カムロヌム奪還

 アランサーの圧倒的な破壊力を前に戦意喪失したゴーマ軍は、カムロヌムの町とそこに住まう多くの一般住民を残して、完全に撤退した。奪還作戦の下準備のために潜入したはずが、結局たったの一晩で町を手中に収めてしまったのである。

 町では数百にも及ぶサンガリア人が奴隷として使役されており、ゴーマ人からの解放を喜ぶと共に、電撃的勝利の立役者である俺とエリウを英雄として崇め奉った。


 カムロヌム奪還の報を受けた集落の民も、夜が明け、空が白み始めるとすぐにこちらへ合流した。

 攻略作戦の存在を知っていた者も、まさか一晩でカムロヌムを攻略できるとは思っていなかったらしく、勝利の報は驚きをもって迎えられたそうだ。まあぶっちゃけ、戦った俺たちですら驚いてるぐらいだからな。

 家族と、そして友人と、町のあちらこちらで再会を喜ぶ声が上がり、カムロヌムの町は歓喜で満たされた。


 奇襲による勝利だったため、カムロヌムには、奴隷とされていたサンガリア人の他にも、数千の非戦闘員、つまり一般市民のゴーマ人が取り残されていた。

 長年ゴーマの侵略と戦い、虐げられてきたサンガリアの民の中には、ゴーマ軍に家族の命を奪われた者も多い。積年の恨みを晴らすべく、サンガリアの民の多くはゴーマ市民たちの処刑を望んだが、それは福音の騎士・エリウによって却下された。


「報復は何も生み出さない。今ここで無辜のゴーマ人を殺したところで、我々に何の益がある? それに、戦いはまだ始まったばかりだ。サンガリア再興のためには、奴隷たちの労働力が必要となるであろう」


 という鶴の一声によって。


 また、町には多くの酒や食料が残されており、カムロヌムの町は飲めや歌えの大騒ぎとなっていた。

 放浪生活が長かったため、サンガリアの民にとっては数年ぶりのまともな食事だったらしく、久方ぶりに口にする肉や果物を、皆腹が膨れるまで貪った。皮肉なことに、集落にいたサンガリア人よりもゴーマ人の奴隷となっていたサンガリア人の方がはるかに血色が良く、そんなところからも、ゴーマとサンガリアの食料事情の差が窺える。何かと優遇されていた俺とヒトミですら毎日豆と草と生臭い謎肉ばかりの食事だったのだから、無理もない話である。



 いやあ、それにしても。

 エリウの無鉄砲な突撃のあと、ゴーマ兵に包囲され、一時はどうなるかと思ったが、アランサーの力の解放条件が俺とエリウの『合体』であると気付くことができて、本当によかった。あれがなかったら、今頃きっと俺もエリウも首と胴が切り離されていたと思うぜ。


 ゴーマ軍の矢を受けたラスターグ王子とその側近二人は、もちろん俺のヒーリング能力で治療・蘇生を施した。

 手当てを受けている間、王子はずっと不服そうな表情を浮かべながら無言を貫いていた。側近に促されてようやく『礼を言う』と口先だけの感謝の言葉を述べたものの、俺を睨み付ける王子の視線は『この野郎』と言わんばかりの殺気に満ちていた。

 目の前で自分の想い人エリウが他の男と『合体』したところを見せつけられてさぞかし悔しかっただろうとは思うが、そこはほれ、救世主と一般人(王子とはいえ能力的にはEXILE似のただの人)の違いだからさwww俺は笑って許してやったよwww救世主だからクソ生意気なお子ちゃまに対しても寛大にならなきゃねwww


 夜になってもまだ宴会は続いていたが、民衆どもの相手はエリウに押し付……いや、任せて、俺とヒトミはカムロヌムの町で最も大きな建物、つまり昨日までゴーマ軍の司令官が使っていた石造りの屋敷に入った。


 さすが司令官の邸宅というべきか、そこは広い敷地に建てられた立派な屋敷だった。

 玄関から中に入ると大きな広間があって、天井に開いた穴の真下には、雨水が溜まった小さなプールが設えられている。また、広間を取り囲むようにたくさんの小部屋があり、収納場所に困ることはなさそうだ。食堂には、パンやワイン、干し肉や果物など、サンガリアの集落では望むべくもなかった美味そうな食べ物が豊富に置いてある。テーブルにそれらを広げ、銀のグラスにワインを注いで、俺はヒトミと二人でまったりと旅の疲れを癒しながら食事を楽しんだ。


「あ~~、もう、ワインなんて何年ぶりかしら、って感じ。こっちの世界に来てからまだ何日も経ってないのに、なんだか向こうの世界のことがずっと昔のことのように思えちゃう」

