第25話~26話

       25


 以後も、俺と未奈ちゃんの手合わせは続いた。同点のアシストの場面以来、未奈ちゃんの動きが見え始めた俺は、そう簡単には抜かれなくなった。

 未奈ちゃんのプレーは、確実に慎重さを増していた。俺の変化を感じているようだった。

 俺と未奈ちゃんは、センター・ライン付近で、再び邂逅する。左足にボールを収めた未奈ちゃんが、首を振って周りを見渡す。

 右足に持ち替えた未奈ちゃんは、7番に速いパスを出すと同時に、ダッシュを開始。裏を狙う未奈ちゃんを追いながら、俺の心は静かに沸き立つ。

 置いてかないでよ。俺は貴女に、世界の果てまで従いていくって決めてんだからさあ。

 トラップした7番は、45番のプレッシャーを受けながら、ボールをキープする。

 ふいに未奈ちゃんは急停止。「ユカ!」と甲高く叫んで、7番からのパスを受ける。

 右足にボールを収めた未奈ちゃんは、冷たくも熱い視線を俺に向けた。左足で蹴り真似を入れてから、左、右のダブル・タッチ。神速を発揮し、俺を抜きに懸かる。

 だが俺も負けてはいない。しゃにむに出した右足が軌道を変えた。外に流れていくボールに未奈ちゃんが向かい、少し遅れて俺も追う。

 やっばいやばいよ。楽し過ぎるわ。手に汗握るシーソー・ゲームで、目映く輝く未奈ちゃんと決闘デート。これ以上の愉悦は、未来永劫存在しねーって。

 未奈ちゃんがボールを確保した。まだまだ遊び足りない俺は、未奈ちゃんの前に立ちはだかる。顔の緩みは止められないままだ。

 両足の間にボールを置いた未奈ちゃんは、突如として脱力。直立状態になってゴールを眺め、軽く右手を挙げた。

 何をしてくる? 未奈ちゃんを注視する俺の意識は、さらに研ぎ澄まされていく。

 ふいに未奈ちゃんの右足首だけが動き、ボールを突く。全くのノー・モーション。

 ボールは、俺の股の間を抜けた。未奈ちゃんは雷鳴の如きスピードで、俺の右を走り抜ける。

 俺を置き去りにした未奈ちゃんは、ルーレットで後続を躱しフワリとクロスを放り込んだ。フリーの7番がその場でヘディング。ゴールの左隅に突き刺さり、三対四。女子Aの勝ち越し。

 俺たちは、すぐにゲームを再開したが、パスを数回、回したところでホイッスルが鳴る。二十分、二本目が終わった。


       26


 二本目の後のミーティングではコーチから、一点のビハインドではあるが、チームは上手く回っているので、メンバー・チェンジはしない旨が告げられた。高ぶる気持ちを、むりやり抑え付けているような話し方だった。

 休憩時間の終了が近くなり、俺がコートに戻ろうとすると、制服姿の皇樹が声を掛けてきた。皇樹は二本目の終わり際から観戦していて、おまえはすんげえ、とにかくなんか頭抜けてる、と熱い口調で語った。両肩を強く掴みながら俺を見つめる目は、どこまでもまっすぐだった。

 皇樹にここからは無失点で抑えると豪語した俺は、コートに入った。

 高らかに笛が鳴り、女子Aのキック・オフで三本目が開始された。女子Aも、選手交代はなかった。

 未奈ちゃんがすぐさま、左サイドを駆け上がってきた。マークに付いた俺は、未奈ちゃんの瞳を覗き込んだ。同じステージにいる者への共感を籠めて。

 しかし俺は微かな違和感を覚える。ボールを目で追う未奈ちゃんは、集中はしているようだった。だけど面持ちは固く、そこはかとない焦燥を感じさせた。

 女子Aは、遅攻(ゆっくりとボールを回して敵陣の隙を見計らいながら攻めること》を仕掛けてきた。ゆっくりと回ったパスが、ペナルティ・エリアのちょうど角にいた未奈ちゃんの足元に収まる。

 わずかに溜めを作った未奈ちゃんは、右に身体を揺らしてから、左のアウトで外に出す。お得意の縦への突破からのクロスか? 当たりを付けた俺は、右に重心を傾けた。

 だが未奈ちゃんは、左のインで切り替えした。そのまま右足を使って、ゴールに向かってドリブルを始める。

 やや意表を突かれたが、まだまだ従いていける距離だった。力任せに方向転換した俺は、未奈ちゃんに身体を入れる。利き足の左では撃たせたくなかった。

 俺に寄せられた未奈ちゃんは、右足を振り抜いた。ボールがゴールの右隅に飛ぶが勢いはなかった。壁谷さんが難なく頭上でキャッチする。

「ナイス・チャレンジ! 大丈夫、大丈夫。枠には飛んでるよー。その調子で、どんどん撃っていこー!」

 あおいちゃんの、無邪気で愛に溢れた声援が飛んだ。だが未奈ちゃんは答えもせずに、苛立っているかのようにぎりっと唇を引き結んだ。

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