交換日記から始まる恋物語。
紅狐(べにきつね)
交換日記から始まる僕と彼女の恋物語
中学二年になると同時に僕は父の実家のある田舎に引っ越した。
友達もいない訳ではないけど、引っ越しをして新しい生活をしても良いかと思ったんだ。
引っ越した先はど田舎。
中学校でも一クラス三十人いない。
そんな田舎の学校では全校生徒が友達のようなもんだ。
三学年あるが僕以外の生徒はみんな小学校時代からの付き合い。
僕だけが、みんなの事を知らない。
もともと住んでいた所でも友達は少なく、家に籠って勉強やゲーム、本を読む日が多かった。
田舎に来たらなおさらだ。店も少なく、遊ぶところもない。
でも、部活は強制参加。
選択できる部活動は少ない。しょうがないので運動部に入る。
やや太り気味だった僕は、身長が伸び、痩せて行った。
そして、勉強はそんなにできなかったがこっちでは常にトップクラス。
自信の無かった僕は、少しづつ自信がついてきた。
三年になったある日、一つしたの後輩から声を掛けられた。
「先輩、好きな人いる? もしくは付き合ってる人は?」
同じ部活の後輩。
一つ下だけど、この学校では敬語とかは使わない。
みんな友達なんだよね。
「いや、いないけど?」
「あのさ、先輩の事好きな子いるんだけど、紹介してもいいかな?」
僕の事が好きな子。誰だろう?
こんな田舎の学校。誰かが誰かを好きになる、誰かと付き合う。
そんな事が噂になったらすぐに特定班が動き、事実が明るみになるだろう。
「いいけど、誰?」
「じゃぁ、今日部活終わったら体育館裏に。もちろん、その子一人で行くから」
そう言うと、後輩は自分の部活があるからと、早々に立ち去っていく。
その後、僕は部活に力が入らなく、どうしても上の空。
誰だろう? どの子だろう? あの子かな?
気になってしょうがない。
「「お疲れ様でした!」」
部活が終わった。
これほど部活が早く終わらないかと思ったのは初めてだ。
ジャージから制服に着替え、皆帰っていく。
俺は忘れ物があるからと、一人教室に行くふりをして、体育館裏に。
胸が高鳴る。
可愛い子かな? もし、タイプじゃなかったらどうしよう。
僕の事、どう思ってるのかな?
色々な事を考えながらバッグを肩にかけ、体育館裏に行く。
いた。体育館裏の階段に座っているのが見えた。
黒く長い髪が風に揺れている。
あの髪の長さは、この学校に一人しかいない。
一つ学年が下の後輩。
同じ部活だったけど、僕の事好きなのかな?
「ごめん、待った?」
僕が声をかけると彼女は立ち上がり、髪を直す。
緊張しているのか、すごく固くなっている。
普段だったら普通に話とかしていたのに、やっぱり緊張しているんだな。
その表情からこっちまで緊張してきてしまう。
「いえ、私も来たばっかりです」
数少ない生徒の中でも、彼女は可愛い方だと思う。
長い髪に細い体、そして成績も良い。
聞いた話だと、結構人気があるらしい。
そんな子に、僕は呼び出された。
彼女の目の前まで歩み寄り、目の前まで移動する。
「あ、あの、呼ばれたのは僕であってるのかな?」
頬を少し赤くしながら彼女は答える。
「先輩の事、好きなんです。あの、良かったらお付き合いしてもらえませんか?」
断る理由はない。
人生で初めての彼女だ。僕の心は舞い踊った。
ただし、表情には一切出していない。
ここは、クールに、冷静に対応しよう。
「ありがとう。いいよ、僕も君の事が気になっていたんだ」
嘘ではない。
その長い髪が部活中に何度も揺れるのを見て、心惹かれていた。
「は、初めはこれからでお願いします」
手渡された一冊のミニノート。
表面には『交換日記』と書かれている。
「交換日記?」
「はい。二人で会ったりすると、噂になるから……」
田舎なんでしょうがない。
「いいよ、どうやって交換する?」
「書いたら下駄箱に入れます」
「分かった。僕も書いたら下駄箱に入れるね」
こうして、二人の秘密の交換日記が始まった。
『今日、体育の時間、先輩の事見てましたよ! かっこよかったです!』
『調理実習でもらったクッキー、おいしかったよ』
『お気に入りのCD貸しますね! 良かったら聞いてください』
『いい曲だったよ。今度は僕のお気に入りの曲を送るね』
『テストダメでした。赤点すれすれ。先輩は成績良くてうらやましいです』
