第37話 まだまだまだ

「無茶な願いを聞き入れてくれてありがとう人間よ。ただ、勝負は勝負。命を賭けて全力でいかせてもらうぞ!」

「ああ、もちろん!」


 子を持つ親同士、互いに相通ずるものを感じながら、直樹と父ドラゴンのタイマンバトルの幕が切って落とされた。

 

「ボォォォォ!!」


 のっけから、口を開いて強力な炎攻撃を繰り出す父ドラゴン。


「うわっ、アチチっ!」


 それをすんでの所で避けた直樹だったが、左手の先に炎がかすってダメージを受けた。

 しかし、すかさず魔法の杖を振りかざして反撃に出る。

 杖の先から出た火の波が、父ドラゴンへと押し寄せた。

 ……が、なぜか父ドラゴン全く動こうとせず、そのままもろに火の波の直撃を受ける。

 そのダメージは……1。

 

「な……そっか、範囲攻撃だから……」


 そう。

 同じ魔法であれば、便利な範囲攻撃は単体攻撃に比べてダメージ量が少ないと相場が決まっている。

 それに気付いた直樹は、急いで魔法の杖から白銀のリングを取り外して布袋の中に戻した。


「ボォォォォ!」


 その隙を見逃さず、父ドラゴンが繰り出した火炎攻撃は容赦なく直樹に襲いかかる。


「うわぁぁぁぁ!」


 今度は完全なる直撃。

 直樹の体から、瀕死の警告を表す赤煙が飛び出した。

 返す刀で魔法の杖による火の玉攻撃を繰り出すも、父ドラゴンに与えるダメージは2。

 範囲攻撃に比べたら増えはしたものの、数字的にはたったのプラス1。 


「やばい……これは本当にやばいやつだ……」


 本気で焦り始めた直樹は、自分を助けてくれるのはこれしかない……と、布袋の中に手を入れる。

 さっきの様子を見ていた父ドラゴンは、


「そうはさせないぞ!」


 と、口の中で炎を練りだす。

 攻撃準備が整うまであと数秒。


「くそ! もう何でもいい!!」


 半分やけっぱちになった直樹は、袋の中から黄色の玉を取りだした。

 かんしゃく玉に似た形状で、クマ魔物とのバトルで使った青玉は『相手のHPを知れる』というものだった。

 となると、この黄色玉の効果は一体なんなのか……なんて考えている余裕は無い。


「えいやっ!」


 緊迫した状態だったが、直樹はこれを外したらそれこそ何も意味が無い……と黄色玉を握りしめて最大限集中し、狙いを定めて投げつけた。


「なに……!」


 突然の行動に一瞬怯んだ父ドラゴンのボディに、黄色玉は見事命中。

 すると、父ドラゴンの右後ろ脚がぼんやりと黄色く光輝きはじめた。


「もしかして……!?」


 即座に、何かを感じ取った直樹は、魔法の杖の先をその右後ろ脚に向けた。

 と、その時。


「だめ、やめてぇぇぇ!!」


 突然、タイマン勝負ということで離れた場所で見守っていた母ドラゴンが叫んだ。

 

「えっ……」


 不意を突かれた形となった直樹は、一瞬バランスを崩したせいで魔法の杖の位置がずれ、父ドラゴンを狙っていたはずの火の玉は明後日の方向に飛んで行ってしまった。


「なにするんだ!!」


 と母ドラゴンに向かって激昂したのは他でもない、父ドラゴンだった。


「だってあなた……その脚は……」


 なんだか分からないが、母ドラゴンは思い詰めた目をしていた。

 

「えっと……タイマンバトル中なんですけど……」


 まさかの夫婦ゲンカ寸前状態に困惑する直樹。

 会話の内容からして、黄色く輝いているその脚が弱点であることが何となく分かった。

 今ならその右後ろ脚が隙だらけで、魔法の杖を振りかざせば簡単に狙い撃ちできる状況である。

 しかし、ドラゴン夫婦のもめ事が勃発し、妙に攻撃しづらい雰囲気なんだけど……と、躊躇する直樹のすぐ横を、何かがシュッと駆け抜けた。


「……にゃーん!!」


 と鳴いたのは、もちろんささみ!

