第17話 ハテナマークと丁寧スライム

「よし、じゃあ早速魔物を仲間にしてみよっかな……ふふふ」


〈魔物召喚スキルチョーカー〉という素敵なアクセサリを装備した歩斗は、やる気満々で地下ダンジョンの奥へ進もうとした。

 

「ちょっと、どこ行くの?」


 すぐ後ろから聞こえたユセリの声が、歩斗の足を止めさせる。


「えっ? どこって……魔物とお友達に……」

「うん。それじゃ、まずちょっとこっちに来て!」

「えっ、えっ??」


 何が何だか分からず戸惑う歩斗の右手を掴んだユセリは、地上へと続く階段の方に向かって驚くほどの力強さで強引に引っ張って行った。

 

「ちょ、ちょっと、うわっ、あぶなっ」


 歩斗は情け無い声を出しながら、猛然と進んで行くユセリのペースに合わせて何とか足をもつれさせないように階段を上っていった。

 地上に出ると、ようやくユセリは手を離した。

 

「これ見てみ」


 ユセリは、ダンジョン入口の木の扉を閉めると、そこに貼られているプレートを指差した。

 

「えっ? なに……『ランダム生成系地下ダンジョンレベル12入口』? これって……どうなの?」

「もう、どうなのじゃないよ! レベル12だよ12! ざっくり言うと、レベル12の人向けのダンジョンってこと。アユトはいまレベル1なのに12倍の強さの敵なんて勝てるわけないでしょ?」


 まくし立てたユセリは、呆れたように首を振った。


「いや、でも、戦おうとしてたわけじゃなくて、このスキルチョーカーの力で仲間にしようかと……」


 やんわり反論を試みる歩斗だったが、こっちの世界で生きてきたユセリ相手では当然分が悪い。


「仲間にするってことは、ある意味勝つよりも難しいんだからね! あと、そもそもランダム地下ダンジョンの魔物は仲間にできないから」

「えっ……マジ?」

「うん、マジだよ。細かく説明するのめんどいから省くけど、とにかくあそこに居る魔物は地上に居るのとは色々違いがあるの。だから、あのまま奥に行ったって無意味だったってこと。ううん。無意味どころか無駄に死んじゃってたかも知れないんだから!」

「そ、そうだったんだ……なんかごめん」


 思わず歩斗はしゅんとしてしまったのだが、なんだかんだ言って自分の事を心配してくれているが故の叱咤だってことが伝わってきて、何となく嬉しかったりなんかもしていた。

 

「いや、謝ること無いって。地下ダンジョンで死んじゃうなんて自己責任なんだし……って、やだな、なんか調子狂う。いつもクールな私が……」

「えっ?」

「あ、別に、何でも無い何でも無い! それよりさ、試したいんでしょそれ」


 ユセリは歩斗の首元に視線を送った。


「うん、試したい! 地上に居るヤツを探すんだよね? どこに行けば居るかなぁ」


 切り替えの早さという生来の特殊スキルを発動した歩斗は、キラキラと目を輝かせて周りをキョロキョロ見回した。

 ここは異世界の森の中。

 どこからでも魔物が飛び出してきそうな雰囲気が漂っているものの、いざ自分から探そうとした時には全然出てきてくれないんじゃ無いかとも思えた。


「その辺適当に歩いてればすぐ見つかるでしょ。まっ、私みたいに可愛いのはレアだけど」

「……えっ?」


 ふいに飛び出した言葉に驚いた歩斗は、つい真顔でユセリの方を見てしまった。


「な、なによ!? 冗談だって冗談! 私がそんなの言うなんて珍しいんだから、ありがたく貰っておきなさいよ! っていうか、ツッコむならちゃんとツッコんでよね! なんか恥ずかしくなっちゃうじゃんか」


 ユセリの焦った顔がどんどん赤くなっていく。

 歩斗だって、はっきりボケてるって分かったのであればちゃんとツッコむお約束は心得てるし、なんなら学校ではどちらかと言えばツッコミ役だという自負もある。

 逆に、家では妹にツッコミを入れられることの方が多いが……。

 とにかく、そんな歩斗がツッコむ前に変な間ができてしまったのは、取りも直さずユセリが言ったボケがボケだと分かりづらかったからに他ならない。

 つまり、単純に可愛い──


「もう、ジロジロ見ないでよ! ほら、仲間にする魔物を探しに行くよ!」

「……お、おう!」


 微妙な空気の膜を突き破るように、二人は森の中を歩き始めた。




 あてもなくブラブラとしばらく歩き続けていると……


 ガサゴソガサ


 近くの茂みが音を立てた。

 

