第七話 先生のウソ
予備校のない平日の放課後、北山通りにある、佳代ちゃんのお店に立ち寄った。
北山通りは、通りの南側には広大な植物園があり、緑の生け垣が続いていて、街路樹もある。北側は洋食屋さん、洋菓子屋さん、雑貨屋さんなどが立ち並ぶおしゃれで、自然を感じられる通りだ。
ナチュラルな外観をしたお店の青い扉を開けて店内に入った。
白を基調とした、フレンチテイストの店内には、ヨーロッパから仕入れたアンティークの品々、関西在住のアーティストが作るハンドメイドの器やバック、アクセサリーなどが並んでいた。
「あら、美月さんいらっしゃい。佳代子さんなら、奥にいますよ」
山口さんが気付いて声を掛けてくれた。
店の奥にあるスタッフルームにいくと、大きな段ボール箱を開けて荷ほどきをしている佳代ちゃんがいた。
「すごい荷物やな」
「入荷が重なって、段ボール箱から出すだけで大変やねん」
また私は悪いタイミングで来てしまった。佳代ちゃんに言われるまでもなく手伝い始めた。
「ほんと、美月はいいタイミングで来てくれるわー」
「砂羽ちゃんの誕生日プレゼント買いに来ただけやのに」
段ボール箱から大量のファブリック類を出しながら、文句を言った。
「砂羽ちゃんと言えば、最近見かけへんけど、元気にしてる? また、フライヤーの撮影お願いしたいんやけど」
砂羽ちゃんのお人形のような容貌が、このお店のイメージにぴったりだそう。だからイベントのフライヤー撮影に協力してもらっている。
「砂羽ちゃん受験勉強で忙しいから、無理やと思うよ」
「えーそっか残念。今回はどうしよう。美月はうちのイメージとは違うしな」
私の顔をちらっと見て悩む佳代ちゃん。悪かったね、どうせ私は和顔ですよ。
「撮影は、また木村さんに頼むの?」
カメラマンの木村さんは、佳代ちゃんの彼氏で、かれこれ十年ほど付き合っているらしい。いいかげん結婚すればいいのに。
「あー今回は別の人に頼んでん」
奥歯に物の挟まったような言い方が気になった。
「なんで? 何時も木村さんにお願いしてたのに」
「私達別れたんよ」
佳代ちゃんは何でもない事のようにサラっと言う。私は気色ばんで聞いた。
「なんで? 私、二人は結婚すると思ってたのに!」
木村さんは、父親がいないも同然の私にとって、お父さんみたいな人だった。二人のデートにくっついて、いろんな所に連れて行ってもらった。
姪の分際で二人の別れた原因を聞くのは僭越だけど、聞かずにはいられなかった。
「彼、海外の仕事が入って五年は日本に帰ってこれないんやって。私もこの年で、待ってられへんしお互いのために別れようって事になってん」
「ついて行けばいいやん!」
「そんな簡単にはいかへん。私もお店があるし」
「まさか、家の事もあるから?」
長女の母は結婚して家を出ている、あの家を継ぐのは佳代ちゃんしか残されていない。母さえあの家を継いでいれば、佳代ちゃんも好きな人と結婚できたのに。
「もーまた深刻に考える。家の事は関係ないって。三〇過ぎて遠距離恋愛するほど、私の恋愛力高くないの! はい、この話は終わり」
佳代ちゃんに言われたからって、はいそうですかって素直に信じる私ではない。自分でもとことんねちっこいなと思うけど。
「最近うちに来ないけど、どうしたん? 先生は修理に来てくれてんのに」
自分の話題は反らしたくせに、ニヤニヤ笑っている佳代ちゃんに腹がたつ。
「別に、予備校に通い出して忙しいだけ」
最近言い訳によく予備校を出すな私。でも、本当の事だし。
「そうそう、あの絵の作者、結局わからへんかってん。調べたら、どこにも名前が載ってなくて。購入した画廊がわかったらそこに問い合わせたらいいんやけど。でも、どこで買ったかわからんし、おじいちゃんはもういいって」
どうして諦めたのだろう。祖父の気持ちがわからない。
段ボールの山はだいたい片付いた。
私はこれ以上先生の話題がでる前に、本来の目的を遂げるべく、明るい店内へ向かった。
*
調べたい事があり、母校の京美大へバイクで久しぶりに出かけた。結局は何もわからなかったが、その帰り彼女に会った。
うつむき、とぼとぼ歩く彼女の後姿に気付き、急停車した。
彼女は、俺を見ると顔をこわばらせ、足早に立ち去ろうとする。
俺はバイクを押しながら、食い下がる。
「ちょっと待って、俺の話聞いて」
「そういうセリフは、生徒にかけるべきじゃないんじゃないですか?」
ごもっともです。はたから見ていたら、痴話げんかにしか見えないだろう。
「俺の事、避けてるよね。ひょっとしてこないだの事が原因?」
空々しい嘘をつく。
彼女は一言「はい」と言った。
「情けない話なんだけど、こないだの夜かなり酔ってて覚えてないんだ。縁側で有賀さんと月を眺めたって事は覚えてるんだけど。会話の内容はさっぱり。俺なんか変な事言った?」
偽りの四番を答える。
「おじいちゃんの悪口。給料が安いってぼやいてはった」
むくれて、かわいい嘘をつく。
「えっ本当に。それで怒ってたの?」
「嘘ですよ。別に特別な事言わはらへんかった。ただ月がきれいだねって」
それだけじゃないだろう?
