レベル255の冒険者のレベルを上げさせた結果……

愛宮 霧穂

レベル255の冒険者のレベルを上げさせた結果……



 俺の住んでいる街には、最強と名高いヒカルという冒険者がいる。といっても噂を聞くだけで、俺は見たことがないのでどんな奴かは知らない。



 この世界では生き物すべてにレベルがあり、一般人の大人でレベル10~20ほどになる。


 冒険者としては15歳の駆け出しでレベル15、30歳のベテランでレベル40あれば強い方と言われており、俺は15歳でレベル15だから強い方だといえる。そんななか、ヒカルさんはレベルが255もあるとか。桁が違う。


 レベルが50もあれば王を守る騎士団員に推薦される、といった強さなので、レベル255というのがどれくらい規格外かわかるでしょ。



 なお、国のお偉いさんの言うことには、レベルと攻撃力には相関関係があるとのことで、レベルが上がるほど攻撃力が上がるらしい。


 魔力にも相関関係はあるけれど、体力や防御力はあまり関係ないらしい。確かにレベル1の子供の攻撃力や魔力が1ってのは理解できるけど、子供の体力が1とか言われたら死にかけになっちゃうからね。



 そして武器によって攻撃力は上がり、ナイフだと攻撃力2倍、大剣だと攻撃力17倍になる。武器による攻撃力変化は、だれでも使えるステータス魔法を使えばわかることだ。自分のステータスしか読み取れないけれど。


 ちなみにヒカルさんはナイフを使っているらしい。レベル255でナイフを使っているということは、大剣を持ったレベル51の冒険者と同じ攻撃力を持つと言うことになる。大剣使えばもっと強いのだろうけれど、取り回しのいいナイフでさえほとんどの敵に対応できるレベルだからナイフを使っているのかな。


 防具は防御力に補正が掛かるけれど、革の鎧なら+10、鉄の鎧なら+30と加算にしかならないので、みんなあまり気にしていない。体力や魔力? それらは増加する装備がないから、自分で鍛えないといけない。



 ヒカルさんはそんな強い冒険者なのに国に仕えることは拒否して、こんな辺境の街で俺ら駆け出しのレベルアップを手伝ってくれている。


 ヒカルさんのレベルアップの手伝い方法は簡単で、ヒカルさんと同じパーティーを組んだ後は、ヒカルさんが敵の体力をほとんど削りきるから、最後の最後でパーティー解散して、対象者がとどめの一撃を加えるだけ。


 とどめの一撃を加えたときに経験値が入るのだが、同じパーティーだと経験値は人数によって配分されるところ、パーティー解散すると配分がリセットされ、それからのダメージ量で配分量が決まるらしい。パーティーを組まなかった場合は、それぞれのダメージ量で配分が決まるとか。このあたりは俺もよくわかってないが、ギルドがそういっているし先輩の冒険者も認めてるから、そういうモノなのだろう。



 そんなわけで最後の一撃を入れた冒険者が経験値総取りするので、レベルアップはすごいことになる。ただ手伝ってくれるかは運次第で、ヒカルさんが依頼を受けるとき、たまたまギルドにいる冒険者が誘われるらしい。


 ならずっと待っていればいいかというと、その冒険者がギルドに来る時間は決まっていないので、俺ら駆け出しは、他の依頼を受けて食い扶持を稼がなきゃならない。逆にある程度のレベルであれば、それを待っているより自分で稼ぎに行った方が早いし、そもそも駆け出し優先らしく、ある程度のレベルの人は誘われない。



