伝説の剣・アランサー

 ふう。


 数十秒後、賢者タイムを迎え冷静さを取り戻した俺を、突然の虚脱感が襲う。命の危機だってのに、何やってるんだ俺は。バカじゃないのか。

 まあいいか、どうせこれから死ぬんだから。それに、めちゃくちゃ気持ちよかったし。死体とは思えないほど具合がよかったなあ。


 ……ん? ちょっと待てよ。


 圧力の強さを決めるのは、女性の恥骨と尾骨に張られた骨盤底筋。そう、筋肉なのである。そして、死体の筋肉は弛緩しているはず。


 あれ……?


 本当かどうかわからないが、果てる瞬間の男のIQは2しかないとどこかで聞いた覚えがある。一桁まで下がっていた知能指数が急速に回復し、俺はおそるおそるエリウの死体を見た。


「はあ……はあ……」


 エリウの胸は、乱れた呼吸を整えようと大きく波打っていた。頭を抱えながら、ゆっくりとその身を起こす。

 えっ? これなんてホラー? 誰か勝手にドラゴンボール集めた? えっ?


「私は……いったい……」


 目覚めたばかりでまだ弱々しいエリウの視線が俺を捉えた。さっきまで青ざめていた頬が、今はかすかに紅潮している。


「救世主さま……なぜここに……」

「いや、こ、これはその……」


 えええええ、嘘だろ!? さっきまで確かに死んでいたはず! 呼吸もなかったし心臓も止まってた、瞳孔だって開いてたんだ。生き返るなんて聞いてねえよ!


「私は……毒矢に打たれて……そして、死んだはずでは……」


 ぶつぶつと呟きながら、エリウは自分の体を確かめ始めた。衣服がビリビリに引き裂かれ、乳と下半身が丸出しになったあられもない自分の姿を。


「いや、だから、その……」


 殺される! 間違いなく! 野蛮人の兵の手にかかるより先に! この女に殺される!


 だが、エリウは俺を詰りもせず、大きく目を見開きながら右の脇腹をさすり始めた。毒矢が突き刺さっていたはずのそこには何故か傷一つなく、矢はいつの間にか抜け落ちて足元に転がっており――要するに、傷口がすっかりふさがっていたのだ。


「これは、もしや……救世主さまが……救ってくれたのですか?」

「え? いや、だから、その……」

「これが救世主の奇跡……おお、全身に力がみなぎってくる!」


 ちょうどその時、テントの外から、こちらへ向かってくるゴーマ軍の足音が聞こえてきた。敵の軍勢はすぐ傍まで迫っている。一刻の猶予もない!


「来たか、ゴーマ軍め……」


 エリウはすっくと立ち上がり、足元に転がっていたあの聖剣を掴んで、そのままテントの外へと飛び出していった――乳と下半身丸出しのとんでもない格好のままで。


「聖剣アランサーよ! 今こそその力を解き放ち、サンガリアの民を救いたまえ!」


 エリウはそう叫びながら、宝石で装飾された長剣を抜き放ち、頭上に高く掲げた。

 長さの割に細身なその刀身が、日光を受けてキラリと煌めく。あれが伝説の剣、アランサー……。

 直後、ガタガタと震え出した伝説の剣は、目映く青白い光を放ち始める。


「おお……これが、これがアランサーの本来の……」


 前方からは、盾を構え隊列を組んだ夥しい数のゴーマ兵が、山のような威圧感を放ちながらこちらへ押し寄せている。

 そのゴーマの軍勢を屹度睨んで、エリウは青白く輝く剣を地面へと振り下ろした。


 すると次の瞬間、エリウが聖剣アランサーを突き立てたその足元から、地面が突然メリメリと裂け始めたではないか!

 亀裂はさらに大きく広がりながらゴーマの軍勢の方へと伸びていった。その罅は一瞬にして大きな地割れとなり、突如として現れた大地の裂け目に、慌てふためいた数百のゴーマ兵たちが次々と飲み込まれてゆく。


「え、ええっ……なんじゃこりゃ……」


 呆気にとられる俺を尻目に、エリウは再び聖剣を地面に降り下ろす。隊列を乱し最初の裂け目から逃げ出そうとするゴーマ兵、その行く手を遮るように二つ目の亀裂が伸びてゆき、大地に刻み込まれた二つの傷痕が、狂乱状態となったゴーマの軍勢を奈落の底へと引きずり込んでいった。

 最早こちらへ向かってくる兵は一人もいない。エリウが立て続けに振り下ろすアランサーの太刀筋と、その切っ先から伸びてゆく亀裂によって、ゴーマの大軍は瞬く間に壊滅状態となったのだ。

 

 ついに本来の力を発揮した聖剣アランサー。その威力に畏れをなしたゴーマ軍はすっかり意気消沈し、蜘蛛の子を散らしたようにバラバラに潰走して行く。


「はっははは! 見たかゴーマ人! 我こそが聖剣アランサーを振るう福音の騎士、エリウである! 必ずやお前達から我が故郷を取り戻し、救世主と共に再びサンガリアの民に繁栄をもたらしてみせるぞ!」


 エリウは青白く輝く聖剣を天に掲げながら、退却するゴーマ軍に向かって高らかに宣言した。乳と下半身丸出しのまま。

 そして俺は、自分が何かとんでもないものに巻き込まれてしまったということを、改めて実感したのだった。

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