第56話 伸びる塔対策会議

「えー? 勝手に伸びる塔、だって!?」


 直樹は目を丸くし、握っていたフォークをテーブルの上に落としてしまった。

 ここは、涼坂家の食卓。

 仕事から帰ってきた直樹は、香織が作った美味しいマカロニグラタンを頬張りながら、子供たちの”異世界冒険譚”に耳を傾けていた。

 そこまではいつも通りの光景なのだが、今日の内容はとびきり刺激が強かった。


「そうそう! 地面がゴゴゴゴゴって揺れてなにかと思ったら、塔がニョキニョキニョキって伸びたんだよ! ほら、こんな感じに!!」


 歩斗は興奮気味にフォークでグラタンのチーズをすくい、ビヨーンと伸ばした。


「嘘だろ?? 本当にそんな風に伸びたのか!?」

「もう、お兄ちゃんってば、それは違うでしょ! ほら見てパパ。こんな感じだって」


 今度は優衣が、グラタンの中に埋もれたマカロニをフォークで刺し、少しずつ持ち上げて伸びる塔の動きを再現。


「えー? それも嘘だろ!?」

「ウソじゃないもん! ホントだもん! ねっ、ママ」

「フフ、そうね。そんな感じだったかも」


 香織は普通にグラタンを食べながら、優しく微笑んだ。


「マジかよ……くぅ~、見たかった~! っていうか、みんな大丈夫だったのか? ヤバい敵と遭遇したんだろ? ケガは無いのか??」


 油断すると湧き出す好奇心を何とか押し込めて、父親の顔になる直樹。


「大丈夫だよパパ、ってか見ればわかるでしょ! それより、私ってばそのヤバい敵と剣で戦ったんだから! グググ~ってめっちゃ強く押してくるけど、私だって負けずにグググググ~って押し返して!」

「ボクだって毒多島で大活躍だったんだから! 10体の毒魔物と戦ったり、毒爆の矢っていうの見つけたり、ポイズワロウっていうめっちゃ強い敵と戦ったり、そのポイズワロウと仲間になったり」

「そうそう、私も見知らぬ場所に飛んでいって、子豚みたいで子鹿みたいな魔物ちゃんにフィナンシェあげたり、可愛らしい兄妹にカレーを作ってあげたり──」

「それなら俺だって、企画書の詰めの甘い部分を直したり、プログラマーの子と打ち合わせしたり……って、日常! 俺だけただの日常じゃないか、くぅ~。ずるいぞずるいぞ~」


 大人げなく悔しがる直樹の肩を、隣に座っていた優衣がポンポンと優しく叩く。

 異世界では頼りないレベル1の魔法使いだが、現実世界では頑張って働いて家族を支えてくれる立派な父親であり夫でもある直樹に対し、3人は優しい眼差しを送った。

 それに気付いた直樹は、優しく笑って返した。

 

「ははっ……まあ、とにかく、みんな異世界を満喫してたってことだな。ところで気になるのは、その”伸びる塔”っての。ここからかなり近いんだっけ?」

「うん! めちゃくちゃ近いよ! ねえママ」

「ええ、そうね。こっちの世界で言ったら、1番近いコンビニぐらい……かしら」

「ほう……」


 直樹は、今まで数え切れないほど利用している最寄りのコンビニを思い浮かべてみた。

 たしかに、寝間着でも気にせず行けてしまうほどの近さ。

 もっとも、距離というよりは、恥ずかしいという理由で優衣や香織から愚痴られてしまうため、実際には面倒でも軽く着替えるようにしている直樹であった。


「危険性は……どうなんだ?」

「ロフニスは『結構ヤバいかも』って言ってたよ」


 優衣が合間にマカロニをもぐもぐ食べながら続ける。


「塔そのものも分からない部分が多いし、何よりも伸びてることがヤバいみたい」

「えっ? それはどういう……あっ。もしかして、隠れみのオーブの……?」

「そうそう! パパ、冴えてるぅ~」

「い、いや、それほどでも……ハハハ」


 直樹の満足度が1上がった。

 優衣の褒めスキルが2上がった。


「もしもこのまま伸び続けると、隠れみのオーブの範囲から飛び出しちゃうかもしれない、だって。なんか、ロフニスは『ドームになってる』とかなんとか言ってた」

「ああ、なるほどね。そういや、今までオーブの範囲について深く考えたこと無かったっけ。ドーム状になってると言うことは、横向きの半径とは別に、縦方向にも隠せる限界があるってわけか。ちなみに、その塔は今んとこどれぐらいの高さがあるんだっけ?」

