北してしまった。


 勝負はすぐに決着がついた。

 魔法の位置文字も知らない私の魔法は熟練者(マスター)からしてみればヒヨコが躍っているにすぎなかった。


 魔法を一度も使えないまま、敗北するざまは私は一生後悔するほど悔しさで涙をするほどだった。悔しい。悔しくてたまらない。

 大槻先輩がいたら、きっと止めてくれたに違いない。お互い仲よくねと付き合ってくれたのかもしれない。


 私は、大っ嫌いな伊東先輩に負けたことを一生に書き残すほど黒歴史となった。


「ふー」

「お疲れさま」


 遠野がよりそり、汗をかいている伊東先輩に近づいた。遠野からタオルを手渡され、伊東先輩はそのタオルを受け取った。


「言われたとおり、約束は守れよ」

「くっ・・・クソオオォーーー!!」


 女の子らしくない叫びが私の喉をひっかいた。悔しさという叫びが一生残るぐらい声に出して叫んだ。

 空高く声が上がっていく。風にかき消されながら私はその悔しいという言葉を忘れないように何度も叫んでいた。


 それと止めに入ったのは矢神だった。


「やめないよ。伊東先輩の方が一枚上手だ。俺たちはまだ歯が立たないし、実質先輩の特権は伊東と月野だけだ。ここは、引き下がったほうがいい」


 矢神なりのフォローのつもりだろうか。

 私は口を押さえつけ、黙らせた。


「矢神」

「!」

「私は、この悔しさを絶対に忘れない。苦手な人に敗北させられるという悲しみを一生忘れない。私は誓う。次こそ、伊東先輩に勝って見せる!」


 いったいなんの勝負をしているのかと矢神はため息を吐いた。

 向こうで呼ぶ二人の声に気づき、矢神と私はついていった。


**


 そのあとは夜の町をブラブラと歩き回った。

 店を開いているところは少なかったが、観光客であると説明するとみな、潔く食べ物を分けてもらった。ほとんどは売れ残りものである。


「みんな優しい人だね」

「この国では売れ残ったものは今日の収入量を取られちゃうんだ」


 売れ残りであるクッキーに頬張りながら伊東先輩は説明した。


「食品や飲料は作れる量が決まっており、お店側はその量に応じて販売している。最も売れたお店には売れた分の収入がもらえるが、売れ残った場合は収入がもらえない。つまり、売れ残った店は大赤字となる」


 つまり、売れ残ったら明日からどう生き残ればいいのかという状況に陥るということだ。


「それじゃ、捨てたり誰かにあげてしまえばいいんじゃないかな。もしくは家族で食べてしまうとか?」

「それはできないよ。法律で決まっているんだ。たとえ家族であってもお店で作ったものを食べさせてはいけないって。人さまが作ったものをもらってもいいけど、家族で作ったものは食べてはいけない。つまり、この国の子供たちはみんな親の味を知らずに生きてきたということさ」


 悲しそうに私たちは俯いた。

 親の味を知らないまま成長し、家族同士で食事をすることも許されないと。

 私たちが行ったときにはお店の人たちは優しそうだったけど、国の法律のことを考えると胸が痛くなる。


 家族に自分が作った食べ物を食べてもらえないというのは相当つらいのだろう。私は一家団欒で家族と一緒にご飯を食べているイメージを浮かべていた。兄妹両親と笑いながら食事にありつける光景がこの国にはそれがない。


 とても悲しい。


「作った側は辛いでしょうね」

「俺、残さずに食べるようにするよ」

「伊東先輩、あれなんだろう」


 悲しむ水島と矢神を置いて、遠野が指さした。ある一点に飛行する金髪の美女がどこかへと飛行する光景だった。


「魔女だね」


 魔女。魔法を使う女性のことを差別する時に用いる言葉だ。この国は差別的な用語ではないと伊東先輩は付け加えていたが、良い響きはしなかった。


 空を飛びながらどこかへと向かっている。

 魔女の後を追うように三人の黒服を着た人たちが後を追っていた。


「追われているのかな?」

「助けなくちゃ!」


 私はみんなを置いて、魔女の後を追った。みんなが「一人になるな!」と後ろの方から声が聞こえるも、私は助けたいという一心と伊東先輩から遠ざかりたいという気持ちが重なっていた。