 なんでこんなことをだらだら思い浮かべているのかというと。


 「依頼が無いんだよな……」


 朝の依頼貼り出しに間に合わなかった俺は、掲示板を見て落ち込んでいたからだ。



 というのも昨晩は冬だというのに暖かく、調子に乗って夜更かししてしまい、今朝は寝坊してしまったのだ。


 こんな時間に来る冒険者にいい依頼が残っているわけがない。



 そもそも冬はモンスターも冬眠するとかで、元々の依頼も少ない。だから、今の掲示板にはゴミ拾いやドブさらいみたいな、いつもなら残っているはずの依頼すらないのだ。


 しかしあきらめて遊ぶには手持ちの金が心もとない。


 従って、その冒険者がたまたま来ないかなー、なんて妄想するしかすることがないのだ。ギルドにいる限りは暖房費が不要だし、騒がないなら追い出されることもないし。冒険者なんてほとんどが騒ぎたい奴だから、ギルドはガラガラで、居心地も悪くないし。



 そうやってギルドのいすでぽけーっと座っていたら、ギーッと、ギルドの戸が開く音がした。


 何とはなしにそちらを見ると、そこには大柄な冒険者。身長は2メートルほどあるだろうか。ひげ面で濃い顔の男がギルドのドアをくぐるように入ってきた。


 強いんだろうなー、なんて思いつつ見てると、受付に行ったその男は、受付嬢となにやら話している。と、こちらを指さす男。うなずく受付嬢。



 なんだろう、と見ていると男が近づいてきて。


 「坊主、一緒にワイバーン退治に行くか?」


 と、渋いバリトンボイスで声をかけてきた。




 話を聞いてみると、その大男こそがヒカルさんらしい。


 ワイバーンはレベル80といわれるモンスターで、普通は騎士団が出てきて対応するような敵らしい。ヒカルさんへの討伐依頼は普段はレベル40くらいの依頼が多いとのことで、それに比べれば純粋な経験値量は100倍以上、倒せば大レベルアップ間違いなし。


 しかも噂では、ヒカルさんと一緒に行動した場合、どんな強力な敵でも冒険者に死者が出たことはないらしい。


 これは俺にもチャンスが巡ってきたな。もちろん喜んで受注した。




 パーティーを組んで目的地へと向かう道中、ワイバーンの生態だけでなく、街の付近に出るゴブリンなどの害獣の倒し方も教えてくれた。


 中に出現したゴブリンで「こうやって倒すんだ」と実演付きで。


 その巨体には似合わない素早さで、さくさくと倒していく。さすがレベル255。動きが違う。


 「さすがです!」 と感嘆の言葉を贈ると、「そのうちおまえもできるようになるさ」なんてクールに言われた。いや、さすがに無理だと思います。




 なんやかんやで、目的地に到着。討伐の手順を教えてもらう。


 「いいか、まずオレがアイツの体力をギリギリまで削る。今だ! と言ったらオレをパーティーから外せ。そして、おまえがアイツにとどめを刺すんだ。いいな、ちゃんとパーティーは外せよ!」


 頷く。パーティーはリーダーと該当者、両方が許可しないと入れ外しができないのだ。不便ではあるが、経験値を持ち逃げされないという意味ではありがたい。



 俺の頷きを確認したヒカルは、なにやら呪文を唱え始めた。


 すると、空を優雅に飛んでいたワイバーンがいきなり高度を下げてきて、1キロほど先の荒れ地に落下した。落下による衝撃で地面が揺れる。何があったんだ?


