第55話 6対1

「チッ、なんだオマエら……!」


 余裕の表情を浮かべながら右手のみで優衣の剣を受け止めていたレムゼの顔には焦りの色が差し、剣を持つ手には左手も加わっていた。

 上質な弓をレムゼに向ける歩斗のすぐ横に、1人と1匹の援軍が並び立つ。

 

「……あっ、ロフニス!! それに、ささみも!」


 強敵とつばぜりあいを続ける優衣は、頼もしい援軍の姿に気付いて嬉しそうに声を上げた。

 不気味な異世界の少年レムゼの圧倒的な強さに支配され、その蒼白い顔の如き禍々しいオーラに包まれていた雰囲気が一変。

 娘のピンチを心配し、いつになく真剣な表情で駆け出していた香織も彼らのすぐそばで立ち止まり、ホッと胸をなで下ろしていた。


「ユイ、助けに来たよ!」


 人間の国ロフレアの王子ロフニスは鮮やかな金髪を微かに揺らしながら、細かな装飾の施された剣の柄を握りしめ、勇ましく声をかける。


「にゃーん!」


 ロフニスの足下、茶トラの愛らしい猫も勇ましく鳴いた。

 その背中には小さな盾を背負っており、少し焦げたような跡が付いている。


「えー? もしかして、さっきの魔法、ささみが弾いたの!?」


 レムゼの魔法が飛んできて、思わず目を瞑ってしまっていた歩斗。

 驚きに満ちた言葉を愛猫に投げかけた。


「にゃ~ん」


 ささみは、『はい、その通りですよ』と言わんばかりに、誇らしげな瞳で歩斗を見上げる。


「すごっ! ささみすごっ!」


 レムゼと剣を交わしながら耳を傾けていた優衣が、感嘆の声を上げる。

 すると、ロフニスが焦った表情を浮かべながら、矢継ぎ早にしゃべり出した。


「そ、そうそう! 僕が森で見つけた宝箱の中に小さな盾が入ってて。これはきっとささみ君にちょうど良いんじゃないか……って思ってたら、偶然そのささみ君と出くわしたのさ! それで背中に乗せてみたらジャストフィット! ささみ君が焦ってどこかへ走り出したから付いてきてみたら、この状況で。いやぁ、でも良かった良かった。僕が見つけた盾で、ヤバそうな魔法を弾くことが出来て。僕が見つけた盾で……」