「はっはっは、集落ではワインどころか飲み水の確保にも苦労させられてたからな。町を手に入れたからには、もうしょぼい食事ばかりの生活とはオサラバだぜ」

「でもさあ、エリウちゃんの、アランサーだっけ? どうして急にまた使えるようになったの?」

「そ、それはだな……」


 そう改めて問われると、なんだか口にするのが躊躇われる。今更ヒトミに何を気兼ねするのかって感じではあるが、『合体』して能力を引き出すんだ、とはどうにも言いにくかった。


「それは、まあ、絶体絶命の窮地に陥って、俺とエリウが心を合わせたことによってだな……」

「ふーん、なんかマンガみたいな話ね。ま、私はどうでもいいけど」


 ヒトミはそう言って、銀の皿から梨を取り出して口に運んだ。

 久しぶりに口にする美味い食事である。自然と酒も進み、アルコールが回ったヒトミの目がとろんとし始める。


「ふぁ~ぁ、なんか酔っちゃったな……運転手さん、今夜はどうする? あたし、ちょっと眠たくなってきちゃった」

「おう、おやすみ」

「えっ?」


 俺があまりにすんなりと『おやすみ』と言ったせいか、ヒトミはとても驚いているようだった。


「いいの? 寝ても」

「ん? なんで?」

「いや、なんか、こういう場合、男の人ってワーッと性欲を発散させたくなるもんじゃないの?」

「あぁ、うん、まあそういうときもあるけどな。なんか今日は俺も疲れちゃってな」

「へぇ……そう……」


 そう漏らすヒトミの顔がほんの少しだけ寂しそうに見えたのは、俺の気のせいだろうか。


「そっか……じゃああたしは一足先に寝ようかな……」

「おう。ヒトミも異世界に来てからこっち、色々疲れてるだろう。隙間風の入らない部屋でゆっくり休んでくれ」

「うん、お言葉に甘えて。運転手さんも、あんまり調子に乗って深酒しないようにね」

「おう。おやすみ」


 ヒトミはひらひらと手を振りながら食堂を出て、彼女に割り当てられた寝室へと向かった。そう、今まではボロッちい小屋で一緒に寝ていた俺たちだが、この屋敷には部屋が余っているため、プライベートスペースを設けることができるのだ。


 ……さて、と。

 ヒトミが出て行ったのを確認してから、俺は屋敷の外に出て、玄関の前で控えていた一人のサンガリア兵に合図を送った。合図を受け取った兵はすぐさま街へと駆け出していく。何をするのかって? まあ見てな。


 数分後、兵は十人の女を連れて戻ってきた。

 いずれも十代から二十代の美しい女たち。その手首と足首には、もれなく枷が嵌められている。勘のいい読者なら既にお察しのことと思うが、彼女たちはカムロヌムの町に取り残されたゴーマ市民、つまり奴隷となった女たちである。


 カムロヌム奪還に成功してからすぐ、俺はこの兵に、捕らえたゴーマ市民の女の中から上玉を十人ほど俺の屋敷に連れてくるよう、こっそりと命じておいたのだ。


 勝利の余韻で昂った男は性欲が増す――ヒトミのその洞察はまったくもって正しい。ましてや、年がら年中性欲の権化であるこの俺が、こんな夜に女を抱かないなんてことは有り得ない。


 へへへ、つまりはそういうこった。

 俺は目の前に並んだ女たちに呼びかけた。


「おい女たち。わざわざ俺が言うまでもないとは思うが、残念ながらお前らゴーマ人の兵は、俺たちサンガリアの聖剣アランサーの威力の前になす術もなく敗れ、尻尾を撒いて逃げ出した。そして、お前ら市民は捨てられたんだ。お前達はこれから我がサンガリアの奴隷として暮らしていくことになる。しかし、だ。俺はこう見えても慈悲深い救世主でなあ」


 慈悲深いwww我ながらwwwとんでもない嘘だwww


「君たち十人はカムロヌムの町に取り残された市民の中でも指折りの美女だそうだな。俺は美しい女が好きだ。君達にも家族がいることだろうが、気に入った女の家族なら、特別に厚く遇してやらんこともない。ねえ、俺が言ってる意味、わかるよね?」


 女たちの間に、さっと動揺が走る。

 酒池肉林という言葉の『肉』の意味は食べる方の肉であって、女の意味で使うのは誤用であるらしい。しかし、そんなことはどうでもいい。つうか、肉がひとりでに木のように立つかい? 立たないだろ? そう考えれば、女体の林という意味で使った方が、より言葉面に沿った表現と言えるのではないか。

 まあ、女体の林つっても、どうせすぐ寝かすんだけどなwww


 そんなわけで、俺と奴隷の女たちの酒池肉林の宴が幕を開けた。

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