 「グラビティの魔法で地面に落としたんだ。先に行ってアイツの体力を減らしておくから、気をつけて追いかけてこい」


 それだけ言うと、ヒカルさんは駆けだしていった。


 速い。一瞬にして小さくなるヒカル。置いていかれまいと追いかけるも、追いつけるはずもなく。





 追いついたときには、戦闘の真っ最中だった。


 いや、戦闘というのもおこがましい。蹂躙だ。


 一歩も動けず、翼も動かせず、頭すら持ち上げられないワイバーンに切り傷を入れていくヒカルさん。そのスピードたるや分身して見えるほどで、傷がどんどん増えていく。


 「すごい……」


 目を奪われてしまう。最強とはこんなにもすごいのか。




 それを眺めているうちに、ふと思った。思ってしまった。


 この人がさらにレベルアップしたら、どうなるんだろう? って。


 「今だ!」


 ヒカルがそう言って、俺の後ろへと離れていく。ワイバーンは瀕死なのか動かない。




 パーティーを解散して、ワイバーンにとどめを刺すだけ。


 けれど思ってしまった。このまま解散せずに倒せば、ヒカルさんにも経験値が入って、もしかしたらレベルアップするんじゃないか、って。


 なので俺はパーティーを解散せず、ワイバーンに駆け寄る。


 「お、おい! 解散忘れてるぞ!」


 そんな声が後ろからするも、無視してワイバーンに一撃を与える。





 その瞬間、熱いいモノが流れ込んできたのを感じる。経験値だ。しかし、今までに感じたことのない濃さ。さすがワイバーン、といったところか。


 「やりましたよ!」


 そうやって笑顔で振り返るも、そこに居たのはなぜか蹲ってるヒカルさん。


 「ヒ、ヒカルさん、大丈夫ですか?」


 そう声をかけるも、こちらへの返答がなく、ぶつぶつ呟いている。


 「とまれとまれとまれとまれ……! ああ! レベルが……!」


 最後は叫び声を上げ、強烈な光に包まれるヒカルさん。 


 あまりのまぶしさに直視できず、目をそらしてしまった。





 そして光が収まったところにいたのは……


 「だれ?」


 12、3歳に見える、黒髪ロングの見目麗しい少女だった。


 「お、おまえのせいで!」


 いきなりキレて、ナイフで斬りかかってくる少女。


 危ない! と腕で防護し、後ずさる。


 それにあわせてこちらに近づき、ナイフを振り回す少女。


 ナイフが腕にばんばん当たり、痛みが…… あれ、痛くない? 


 切られたであろう部分をひっくり返して見るも、血の跡どころか、服にすら傷が入っていない。


 これはどういうことだ? と少女を見ると、ハアハアと息が上がっている少女に凄い剣幕で睨みつけられた。


 「で、だれ?」


 「ヒカルだよ!」


 ヒカルさんとは似ても似つかない、甲高い声で返事が返ってきた。





 何とかなだめて話を聞くと、ヒカルさん改めヒカルちゃんは元々この姿だそうで、国から隠れるために変化魔法で別の姿をしていたらしい。


 「なぜ国から逃げてたのですか?」


 「オレは国によって異世界から召還されたからな」


 なんでも勇者として召還されたが、倒すべき魔王などもおらず、いいように使われそうだったから逃げてきたと言うことだ。しかし、可憐な女の子がオレって言ってるの、なんか偉ぶっているみたいでかわいいな。