 母ドラゴンの攻撃を受けて気絶していたささみが目を覚まし、ミニミニドラゴン一家と相対する直樹の姿を見て、自分が助けなければと無心で走り出していたのだ。

 ドラゴン夫妻はと言えば、まだ”夫婦タイマンバトル”に夢中で、迫り来るニャンコの存在に全く気付いて居ない。

 そして……


「にゃにゃーん!」


 勢いよくジャンプしたささみが狙いを定めたのは、黄色く輝き続ける父ドラゴンの右後ろ脚。

 野性の勘が働き、無意識にピンポイントで弱点を狙い撃ちしたのだった。


「ウ……ウヒィィィィィラゴォォォオンンン!!」


 ささみによる会心のひっかき攻撃が炸裂し、父ドラゴンの激しい悲鳴がバトル部屋を震わせた。


「おお! ささみナイス!! って、ちょっとまあアレだけど……」


 直樹は、喜び半分、戸惑い半分だった。

 気絶していてタイマンバトルのことなど知らなかったささみはもちろん何も悪くないのだが、結果的にそのルールを破ってしまったからである。


「あなた!!」

「うぉぉぉ! いてぇぇぇぇぇ!!」


 父ドラゴンの痛がりっぷりの壮絶さよ。

 恐らく、古傷といったところか……と、直樹は思っていたのだが──


「うぉぉぉ! いてぇぇぇ! 今朝、ダンジョンの角にぶつけた小指がいてぇぇぇ!」

「あなたぁぁぁ! あなたの小指がぁぁぁぁ!」

「……小指!? ダンジョンの角!?」


 心配して損した!

 と、直樹は心底思った。

 しかし、それとタイマンルールを破ってしまったことは全く別物。

 

「えっと、なんかすみません……」


 直樹は苦しむ父ドラゴンに歩み寄り、素直に謝った。

 すると。


「なに言ってんだ……いてててて! 最初にタイマン破ったのはウチの母ちゃんだし、そっちはなんも悪くねぇよ……いてててて! ってことで、ほらこれ」


 父ドラゴンは小指の痛みと戦いながら、〈宝のカギ〉を直樹に渡した。


「えっ、いいの……??」


 戸惑う直樹に父ドラゴンは、


「ほら、さっさと行けって! 負けでも何でもいいからこちとら早くバトル終わらせて、小指を氷で冷やしたいんだよ!」


 と、ぶっきらぼうに言い放った。


「じゃあ、ありがたく受け取ります! お大事に!」

「にゃーん!!」


 こうして、直樹も無事、バトルで勝利を収めることができたのであった。




「よし、いっせーのせで差し込むぞ!」

「うん!」

「おー!」

「じゃあ……いっせーの、せ!

 

 直樹の掛け声に合わせて、3人は自分が勝ち取ったカギを宝箱の鍵穴に差し込んだ。

 すると、箱の蓋がパカッと開く。


「こ、これが……」

「おお!」

「うわぁ!」


 宝箱の中には、吸い込まれそうなほど真っ黒な玉が入っていた。

 それこそが、ここまで探し求めていた〈隠れみのオーブ〉。


「ニャギニャギニャギ! まさか本当に3勝しちゃうとはニャギニャギニャギ!」


 ユニギャットは悔しいというよりは、なぜか楽しそうな目をして高らかに笑っていた。




「あっ、あなた! アユ! ユイ! ささみ! お帰りなさい!!」


 リビングの窓際でお茶の入ったマグカップを床に置き、週刊誌を見ながらたまに外の様子を確認していた香織の目に、帰還する家族の姿が飛び込んできた。

 