 伊東先輩から距離を置く方法を密かに探していたのかもしれない。


 魔女を追って壁際まで来た。

 この先に道はない。ただ私の背丈ぐらいの壁があるのみだ。


「この上に飛べれば・・・」


 魔法が使えないことに後悔する。

 こんな一枚の壁に飛び越えることもできないのかと腹ただしいさに襲われていた。


「飛べ(アーミング)」


 後をついてきた伊東先輩たちが合流した。

 一枚の壁に阻まれ私が混乱している中、伊東先輩は浮遊魔法を唱えてくれた。


 空を飛ぶと同時に、箒に乗っていたはずの魔女は地面に向かって急降下していく。三人組に襲われ、落とされた後だった。


「みんな!」


 私が慌てる声に一同は気づいた。ただ事ではないかと。

 伊東先輩は面倒ごとを起こしたくないと言わんばかりに私以外に魔法を唱えることを躊躇していた。


「先輩!」


 しびれを切らし、みんなにも魔法をと言いかけたが、伊東先輩の信じられない言葉に私は思わず舌打ちするほどだった。


「ぼくはいかない」

「伊東先輩!」

「なぜですか!?」

「水島。ぼくいったよね。ぼくの言うことを聞くって。でも守れないなら、仕方がないよね」

「伊東先輩・・・水島!」


 遠野は私を睨みつけながら大きな声を挙げて言った。


「この世界はこの世界の問題。私たちには関係はない。伊東先輩の言うとおりだよ。この世界に係わる必要はない」

「遠野!」

「でもね」


 伊東先輩に振り向き遠野は言った。


「先輩! たとえ世界が違えど、助けたい人を見捨てるのは自分勝手です。私は水島に賛同します」

「先輩、ごめん。俺も遠野や水島の意見に賛同です。伊東先輩おかしいですよ。まるで俺らから遠ざけるようなことばかり。まるで、俺たちのことを距離おいてないですか!?」


 伊東先輩は何も言わずその場から立ち去っていった。背が寂しいというよりもうるさいのが消えて喜ばしいと言わんばかりにスキップしていた。

 最後に、姿が消えようとしたとき、伊東先輩は言った。


「忠告はしておくぞ。扉が現れるのはせいぜい数日間の間だけだ。もし、この世界にいたいのなら止めやしない。けど、帰りたいのならあと二日か三日以内に扉をくぐれ。ぼくは一足先に帰る」


 扉の中へと消えていった。


 扉は私たちにしか見えないようで、他の人たちが通り抜けることはできないことは知っている。扉は数日間しかこの世界に滞在しないというデメリットがあり、扉が消えてしまえば百日先か千日先かといつ現れるのかわからなくなってしまうそうだ。


「唯一魔法が使えるの先輩だけだったのに・・・」


 矢神は悔しげだった。魔法の術を持っているのは先輩だけ。魔法の術も唱え方も知らない俺達にはどうすればいいのだろうかと気の迷いを感じさせられるほど痛感していた。


「水島、先に行って」

「でも・・・」

「後で追いつくから。まずは、あの子を助けるべきよ」


 遠野は親指を立て、矢神を起こしてさっさと別の道へ走っていった。

 空から見て分かる。地表からだと分からなかったが、この国はまるで迷路のように道が複雑になっている。


 いくつもの道の先には通せんぼされており、抜け道も回り道もない。巨大な迷路だ。この道を迷うことなく先輩は私たちを導いてきた。


 先輩がいなくなったいま、先輩のありがたみが直に伝わってくる。


「遠野、矢神! 無事でいてね」


 私はそう言い残し、魔女が落ちたと思われる丘へ向かった。


「不思議、水のような感触だ。まるで泳いでいるみたい」


 夏の日差しがまだ強いころ、部活のメンバーで近くのプールへ泳ぎにいった。五メートルはある水深のプールで巷では非常に珍しいこともあり混雑していた。

 人に押され、深い場所まで沈むんだとき、水を蹴り手でこぐと自然と水面へ上がれた。あの時の同じ感覚だ。

 空を飛ぶ。原理は同じなのかもしれない。


 落ちた場所へ降り立った時にはあたりに人影はすでに見られなかった。移動した後のようで、真っ二つに折れた箒が地面に突き刺さっている状態だった。


「遅かったのかしら・・・」


 諦めるほど私は気弱じゃない。

 私は周囲を見渡し、警戒した。


 丘から下へは迷路となった街を見下ろすことができる。迷路のような街に逃げれば少なからず追いかけている人を見つけることができる。

 その姿が見えない。人を追いかけて走っていると言えば、友達ぐらいだ。


 反対の方向には木々が広がっている。

 手入れされていない森はどんよりと深く闇に魅入られたかのごとく踏み入ってはいけないと誰かが呼びかけてくる気配に包まれるほどだ。


「・・・この先しか」


 音はしない。本当にこの先に逃げて行ってしまったのだろうかと自分に呼びかける。もし、本当に逃げたのなら、あの子の命は危険なのかもしれない。追われている。何者かに。助けなくちゃ。私自身にそう呼び掛け、私は一歩踏み出していた。


