第5話 魔法の杖が示す答え

「あっ、ママ!」


 母親の姿を見つけるなり、嬉しそうに声を上げながら駆けていく優衣。

 ささみの先導により、3人はあっという間に自宅リビングへと戻ることができた。

 

「みんなお帰り~。どうだった?」


 のんきに出迎える香織。

 その様子を見て、よくそんな冷静でいられるな……と直樹は内心思ったが、母ってのはそれぐらい天然というか大らかなほうが家が上手く回っていくのかな、とも感じていた。


「ほら、みんなお腹すいてるでしょ? からあげ追加しといたから、食べましょ食べましょ!」

「わーい!」

「やったぜ!」


 母親からの魅惑の言葉に誘われて、優衣と歩斗は我先にと押し合いへし合いしながらリビングに飛び込んだ。


「……いやいや、この異常事態でよくそこまで日常感醸し出せるなおい」


 直樹は、今一度後ろを振り返って不思議な森を見渡した。

 すると、足下にささみが近寄って来て「にゃーん」と優しく鳴いた。


「そうだよな、ささみ。お前だけはこの気持ち分かってくれるのか。って、ホントこれどうなってるんだよ……」


 直樹はリビングを正面に見据えつつ、少し後ずさりながら改めて全体を確認してみた。

 リビングの1面を占める2枚引きのサッシからは、LEDの均一な光が外へと放たれており、まるで夜の森にスクリーンを設置したかのように周りの風景から浮いて見えた。

 そこから視線を上に移すと、リビングの真上には2階の子ども部屋があり、さらにその上には茶色い三角の屋根が見える。

 

「おかしいな……」


 直樹は、マイホームを建てるにあたり、妻の香織、そして時には子ども達を交えて、何度も何度も"デザイン会議"を重ねたことを思い出していた。

 その際、屋根の色に関して直樹自身は暖かみのある茶系を希望したが、外壁よりも直射日光を受けやすい屋根に関しては、色あせも少なく汚れが目立たないという合理的な理由によりグレーに決まった……という経緯をハッキリと覚えていたが故の呟きだった。

 

「暗いからそう見えるのかな?」


 直樹は自分の足下で、同じ辺りを見上げているささみに訊いてみた。


「にゃ……にゃーん……」


 歯切れの悪い返答。


「だよなぁ……って、そもそも妙なことだらけなんだけど」


 そう呟きながら、直樹はゆっくりとリビングに向かって左側に歩き始めた。

 そして、家の側面を確認してみようと思ったその時。


「あなた~。早くしないと、からあげ売り切れちゃうわよ~!」


 妻の香織から緊急性かつ重要性の高い言葉が投げかけられ、歩みを止める。

 家の周りがどうなっているのか気になるものの、背に腹は代えられない。

 鳴り止んでいた腹の虫も途端に目を覚まし、直樹の足を家の中へといざなった。

 確認の続きはいつでも出来るけど、からあげを逃がしたら二度と戻ってこないからな……と、直樹はサンダルを脱ぎ、ささみと共にリビングへ上がる。

 そして、一応用心のため窓を閉めて鍵を掛けて、カーテンもびっちり閉じておく。

 あんな暗い森の中で煌々と明かりを放ち続けるなんて「どうぞ襲ってきてください」と言ってるようなものだが、裏を返せば明かりさえ漏らさなければこの家の存在もそう簡単に見つからないように思えたのだ。

 ……って、そもそもあの森は何なんだよ!

 心の中で叫びながら食卓につき、何事も無かったかのように残り僅かなからあげをつまむ直樹。

 

「あっ、それボクが狙ってたやつ!」


 歩斗がブーッと頬を膨らませる。


「おいおい、パパが戻ってくるまでに結構食べてたろ? 冷たいこと言うなよなぁ」

「別に他のやつならいいよ! それ、皮のとこがパリッパリな感じでめちゃくちゃ美味しそうだから、最後の最後に食べようとしてたのにぃ!」


 歩斗はさらに大きく頬を膨らませた。

 しかし、その想いも虚しく、パリ皮からあげはすでに直樹の頬の中に収まってしまっていた。


「ああ、確かに特別美味いなぁこれ。うん」


 カリッサクッ、と悪魔的咀嚼音を鳴らしながら、大きく頷く直樹。

 

「……ううう」


 食べ盛りの歩斗にとって、食事は人生の全てと言っても過言では無い。

 無情にもずっと狙っていた最高のからあげを父親に奪われ、人生の厳しさに瞳を潤ませていた。

 