「ねえ、どーだった? その、何とかオーブみたいなのは見つかったの??」


 みんなが無事に帰ってきてくれたことで、興奮状態になっていた香織が直樹に問いかける。


「あ、うん、これ……」


 直樹はポケットから無造作に〈隠れみのオーブ〉を取りだす。


「わぁすごい! これで、もう安心ってことなのよね!?」

「うん、そうだよ……ふぁ~あ」


 直樹は、あくび交じりに答えた。

 致し方ない。

 あんなに暗かった夜空は、徐々に白みがかることで朝の訪れを告げていた。

 休日出勤で帰ってきてから、ろくに睡眠時間を取ることもできずに異世界冒険。

 そして、ミニミニドラゴン大家族との死闘を演じてきたのだから。


「ふぁ~あ」

「ふぁ~あ」

「にゃ~あ」


 歩斗と優衣、そしてささみもほとんど似たようなもので、地下ダンジョンのバトルでは見事に勝利を収めたものの、襲い来る睡魔には完全白旗状態だった。


「ふふっ、みんなお疲れ様。ほら、早くベッドに入ってゆっくりお眠りなさい」

「ああ……」

「うん……」

「むにゃむにゃ……」

「にゃむにゃむ……」


 こうして、半分眠りに落ちた状態の冒険者たちは、ゾンビのようにフラフラとした足取りでリビングを抜けて各自のベッドを目指して歩いた。

 その背中に向かって、香織が声をかける。


「あ、そうだ。みんな、手洗いだけはちゃんと忘れずに!」




 翌朝……というか、それからほんの2時間後。

 直樹は、まだ全然寝たりない目をこすりながら、スーツ姿で玄関に立っていた。


「それじゃ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい気を付けて」

「……あっ、香織、隠れみのオーブよろしくな」

「はいはい。ちゃんと見ておくから、気にせずお仕事がんばってね」


 直樹は魔法の杖の変わりにスマートフォンを、アイテム袋の代わりにビジネスバッグを持ち、会社という名のダンジョンへと旅立った。


「ママ~。早く早く!」


 リビングから優衣の声。


「はいはい、いま行くわよ~」


 香織がリビングに戻ると、窓際に敷いた毛布の上に横になっている優衣と歩斗が母を手招きした。

 窓の外の地面に、黒く光る玉が置いてある。

 思い返せば、ロフニスもユセリも〈隠れみのオーブ〉の使い方について教えてくれなかったのだが、まあ大体こんな感じで大丈夫だろう……といった軽いノリで、リビング前の地面にポツンと置いておくことにした。

 オーブがちゃんと機能すれば、ロフレアとミリゼアの調査団がここに来ても、涼坂家のリビングは発見されずに済むはず。

 しかし、もし使い方が間違ってたとしたら……そんな不安を抱きつつ、3人はジッと窓の外を見つめていた。



 ──数時間後。

 最初は、眠い目をこすりながらも頑張ってた歩斗と優衣だったが、猛烈な眠気に耐えかねて夢の中に旅立っていた。

 そして……


「うわっ! ほんとに来た!」


 唯一、起きていた香織の目に、衝撃の映像が飛び込んできた。

 恐らく、ミリゼアの調査団なのだろうか。

 武装した様々な種類の魔物たちが右手の方から現れて、みなキョロキョロと周りを見回しながら左の方へ向かって歩いて行く。

 一瞬、カーテンを閉めておいた方がいんじゃないか……と思った香織だったが、こうなったらカーテンがあろうが無かろうが関係無さそうだし、なによりことの成り行きをしっかり目で見て確認しておきたい……という気持ちが先行。

 そのままジッと見守ることにした。

 魔物の調査団は、怪しい虫の一匹も見逃すまいと、鋭い眼差しを右に左に向けている。

 と、その時。

 香織の目と、調査団の一員であるトラのような魔物の目が合ったような気がした。


「えっ……やだ……」


 思わず声が出そうになるのをグッと堪える香織。

 そして……そのトラの魔物は、何事も無かったように通り過ぎていった。

 結局、ミリゼアの調査団はこのリビングを完全にスルーし、左の方へと消えて行った。


「……やった!」


 香織は小声で呟きながら、小さく右手でガッツポーズした。

 それからしばらくして、調査団は左から右に通り過ぎていった。

 何も見つけることが出来なかったからか、その歩みは大分早くなっていた。

 


 ──それからさらに1時間後。

 今度は、向かって左手から兵士のような人たちが姿を現した。

 恐らく、人間の国ロフレアの調査団。

 そして、今回も(鏡に映したように方向だけが真逆で)ミリゼアの時と全く同じように行きはしらみつぶしにキョロキョロ見回しながらゆっくり進み、少し経ってからUターンして帰ってきた時にはそそくさとした足取り。

 結果、〈隠れみのオーブ〉は見事その能力を発揮してくれた。


「もう……せっかくのドキドキシーンだったのに」


 香織は、毛布の上でグースカピーと気持ち良さそうに熟睡している二人の寝顔に向かって囁いた。

 

「それじゃ、見つからないで済んだってことで、少ししたらガーデニング作業の続きでもしよっかな」


 と、香織は窓の外の森を眺めながらつぶやいた。

 めでたしめでたし……なわけない!

 異世界でやりたいこと、やるべきことは腐るほど残っている。

 涼坂家の異世界冒険物語は、まだまだまだ始まりの始まりに過ぎない……!

 

 

(第1章・完)

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