「それと、四月に上賀茂神社で会った事」
会話はそうだけど、あの行為については、言及しない。
言うのが恥ずかしいのか、彼女の中でなかった事にしたいのか、はたまた好意として認識したのか。さあ、どれだろう。
「上賀茂神社で会った時いろいろ恥ずかしい事言ったから、なかなか言いだせなくて。まさか生徒として再開するとはね、心底驚いたよ」
「私も、まさかあんなよれよれの恰好した人が先生なんて、びっくりです」
彼女はクスクス笑いながら、軽口を言う。
「そんなひどい恰好してたかな? 髪は長かったけど」
「だって、先生として現れた時のスーツ着た姿と比べたら、ひどかったですよ。スーツの方がかっこいい」
かっこいい。ただそう言われただけなのに、なんでこんなにうれしいのだろう。
「今日も修理に行ってたんですか?」
「今日は違う用事ができたんで、修理には行ってないんだ。でも、来週の土曜日は行くつもりだから、有賀さんも来る?」
それとなく誘う。「はい」と答えてくれた。
「絵を見せてもらう約束だったし。それに来週私の誕生日で、おじいちゃんにプレゼント取りにおいで、って言われてるし」
「もうすぐ誕生日なんだね。じゃあ来週」
誕生日なんてとっくに知っていたが、初めて知った事にしておく。
「先生、ここに住んでるんですか?」
俺のマンジョンを指さす。
「私バスに乗るのに、ここの前を毎朝通ってます。家が近かったから早朝に上賀茂神社で会ったんですね。さよなら」
そう言って家の方角に向かって歩き出した。
*
久しぶりにクラブに顔を出した。前に比べて、部員が減ったような気がする。先生の取り巻きも少ない。
「有賀さんよかった、来てくれて」
「なんか、人が減ってない。一年生入らへんかったん?」
島田さんに聞いてみた。毎年五月の中ごろに一年生の加入があるのだけど。
「一年生は何人か入ったよ。ただ単に幽霊の人たちがいなくなっただけやろ。もう先生にみんな飽きたんやない?」
熱しやすく冷めやすいのは、高校生女子の特性か。
「六月の校外写生行く? 土曜日やから予備校あるかな」
先生にも言われていた、校外写生の事を思い出した。毎年新入生の歓迎行事として、五条駅で集合して清水寺を参拝し、三年坂二年坂を通って丸山公園で写生をする。この道順はお決まりの観光コースにもなっていて、一番京都らしさを満喫できる。
「土曜日は予備校ないし、行くつもり。先生に言った方がいいかな」
島田さんは、私の答えを聞いてにっこり笑って、紙きれを差し出した。
「はい、先生の携帯番号。写生にいく子にだけ渡してって、部長から回って来てん。当日はぐれたり、急に欠席する時は連絡してって。幽霊の人達には内緒な。先生に言いにくかったら部長に言うたら」
といってニヤリと笑った。
ありがとうと言って、おずおずと紙を受け取りポケットにそっとしまった。
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