「3階ぐらい!」


 やっと自分でも分かる質問が来たと、歩斗が元気よく答える。


「ほう。それじゃ、どれぐらいが限界か……って、分かってるのかな? 階数で言うと、どれぐらいまでは大丈夫か、とか」

「それは……ロフニスにも分からないみたいだよ! オーブごとに『コタイサ』ってのがあって、効果の広さはまちまちなんだって!」


 次の質問に答えたのは優衣。

 歩斗もその場にいたのだが、異世界のヘンな虫に気を取られてよく聞いていなかったので、答える権利を素直に妹へと譲る。


「ほうほう、なるほどね。それじゃ一旦、現状を整理してみようか」


 直樹の顔つきが、スマホゲーム開発事業部でリーダーを務める会社でのそれに変わった。

 優衣、歩斗、香織はグラタンを食べつつも、真剣に聞き入る。

 いつの間にか直樹の足下へとやって来ていたささみも、ちょこんと前肢を揃えて聞き耳を立てていた。


「まず、魔物の国と人間の国の調査団に見つからないように、ウチのリビングは〈隠れみのオーブ〉で隠されている。リビングの近くに妙な塔が出現。そこもオーブの範囲内で、今のところリビングと一緒に隠されている」


 うんうん、とチキンを頬張りながら歩斗が頷く。


「でも、その塔は伸びるタイプの塔だった。オーブの有効範囲はドーム状になってるから、もしもこのまま伸び続けた場合、いずれオーブの範囲外に飛び出てしまう恐れがある」


 そうそう、とポテトを頬張りながら優衣が頷く。


「すると、調査団がやってきて、塔の近くにある我が家も見つかって大変なことに……!」


 あらやだ、とブロッコリーを頬張りながら香織が合いの手を入れた。


「つまり、このまま放っておくわけにはいかない……ってことだよな」


 にゃーん! とささみが勇ましく鳴いた。

 

「やるべきことは、塔がこれ以上伸びるのを防ぐこと。そのためには、どうして塔が伸びるのか、どうやって伸びてるのか……まあ、とにかく塔を知ることだよな。そのためには、塔の中に入らないと始まらないけど……」

「封印されちゃったんだよ! あのレムゼってやつに、キーッ!」


 塔の中に閉じ込められたり、ユセリをロープで縛られたりしたことを思い出し、小さな怒りを露わにする歩斗。

 ユセリに関してはいつの間にかロープから解放されていたのだが、なぜそうなったのかについては謎のままだった。


「ああ、魔法陣の鍵ってやつだっけ? ミッションをクリアすると解錠されるとか……」

「うんとね、ロフニスは『これはちょっと毛色が違うようだぞ』だって」

「えっ? それじゃ、別の方法で開ける必要がある、ってこと?」

「うん! なんか『とある鍵』と『強力な魔法』と『強力な武器』と『超レアな花の実』を揃える必要がある……とかなんとかって」

「……おお! なんかRPGっぽくなってきたな!」


 目を輝かせる直樹。


「もう、パパったら、遊びじゃないんだからねっ!」

「あっ、ごめんなさい」


 立場が逆転する父と娘。

 真剣な作戦会議で少し張り詰めていた食卓が笑いに包まれた。

 話している内容は、まさにゲームそのもの。

 だが、リビングの外に広がる不思議な世界は紛れもなく現実であり、涼坂家のリビングの平和が脅かされているのもまた事実、まさに今そこにある危機。

 家族全員、マカロニグラタンを完食し、お皿の淵にこびりついたチーズを残すのみとなってはいるが、誰も席を立つこと無く、作戦会議はまだまだ続くのであった。

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