「ありがとうロフニス! 本当に助かったよ!」


 歩斗の言葉にかぶせるように、優衣も「うん! お兄ちゃんを助けてくれてありがとね!」と続けた。


「そ、そりゃどういたしまして……あはははは。ま、まあ、実際に防いでくれたのはささみ君だから……」


 謙遜するロフニスだったが、イケメンフェイスはデレデレでとろけそうになっている。

 そんな初々しいやり取りに対し、苦い視線を向けるのは……もちろんレムゼ。


「……ああ、そうだな。弱い奴らほど群れたがるもんだ」


 そう言いながら、レムゼは両手で持った剣をグイッと思いきり押し込むと、つばぜり合いを続けていた二つの剣が離れた。


「うわっ!」


 禍々しいオーラに気圧された優衣がバランスを崩しそうになったが、両足で地面を踏みしめ、なんとか剣を構えなおす。

 再び訪れた妹のピンチを察し、改めて上質な弓をレムゼに向ける歩斗。

 魔烈の実を握りしめる香織。

 ロープに縛られながらも、レムゼを睨み付けるユセリ。

 高貴な剣を構えるロフニス。

 右前肢でカリカリと地面をひっかき、小さな体を小刻みに右へ左へ動かして、いつでも飛びついてやるぞと意気込むささみ。

 単純計算で6対1の構図……だが、レムゼに焦りの様子は見えない。

 それどころか、不気味な微笑みすら浮かべている。

 数の上では不均衡だが、どこか拮抗しているような雰囲気が漂う中、口を開いたのは……優衣だった。


「っていうかさ、あんたの目的って一体なんなの??」


 ピンクゴールドの剣を構えながら、すぐ目の前の少年に問いかける。


「フンッ。オマエら如きが知る必要は無い」


 レムゼは、ほんの一瞬だけ塔に眼差しを向けたあと、


「逆に聞こう。オマエらはなぜ、オレ様のジャマをするか?」


 と言いながら、優衣、そしてその後ろに並ぶ歩斗たちに次々と冷たい視線を送った。


「……フッ、結局すぐには答えられな──」


 レムゼが言いかけた言葉を遮るように、優衣たちは次々と答えを口にした。


「お兄ちゃんをいじめてたからに決まってんじゃん!」

「ユセリにこんなことしたから!」

「アユトやママさんを閉じ込めたりして許せない、キーッ!」

「ユイたちに攻撃しようとしているのを無視するわけにはいかないよ!」

「にゃん、にゃん、にゃーん!!」


 互いを思い合う言葉を聞いて、満足げにうんうんと頷く香織。


「……チッ。そんな戯れ言を聞きたかったわけじゃねーんだよ」


 レムゼは苦々しい表情を浮かべると、小声でなにかをブツブツと呟き始めた……いや、唱えると言った方が正しいかもしれない


「ちょっ、なになに……??」


 1番近くにいた優衣は、謎の少年の不気味な行動を見てどうしていいか分からず焦り出す。

 背後で構える歩斗たちも同様。

 カチカチと鳴り続ける時限爆弾のように、何か少しでも刺激を与えたら大爆発を起こしてしまうのでは……そんな緊迫感に包まれていた。

 静止しかけていた空間を切り裂いたのは、やはりレムゼだった。

 

「……まあ良い。時間はまだあるだろう」


 意味深な言葉をこぼしながら、左腕を塔に向かってスッと伸ばした。

 そしてなんの前触れもなく、ポンッ、と音がして、レムゼの手のひらから黒い玉が飛び出す。

 その玉は一瞬で塔に直撃し、魔法陣のような模様が入り口の扉一面に張りついた。

 一体何が起きているのかさっぱり分からず、あっけにとられる一同。

 レムゼはニヤリと笑いながら、


「絶対に触れるんじゃねーぞ?」


 と、優衣に声をかける。


「……えっ? どゆこと??」


 ぽかんとする優衣。


「いいから、とにかく触るんじゃねーぞ。それだけだ」


 そう言うと、レムゼの右手にあった漆黒の剣が静かに消えていき、左手を近くの木にかざした。

 すると、鮮やかな緑色がみるみるうちに黒く染まっていき、ざわざわと震え出す。


「そろそろだな……」


 そう呟き、指をパチンッと鳴らした瞬間。

 黒く染まった葉っぱが一気に舞い散り、吸い寄せられるようにしてレムゼの体を包み込む。

 新たな攻撃だと思った優衣、歩斗、ロフニスが各々の武器に力を込める……よりも早く、レムゼの体がスーッと消えてしまった。

 黒い葉っぱが一斉にポトリと地面に落ちる。

 禍々しいオーラが消えると共に、落ちた葉っぱの色が綺麗な緑に戻った。


「ありゃ……逃げちゃった??」


 優衣が沈黙を破ると、他のみんなの顔が安堵の表情へと変わっていく。


「……みたいだな! あとちょっとでボクが格好良く倒してたはずだったんだけどね~」


 歩斗が絞り出した精一杯の強がりに対し、みんな笑いながら、


「そんな気配全くなかったよ!」

「ダメージ1しか与えなかったじゃん!」

「アユ、時には謙虚になるもの大切なことよ」

「にゃーん!」


 と、次々にツッコミを入れる。

 言葉の真偽はともかく、場の雰囲気がグッと和やかになったのは間違いない。


「……あっ、そうだ。ユセリを助けなきゃ──えっ?」


 視線を落とした歩斗の目に映ったのは、普通に座っているユセリの姿。

 ついさっきまで縛り付けていたロープが外れている……というか、ロープそのものがどこにも見当たらない。


「……えっ? なんで??」


 ユセリ自身も目をパチクリさせている。


「まっ、良かったじゃない、全員無事で!」


 パチンと両手を叩く香織。

 魔烈の実を握りしめていた時とは打って変わって、いつもの穏やかな表情に戻っていた。

 その言葉の通り、みんな特にケガを負うことも、HPを大きく減らすこともなく、結果的になにひとつ失ったものは無い。

 ……と、その時。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


 突然、地面が小刻みに揺れはじめ、恐ろしい轟音が鳴りだした。

 

「ちょ、ちょ、ちょ……ちょっと、なにこれ!? ユセリわかる??」

「わかんないよ! 何が起きるの!?」


 ユセリは不安げな表情を浮かべながら立ち上がり、歩斗の手をギュッと握りしめた。


「あ、そ、そう、ユセリでも分からないんだ……ははは」


 照れくささに顔が赤くなる歩斗。


 少し距離を置いて、同じく手を握り合っていたのは優衣と……


「だ、大丈夫。ぼ、僕が付いてるから心配ないよ……ハハハ」


 歩斗にも増して顔を真っ赤にしているロフニス。


「えっ? 別に心配してないよ! でも、なんだろねこれ。地震?」

「そ、そうかもね……」

 

 ロフニスはがっくりと肩を落とした。

 その光景を微笑ましく見つめる香織……が、相変わらず地面は揺れ続けている。

 レムゼという謎めいた脅威が去り、ちょっと油断しちゃってるんじゃないの……と、警告を促したのは、背中に盾を乗せた”戦士猫”のささみだった。


「にゃーんにゃーん! にゃにゃーん!!」


 何かに気付いたように、甲高い声で鳴き続ける。

 その視線の先にあったのは……。

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