「お兄ちゃん、ほらこれあげるから~。元気だして~」


 妹の優衣が、自分の皿にキープしていた一粒のからあげをお箸で持ち上げ、ひょいっと歩斗の皿に置いてあげた。


「ユ、ユイ……マジか……マジでいいのかこれ? ううう……ありがとう……この恩は一生忘れねぇから……」

「もう、アユったら大袈裟ねぇ、ふふふ」


 自分の揚げたからあげによっていくつかのドラマが生まれていることに、満更でも無いと微笑む香織。


「あっ、そうだ。ねえねえ、外で何があったのか、ママに教えてよ! ねえ、ねえ、ねえ!」


 香織は3人に向かって好奇心に満ちた目を順々に向けた。


「うんとね、真っ黒なやつがわたしに飛びかかってきて……」

「パパが魔法の杖でドーンってやって……」

「そうだ、銀貨3枚手に入れたんだった。どうしようかこれ? 冒険組の3人で分けるか、それともパパの給料と同じように一旦ママに預けて……」


 優衣と歩斗と直樹は我先にとばかりに、それぞれ思い思いに森で起きた出来事を口にし始めた。

 話の筋が全く見えずにキョトンとする香織だったが、きちんと話したところであまりにも現実離れしてるので、いずれにしてもキョトンとするハメになったのは間違い無いだろう……。




「あー疲れた!」


 心の叫びを口にしつつ、直樹はベッドの上に体を委ねた。


「ふふふ。色々お疲れさまでした」


 森であった出来事をざっくり訊いた香織が、隣で横になりながら声をかけた。

 夕食後、今日が皿洗い当番だった直樹と歩斗が食事の後片付けをしてる間に香織と優衣が一緒にお風呂に入り、それと入れ替わりに直樹と歩斗も汗を流した。

 男同士、スライムを倒した時の興奮を語り合ったりしていたが、歩斗が魔法の杖をこっそり自分の部屋に持って行ってしまったことを知る。

 そして直樹から「あれは危ないから、パパが預かっておくよ」と言われた歩斗が、からあげを奪われた件も合わさってふてくされたりもしたが、なんだかんだで奇妙で貴重な体験を共に味わった戦友として「明日は休日だし、じっくり探索してみよう!」「おう!」と絆を深めていた。

 そんなこんなで、歩斗と優衣は子ども部屋で、直樹と香織は夫婦の寝室で眠りにつこうとしていた。


「じゃあ、おやすみ」

「うん、おやすみ~」


 直樹はベッドの横に立てかけた魔法の杖が確かにそこにあることを確認しつつ、ヘッドボードのライトを消した。

 もしかしたら、すでに夢の中に居るんじゃ無いか……なんてことを脳裏によぎらせつつ瞼を閉じると、すぐに眠りに落ちていく。

 疲れすぎていたからか、すでに夢の中に居たからなのかは定かでは無いが、結局直樹はその夜に夢を見ることは無かった。




 サーッ。


 カーテンを開ける音と共に、眩しい光と微かな温度が瞼に当たるのを感じながら直樹は目を覚ました。

 

「ふぁ~……あっ、おはよう」


 あくびをしながら瞼を開けると、カーテンを開け終えた香織と目が合った。

 

「おはよう~、良い天気だよ~」


 低血圧の香織は寝ぼけ顔でベッドに座り込み、何度もあくびをしている。

 ダブルベッドの右寄りが直樹、左寄りが香織というのが定位置で、ベッドの左側の壁にある窓からは、いつもと変わらぬ風景が顔を覗かせている。

 本当に、昨日のあの出来事は全部夢だったんじゃないかと直樹は思った。

 ただ、この寝室は1階で言うと玄関側で、リビング側は子ども部屋の方。

 つまり、この窓からいつも通りの景色が見えたとしても、必ずしも昨日の出来事を否定する材料になるとは言えなかったが、あれが現実なのか夢なのか、一体どっちのが良いんだろう……なんてことを考えながら、直樹は寝返りを打って体を反対側に向けた。

 すると、目の前には紛れも無く、寝る前に見た状態と全く同じように壁に立てかけられた魔法の杖があった。

 

「フッ……」


 直樹は口元を緩めながら、数え切れないほどある謎の中で、まずはどこから解明してやろうか、と不思議な森に思いを馳せていた。

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