 「でも、なんで今は元の姿なんですか?」


 そう聞くと、ヒカルちゃんはきっと睨んできた。


 「おまえのせいだぞ! おまえのせいでレベルアップしたから、魔力が足りなくなったんだぞ!」


 そんなことを言うが、レベルアップで魔力が減るなんて話は聞いたことがない。


 まあいい。人のステータスがどうなのかなんてわからないし。それよりも、ナイフで切られた場所を見ても傷一つ無いのだ。レベルアップのおかげかな。


 「ナイフで切られても傷一つつかないなんて、レベルアップはすごいなあ」


 そう呟くと、


 「そんなわけあるかー!」


 怒鳴られた。


 「レベルアップで服まで強くなるわけがないだろ! オレが弱くなったんだよ!」


 「レベルアップで弱くなったなんて話、聞いたことないですよ」


 「現に! ここに! いるだろうが! レベル0になったから! 攻撃力も0なんだよ!」


 襟元をつかまれ、がくがくと揺さぶられる。あ、頭がガクガクする……


 やめてくれ! というと素直にやめてはくれたが、落としたナイフを見つめ、


 「レベルさえ、レベルさえあれば、おまえを切り刻めるのに……」


 なんて物騒なことを呟いてた。





 「なあ、なんでオレがナイフを使ってたと思う?」


 ヒカルはあれからたっぷり5分ほど落ち込んでいたが、突然そんなことを言い出した。


 「使い勝手がいいからですか?」


 「それもあるが、違う。大剣だとダメージが出ないからだ」


 ヒカルちゃんの語るところによれば、大剣だとナイフの半分しかダメージが出ないらしい。


 「でも、そんなバカなことが……」


 「あるんだよ。たぶんこの世界、オレみたいな強いやつが存在することを考えてないから、オーバーフローとかでバグったんだろ」


 「オーバーフロー? バグ?」


 「あー、強すぎると神の法則が狂うってことだ」


 なるほど? よくわからないけれど。


 「だから、もしかしたら255からレベルアップしたらヤバいことになるかも、って思ってたから、駆け出し育成を兼ねて経験値を押しつけていたというのに」


 それなのに、おまえは…… と睨まれる。すいません。でも、正直その睨みは微笑ましくて可愛いです。


 「これからどうすればいいんだよ…… って、そうだ」


 にやりと笑うヒカルちゃん。


 「おまえ、帰り道にゴブリンを倒しまくれ」


 「ええ?」


 「そして経験値を寄越せ。そうすればオレもレベル1から脱出できる。そうすれば、魔力も多少は戻るはずだから変化魔法が使えるはずだ」


 「でも面倒だなぁ」


 つい、ぽつりとこぼしてしまったのだが、それを耳聡く聞きつけたヒカルちゃんに怒られた。


 「面倒だとぅ!? 誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ!」


 俺のせいです、すみません。





 そんなわけで討伐部位を確保した後、帰り道にゴブリンを倒し回っていたのだが。


 「なぜだ、なぜレベルがあがらん……」


 倒しながら街の近くまで帰ってきたものの、ヒカルちゃんはレベルが上がらないようで。


 道ばたにしゃがみ込み、沈み込んでいた。


 「神の法則? とやらが狂ったからとか? レベル0なんて聞いたことないし」


 思ったことを呟いたのだが、それを聞いたヒカルちゃんは更に落ち込んでしまう。


 可愛くなったこともあり、ついついため口で話してしまうな、これ。


 しばらくのの字を書いていたヒカルちゃんだが、よし、と突然立ち上がり、俺に向かって指を指し、


 「おまえ、オレと結婚して養え!」


 といってきた。


 「なんでですか! 俺、もっと可愛い子と結婚したいですよ!」


 「ああ? だれが可愛くないって?」


 そういって、かかとでグリグリと足を踏んでくる。踏まれてる感覚はあるのに痛くない。ふしぎ!


 「そんなことしてくるヒカルちゃんが!」


 「だれがちゃんだだれが! ヒカル様と呼べ!」


 「はい、ヒカル様! でも俺はもっと大人っぽい人と!」


 「これでも18だ!」


 18? この見た目で俺より3つも年上? 3つ下、といっても驚かないぞ?


 驚きのあまり、ついまじまじと見てしまう。いやどう考えても12とかでしょ。


 驚きが顔に出ていたからだろうか、ヒカルちゃんはみるみる不機嫌になり。


 「責任とれ! 責任を!」


 と言い出した。


 ちょ、ここ街に近いから人通りあるから! ほら! 今通った村人っぽい人も怪訝そうな顔で見てたから!


 「わかった!わかったから落ち着いて……!」





 何とかなだめて街に戻ったのだが、宿で一晩泊まった後、冒険者ヒカルは他の街に行くことになったという旨の手紙を本人に書いてもらい、それをギルドに提出し、ついでに結婚届を教会に提出する羽目になった。


 その結果、ロリコンだとか幼女キラーだとか不名誉な称号を冒険者連中からもらったのだが、フッフッフッ、ワイバーン効果でレベル50近くになった俺は、この辺境では最強の冒険者だから誰も逆らえないのだ!


 「何してんのさ! うぬぼれてないで、さっさと帰るよ!」


 「お、おう!」


 「返事は?」


 「イエス! マム!」


 「よろしい」


 妻となったヒカルちゃんには尻に敷かれてるけどね……

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