「水島ァ!!」


 友達の忠告を無視し、勝手に森に入っていった。


**


 木々は枯れ細り白く染まってしまっている。

 指で触れ力なく塵に染まるほど脆い。


 この先に魔女がいるのだろうか。

 ふと足を踏み入れることを躊躇する。


「でも・・・あの子が・・・」


 足が震えだす。未知なる場所で仲間もいない場所で、私は本当に踏み入れていいのだろうかと疑心暗鬼に襲われる。


 頭を左右に振り、疑心暗鬼から逃れようと必死で言葉を飲み込む。「大丈夫」、「平気だ」と言葉を飲み込み、正常心を取り戻そうとした。


 そんなんとき、誰かに肩を叩かれた。


「ひゃっ!!」


 おばけを見たかのように振り返ることなくその場に倒れこんだ。


「な、なにしに・・・ここへ?」


 人間の声が聞こえた。

 女の子の声のようでやや高い。


 恐る恐る後ろを振り返るとそこにいたのは紺色のローブと紺色のとんがり帽子をかぶった女の子が立っていた。魔女だ。


「あなたを助けに来たの!」


 遠目からしか見えていなかったが、私ははっきりと見えた。彼女が追われていた魔女本人だ。とんがり帽子から見え隠れする金色の髪色、青い瞳。忘れることはない。私は本人が無事でよかったと安堵する。


「えっ・・・私は――」


 なにか隠しているかのような戸惑いの声が出た。

 私はあえて不振に思うことを辞めた。なぜなら彼女が本当に魔女であるのなら、おとぎ話のように記憶や大切な何かを消されてしまうかもしれない。

 いまさらだが、伊東先輩曰く、関わらない方がよかったのかもしれないと考えるようになったのは、三人組が姿を現したことだった。


「見つけたぞ!」

「さあ、帰るのです。出向時間も迫っています」

「あなたは何者ですか? まさか、誘拐するつもりで?」


 なにか話がかみ合わない気がしてきた。

 三人組の声からして大人びいた声をしている。それも男性だ。父親と同じぐらいの年齢だろうか、やや低い声が気になる。


 フードで鼻の下まで隠しているため、顔は見えない。


「違うの! この子は私の友達。心配してついてきてしまった見たいだけなの!」


 逆に助けられるかのように彼女は私の前に出て三人に訴えた。


「そうというのなら、信じましょう」

「君、この辺じゃ見かけない服装をしているね。どこから来たのかい?」

「観光というわけじゃないな。わざわざここまで来ているあたり・・・」


 三人が不審な目で見てくる。

 見え透いた嘘に彼女は戸惑いを見せる。


「本当です! この子は関係ないんです。私の友達なんです!」


 三人のうち一人が彼女にあることを尋ねた。


「この子のお名前を聞かせてもらってもいいですか?」

「え・・・」

「友達と言いましたよね。なら、名前もご存じのはずです。まさか、知らないとは・・・?」

「それは・・・」


 彼女の顔は真っ青に染まっていく。答えられるはずはない。なにせ、今あったばっかりだ。彼女の名前だけでなく出身も服装のことも何も知らない。この子はどこから来たのか、彼女自身が知りたいほどだ。


 けど、諦めたらきっとなにかされるかもしれない。彼女は身を引くことはしなかった。


「このことは、まだ知り合って間もないのです。名前を聞く前にあなたたちに追われて・・・」


 その言葉は嘘。彼女は所々目の焦点が合わなかった。

 三人のうち別のひとりが彼女を問いただす。


「嘘をつかないでください。なにか隠し事をしているのですか? 私たちだって仕事だから来ているだけですが、もし、この子が仮に友達になったばっかりなら、どうしてここにいるのです? この子から魔力を全く感じられません。それは、あなたもよくご存じのはずですよ」


「う・・・」


「それに、会場から距離は五キロは離れている。数分程度の飛行で追いかけれるのは非常にありえない。つまり、嘘そのものですね。なぜ、そこまでして庇うのです? まさか、私たちが非道なことをすると考えているのですか」


「・・・・・・」


「でしたら、それは誤解です。私たちは仕事であなたを無事に船に届けなければなりません。王族であるあなたがいなくなれば、私たちは責任の果て、一生牢獄行です。そうならないためにも――」