『今度、何人か誘って勉強会でもしようか?』
『文化祭楽しみですね!』
『進学どうするの?』
『先輩と同じ高校に行きます』
『今度電話してもいいかな?』
『先輩の声、聞きたい……』
『電話するよ』
『夜の十一時半にかけてください。すぐに出ます』
交換日記も何か月も行い、数冊目に入る。
声が聴きたい、交換日記に電話してもいいか聞いてみた。
その日の夜、家族が寝た隙にこっそりとコードレスフォンを手に取る。
家の隅の方に行き、こっそりとコール。
――プル
『もしもし』
ノーコールで出た。
「えっと……」
『先輩?』
「お、おう」
『ありがとうございます。へへっ、家族に隠れてこっそりなので小声でお願いしますね』
「僕もこっそりだ」
深夜の電話。
家族にも学校のメンバーにも伝えていない、僕たちだけの時間。
たまに、交換日記で日時を連絡し、こっそりと深夜にお互いの声を聞く。
本当にたわいもない話。
でも、お互いの事を知り、時間を共有する。
彼女に触れる訳でもない。
彼女を見る訳ではない。
声だけでも、幸せの時間が僕には訪れる。
――
迎えた卒業式。
彼女とデートをするわけでもなく、普通に過ごす日々。
それでも、僕は志望校に合格した。
制服の第二ボタンを箱に入れ、最後の交換日記に書き残す。
『ボタンはプレゼント。高校で待っている。今でも、これからもずっと好きだよ』
そして、彼女との交換日記は終わりを告げた。
――
高校に入ってから互いの時間にずれが生じ、話す機会も無ければ、連絡を取り合う訳でもない。
何となく電話もしにくくなり、次第に連絡する間隔があいていった。
会わない、話さない、連絡をするわけでもない。
これって付き合っているというのだろうか?
もしかして、自然消滅ってやつなのか?
それでも、その事を確認するのが怖かった。
だったら、このままでいいか……。
何度か、同じ年の子に告白されたが全て断った。
ちょっと気になる子がいても、特に何もしなかった。
何してるんだろう、俺は……。
高校に入り、身長も伸び少しだけ大人になった気がした。
そして、迎える高校二年。
新一年生の入学式が今日はある。
俺も一年前はあの中に混ざっていたんだよな。
校舎裏に咲いている桜が印象的で、今でもその風景を忘れてはいない。
特に何事もなく入学式もホームルームも終わり、全員帰宅の時間だ。
明日から、また普通の日常に戻る。
ただ、それだけだ。
一人教室に取り残され、バッグを肩にかける。
下駄箱に行き、靴を書き換えようとした時、ふと手に何かが当たった。
『交換日記』
これは、まさか……。
心臓がバクバクする中、交換日記を開く。
これは忘れもしない、俺が最後に書いた交換日記。
ま、まさか……。
最後に書かれたページの一枚前には、確かに俺の字で『高校で待っている』と書いてある。
そして、次のページ、最後のページには……。
『遅くなりました! もしかして新しい彼女とかできちゃいました?』
さらに文章は続く。
『入学式が終わった後、校舎裏の桜の木の下で夕方まで待ってます。もし、まだ私の事が彼女だったら迎えに来てください!』
俺はバッグを床に置き、靴を履き替え、交換日記だけを手に持ち走り出す。
まさか、まさか! まさか!
息が切れ、途中何度か転びそうになる。
まさか、まさか、まさか!
校舎裏の桜の木。
その木の下で黒い長い髪が風に揺れている。
「はぁはぁはぁ……。ご、ごめん、待った?」
「いえ、私も来たばっかりです」
初めて彼女に呼ばれたときと同じ言葉を繰り返す。
「あ、あの、呼ばれたのは僕であってるのかな?」
頬を少し赤くしながら彼女は答える。
「先輩の事、ずっと好きなんです。これからもよろしくお願いできますか?」
お互いに微笑み、視線を交わす。
「交換日記から始めてもいいかな?」
「今回はダメです。一緒に帰ったり、デートもしましょう。先輩、待たせてごめんなさい」
彼女の唇が、そっと俺の唇に触れた。
そして、俺達は初めて手を繋ぎ校舎をあとにする。
高校生活、俺達はまた一緒に歩き始める事ができるんだ。
交換日記から始まる恋物語。 紅狐(べにきつね) @Deep_redfox
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