Amane:A-1

 だるい・・・

 下のリビングから聴こえてくる母親のモーニングコールで目が覚めたアタシは、生返事をしてもう一度眠りに就こうと毛布を頭まで被った。

「天音ぇー、もう六時やから、はよ降りて来なさい。」

 しばらくして、アタシの二度寝を邪魔するように、さっきより具体的なモーニングコールが、階段を伝って響いてくた。

 もう六時って・・・

 大学の一限は九時スタート。家から大学までは一時間弱。加えて、今日は講義が午後から。

 まだ六時やん・・・

 その後二、三回声がしたが、その全てに短い生返事で応え、結局しびれを切らした母は、「朝ごはんラップ掛けて置いとくから。学校遅れなや。」とだけ言い残して、日課のランニングに出かけていった。

 よく、こんな朝っぱらから走りに行くよなぁ・・・

 夏場ならともかく、今は四月下旬。日中は暖かくなってきたものの、六時台ともなると布団から出るのさえ一苦労。家の外に出るなんて以ての外だ。

 毛布に包まっていても足元は寒い、身体を丸くして足先を布団の中心に持ってこようとすると、膝になにか柔らかいものが当たった。

「アンッ」

 毛布の中から、か細く何かが鳴いた。

「しらたまぁ~、今日もここで寝てたんかぁ~。」

 肉付きの良い白い毛玉抱き寄せ、いつものように撫で回していると、鬱陶しくなったのか、もがくように布団から出ると、彼のために年中開けっ放しになっている部屋の入口へと歩いていった。

 低い声で文句でも言うように鳴き、だらしなく垂れた腹を揺らしながら歩く後ろ姿は、なんとなく中年を感じさせるものだった。

 今年で八歳、確かに、猫にしてみれば立派な中年か・・・

 トンッ、トンッ、トンッ・・・

しらたまが階段を降りる音がする。気付いたら目も冴えていて、もう二度寝する気にもなれなかったので、アタシもそろそろ降りることにした。

 枕元にアラーム代わりとして置いていたスマートフォンを手に取り起き上がる。

 センサーで勝手に点いたスマホの画面を見ると、無意味に終わったアラームの通知の他に、何件かのメッセージが来ていた。しかも、ちょっと久しぶりに見る名前からだ。

 通知のタスクをタップする。パスコードの入力画面が表示されたので親指の指紋で解除すると、いきなりトークアプリが起動し、『LINK』と書かれたロゴが全面に表示された。

 一、二秒のロードがあって、ようやくトーク画面に辿り着く。送り主の名は『サキ』本名、『咲洲恵里菜(さきしまえりな)』。中学校時代の友達で、高校で別々になってからも、高二の前半くらいまではLINKでちょくちょくやり取りしていた。

 高校三年の時は受験勉強で連絡は一切取らなくて、確か、お互い志望大学に受かったという報告をしたのが最後だったから、大体一ヶ月ぶりくらいになるのか。

 いや、思ってた程久しぶりでもないな・・・

そんなことはどうでも良くて、突然のLINKにも驚いたが、何よりも気になったのは、おそらく高校の友達と撮ったのであろう、かなり加工の入ったツーショット写真アイコンの横に吹き出しで書かれた文の内容だ。

 『同窓会』の三文字だけがやたらとはっきり映って、しばらく目が離れなかった。

:今度の日曜日に中学三年のクラスメンバーで同窓会するらしいねんけど、アマネ来れそう?

 というメッセージが、昨日の23:05に送られてきており、今度の日曜日とは、カレンダーで確認するまでもなく明後日だった。

 いくらなんでもそれは急過ぎへんか? いや、まあ、どうせ家でだらだらしているつもりやったからええんやけど・・・

 以降、具体的な開催時間や会場の場所などの詳細、現段階で参加することが決まっているメンバーの名前などが記されていた。

 リビングへと通じる階段を降りながら流し見していると、最後のメッセージに行き着き、あと三段でリビングに着くというところで、アタシは立ち止まった。

:そうそう、日比谷くんも呼ぼう思ってたんやけど、ウチら誰も連絡先知らんくって・・・

:別れたけど仲は悪くないんやろ? せっかくの同窓会やし、アマネから声掛けてみてくれへん?

 二本足で立つゆるいタッチのクマが、両手を合わせて懇願するスタンプによって締めくくられたトーク画面から目を離した私は、思い出したように残りの三段を降り、猫の爪痕で布生地がバサバサになったソファーに倒れ込んだ。

 母親の趣味で飾られた、ビール瓶の蓋を深緑に塗ったようなデザインの時計が視界に映る。カチカチと動く秒針を、意味もなく目で追いかける。『9』の位置から始まって、『10』と『12』の時に分針が僅かに振れるのを確認した後、気が付いたら、また秒針は『9』の上にあった。なんとなくニヤけてしまう。

 正直、中三の同窓会と聞いた時点で、既に彼の顔は浮かんでいた。サキのお願いに関しても、別に嫌な気はしていない。

 ただ、時計が進むのはこんなにも早いのに、あの頃のことはもう随分遠い昔のように思えた。

 時々、アレは夢だったんじゃないかと思ってしまう。そうでなければ、前世の記憶だったのかと思ってしまうほど、あの頃と今は離れていた。

 賢一、あの頃はスマホ持ってなかったもんなぁ・・・

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