「私はたとえ、王族だとしても普通の人間です。特別扱いはもう限界(いやなの)です!」


 彼女は涙目で三人に訴えた。気迫ともとれるその表情から王族だという身分だけで差別されるのはたくさんだと語っていた。


「・・・それは私たちが決めるものではありません。姫様、どうか父様のためにも帰還してください。私たちの命の為にも・・・」

「あなたたちの命何てどうでもいいわ! 私は自由の身でありたいの・・・」

「已む得ません」


 三人は左右別々に分かれた。中央の人はそのまま、右にいた人は右に回り込み、左にいた人は左に回りこんだ。


 Y時に囲むようにして彼らは立ち止ると、呪文を唱えた。


「嫌でも帰らせてもらいます! 束縛(ロージュ)」

「暴れないでください。魔法封印(ベイ・サイラス)」

「姫殿、どうか父君のためにも・・・転移(グレール)」


 三つの魔法陣が地面に描き出す。淡い光が宙へ昇っていく。一つ一つの光がまるで生きているかのように身体へ吸収されていく。痛みはない。暖かくもない。ただ体温も感触もないまま光に飲み込まれていく。


「この子は関係ない!」


 彼女の訴えは三人組に届かない。

 徐々に光がつつまれる。下半身が光に飲み込まれた。上半身が光に飲み込まれるのも時間の問題。


「その子を放せ!」


 聞きなれた声が聞こえた。木々をかき分けながら汗水たらして姿を現す。破れ穴だらけになった服からして木々の枝を突っ切っていったのが一目でわかるほど悲惨さを表していた。


「矢神!」

「水島ァ! なんという光だ! これも魔法か!?」


 矢神が立ち止り、あまりにもまぶしい光に動転する。


「矢神! 三人を止めて! このままじゃ、私消えるかも」

「なっなんだってぇーー!! よーし、いますぐ助けてやる」


 かっこよくつけながらも三人のうち一人をタックルする。

 呪文を終えていない彼らからしてみれば予想外の乱入だっただろう。


 魔法封印(ベイ・サイラス)を唱えていた人にタックルされ、地面になぎ倒された。


「ぐはぁっ!!」


 運悪く倒れたところに石があったようで、背中に殴打したようだった。血を吐き苦しそうにもがきながら打った個所に手を当て、呪文を唱える。


「まだやる気か!?」

「せめて・・・二人だけでも・・・」


 男の必死な願いを聞くかのように私の身体は光に覆われ、残りは頭だけとなっていた。もう時間がない。そう諦めかけたとき、伊東先輩が現れた。箒に跨ぐ遠野と一緒に。


「一人で勝手に歩くなと言っただろ!! 煙幕(ゴーバク)」


 光を消すかのように猛烈な煙幕が辺り一面広がった。二人も煙に包まれるかの如く呪文が途切れ、眼を塞ぐため手の動作が止まった。


 灰色の煙に視界が覆われた。


「くそっ! 新手か」

「何度も邪魔に入るとはなんという日だ」

「ううぅぅ痛てぇ」


 三人にバレないように逃げ、私たちは扉の前まで来ていた。


「はぁはぁ、大冒険だったね」


 私が素直な感想を述べると矢神は「久しぶりの運動だったよ。あーあー服がボロボロ、親に何て言おう・・・」と楽しそうにしながら自分の惨状を見てしょんぼり。


「水島は楽天だね」

「これに懲りて、二度とするなよ」

「はーい二度としませーん」


 伊東先輩の忠告に私は素直に従った。適当な返事をしつつ助け出した彼女に目を向けていた。

 あの騒ぎの為かとんがり帽子がどこかへと落してしまったようで頭の上は金色の髪が風に煽られていた。


「あなたたちは・・・いったい・・・?」


「私たちは放課後クラブのメンバーです。とりあえずはここまでこれば、彼らは追ってくるのに時間がかかるでしょう」


 扉からあの丘まで距離がある。

 数分程度の時間でしか稼げないが。


「それに、この箒も借りものです」


 伊東先輩が珍しく彼女に箒を手渡した。もう使わないのでと付け加えつつ「さあ、帰るぞ」と最後にまとめかかった。


「あの、私ラナ。あなたの名前は」


 扉の前に消え去る中、私は彼女に言った。


「私は水島(みずしま)。これで友達ですね。また、会いましょう」


 私は扉を閉め、彼女と別れた。

 還るときはすんなりと帰れる。


 ラナが最後に私たちを見たときにはきっと、その場から消えるかの如く幻を見ていたかのように考えるのだろう。

 この扉をくぐった先の記憶はラナの記憶には残らない。


 この扉は向こうの世界の思い出を持って帰ってくることを拒絶させるのだ。


 



 誰よりも駆けつけてきたのは矢神だった。


 

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