「あっ、出てくるよ」

「えっ?」


 歩斗が音のした方を見ると、ユセリの言葉通りスライムがぴょーんと飛び出してきた。

 カラーは……水色。

 突然の魔物登場だったが、歩斗は身じろぎ1つしなかった。

 ついさっきまで居た地下ダンジョンで、スライムとは比べものにならないぐらい恐ろしい魔物に出くわし、さらにそれをあっさり倒したユセリが隣に居ることも大きかった。

 そして、野性の勘とでも言うのだろうか。

 水色スライムがユセリの顔を見て少しうろたえた表情を見せたかと思うと、次の瞬間……


「あっ、なんか邪魔してごめんなさイムゥ。帰りますイムゥ」


 やぶからぼうに口から言葉を発した。


「えっ? 喋った!?」


 驚く歩斗。

 

「それのおかげだよ」


 ユセリはすぐに答えを示した。


「えっ……? これ??」


 歩斗は、首に付けた〈魔物召喚スキルチョーカー〉に軽く触れた。


「そうそう。そのチョーカーを装備してるとね、魔物と普通に話せるようになるの」

「へー、凄い! って、ユセリも魔物なんだよね? なのに、これ付ける前から話せてなかったっけ?」

「えっ、だって《ロフレア語》で喋ってるから当然でしょ?」

「ロフレア? なにそれ……?」


 絵に描いたようにキョトンとする歩斗。


「はっ? あんた人間だよね?」

「うん。もちろん!」

「ってことは、ロフレア人だよね?」

「うん……いや、違う違う! ボクは日本人だよ! ロフレアってなんなの??」


 歩斗だってそこまで世界の国々について特別詳しいわけでは無かったが、ロフレアなんて名前は聞きかじったことすら無く、見る見るうちに頭の中のハテナマークが増殖していった。

 またもや、ポブロトから説明を聞いていた直樹が居ればすぐに解決した事案だったが、残念ながら今頃会社でマジメに(もしくはイヤイヤながらも)休日出勤を全うししているはずだからどうしようもない。

 ただ、この件に関して戸惑っているのは歩斗だけでは無かった。


「ニホン人? それこそなんなの、って感じなんだけど……。てっきりロフレア人かと思ってたからロフレアの言葉で話してたし、普通に通じてたし……」


 歩斗の中のハテナマークが口から飛び出して感染したかのように、ユセリの頭の中も徐々に浸食されつつあった。

 その様子を見た歩斗は、彼女に質問ばかりしてるだけじゃダメだと思った。

 有名私立中学校に挑めるほどの優等生では無いにせよ、そこそこ勉強は出来る上、頭の回転も決して遅くは無い歩斗は自分なりに考えてみた。

 話の流れから言って、ロフレアというのはたぶんどっかの地名なはず。

 どっかと言うのは間違い無く、自分が住んでる方じゃなくてこっちの世界のどっか。

 と言うことは……


「ねえユセリ。ボクってさ、この世界の人間じゃないんだよね」

「えっ……?」

「なんで来たのかとか細かいことは全然分からないんだけど、とにかく突然、家のリビングの外がこっちの世界に通じちゃったの。だからなんて言えばいいのかな……ユセリの方から見て、ボクはってことになる……って感じ?」


 そう言いながら、歩斗自身も頭の中がこんがらがってほどけなさそうになりかけていたが、ユセリには案外通じていた。


「異世界……か。そういえば、前にチラッとそんな話を聞いたことがあるような気もする。まあ、とにかくロフレア人じゃ無いことは分かったよ。でも、だとすると、なんでこうやって言葉が通じてるのかが不思議なんだけど……あっ、もしかして、何か飲んだ? 翻訳魔法ポーションとか?」

「ホンヤクマホウ?? いや、そんなの……って、あっ! もしかして、冷蔵庫に入ってたあの謎ジュース……」


 歩斗はガラスの瓶に入った緑色の液体について思い出していた。

 よく分からないけど、それがホンヤク……ああ、翻訳ってことか!


「うん、飲んだかも! その翻訳魔法なんとかって──」


 と、その時。


「あの……なんか込み入った話してるみたいで黙ってたんですけどイムゥ、帰らせてもらっていいですかイムゥ? 用事があるもんでイムゥ……」


 そんな二人のやり取りをずっと大人しく見守っていた水色スライムが、困り顔で申しわけ無さそうに囁く。

 その姿勢の低さと丁寧な言葉に、歩斗は思わず吹き出しそうになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る