第19話〜20話

       19


 手に持ったボールを落とした壁谷さんが、前線に目掛けてドカンと蹴った。釜本さんと4番がポジション取りの争いを繰り広げる。

 ボールが落ちてきて二人は同時にジャンプ。競り勝った釜本さんが、ヘディングで味方35番に落とした。

 35番は、ディフェンスの裏に浮き球を供給。バック・スピンの掛かったボールを追って、あおいちゃんと佐々が並走する。

 あおいちゃんを振り切った佐々は、右足でシュート。コースが甘く、キーパーに足で弾かれた。

 だが、釜本さんがスライディングでボールを捉える。バウンドしたボールは転々とゴールへと吸い込まれていった。

 吠えながらゆっくりと自陣に戻る釜本さんに、近くいた数人の選手が駆け寄る。一対一の同点。

「ナイス・シュートっす、先輩! このままハット・トリック決めちゃいましょーぜ!」

 俺の手をメガホンにした大声に、釜本さんは俺を一瞥して薄く笑みを浮かべた。うん、やっぱ、サッカーはいい。

「気にすんな、あおいー! 次、次ー。佐々隼人、スピードだ・け・は、あるからさー。ポジショニング、しっかり考えてこー!」

 未奈ちゃんは、男子Cの勢いに立ち向かうような、芯の通った大音声を出した。

 俺たちに背を向け、左手を腰に遣っていたあおいちゃんだったが、くるりと振り返った。未奈ちゃんに向ける薄い笑みは、未奈ちゃんへの信頼や愛情を湛えている。

「ありがとー、未奈ちゃん! わたし佐々くんには、もうなーんにもやらせないよー! だから未奈ちゃんは、安心して攻撃してねー!」

 あおいちゃんのおっとりトーンの封殺宣言の後、女子Aのボールで試合が再開された。ボールがボランチまで戻され、佐々が凄いスピードで追う。

 佐々のチェイシングは上手に躱され、タッチ・ライン際の未奈ちゃんにボールが渡った。

 沖原が詰めて、俺は斜め後ろで二人の挙動を注視する。ゴールまでまだ距離はあるけど、抜かれるとピンチになり兼ねない。

 ボールを足元に置いた未奈ちゃんは、直立して動きを止めた。沖原も半身の姿勢を崩さない。

 未奈ちゃんは唐突にアクション開始。左足でライン際のギリギリに持ち出し、ツー・タッチ目でライン上を転がす。だが沖原の動き出しも早い。

 沖原は肩で未奈ちゃんにぶつかった。弾かれた未奈ちゃんは、コート外に倒れ込んだ。ボールを確保した沖原は大きく蹴り出す。

「ナーイス・ディフェンス。素晴らしいよ、沖原」

 興奮気味のコーチの、抑揚を付けた大声が耳に飛び込んできた。

 確かに今のショルダー・チャージは上手いって認めざるを得んね。気合い全開は、沖原も同じってわけだ。

 男子Cの右サイド・ハーフがトラップした瞬間、ホイッスルが鳴った。二十分のゲーム、六本の内、一本目が終了。


       20


 俺たちが身体のケアを終えると、コートの近くに並ぶベンチの一つに座ったコーチが、静かな声で集合を懸けた。男子Cのメンバーの全員が、動き始める。

 俺たちに囲まれたコーチは、冷静な顔付きで周囲を見回した。

「よく同点で折り返した。敵の一点目は仕方がないよ。サンデー・ゴールってやつだ。今のところ、エースの水池にはそこそこ対応できてる。ただ、一番、ノってる時の水池は、あんなもんじゃないぞ。沖原に星芝。後半は、覚悟しとけよ」

 鋭い目のコーチに俺たち二人は、「「はい」」ときっぱりと答えた。

 その後もコーチは、敵の選手や味方のプレーを挙げて後半の指示を出し続けた。

「交代はなし。絶対に勝てるから、集中を切らすな。以上」

「「ありがとうございました」」

 柳沼コーチの話が終わって、校舎の時計に視線を移す。ハーフ・タイムの終了時間が近くなっていた。身体の向きを変えた俺は、コートに戻り始めた。

 俺の三歩ほど前では、佐々が身体の後ろで肘を伸ばしながら歩いていた。俺は、「佐々」と小さく呼び止めた。

 佐々は、「おう、何?」と、余裕ぶった声色で答えて上半身だけを俺に向けた。

「敵のディフェンス、そろそろお前のスピードに対応してくるよ。あおいちゃん、あーんな可愛らしいお顔をしてるけどさ。クレバーで狡猾な、頭脳プレーがウリなんだよ」

 超真剣に忠告した俺だったが、佐々は、「ああん?」って感じの物腰である。

「いやいやいやいや、あり得ないっしょ。だって、川崎あおい。おめー以上の鈍足なんだぜ。ブツリテキに不可能だって」

 佐々の語調はアップ・ダウンが激しい。佐々に届く言葉を頭の中で巡らせるが、佐々はさらに続ける。

「なんつったって、俺は天才だからよぉ。三軍なんかにゃ埋もれてらんねえの。二点目はテメエで取って、パリッとスタメン定着。どうよ、カンペキじゃね?」

 自信満々に断言した佐々は立ち止まり、両足を開いて、肩入れストレッチを始めた。

 諦めた俺は佐々を追い越しコートに入っていく。すると佐々の、心配するようにも挑発するようにも取れる声が追い掛けてきた。

「ホッシーこそ、水池未奈は大丈夫なのかよ。他の選手とはケッテーテキに違うけどよ。オーラつうかさぁ。なんか対策は取らねえのか?」

「いんや、今のゾーン・ディフェンスのまま、何とか対処してくよ。他の選手も気は抜けないし、二人使ったりとかはしてらんないっすよ」

 佐々に答えるとともに、自分自身にも言い聞かせた俺は、センター・バックのポジションに向かった。

 未奈ちゃんにはもう何の仕事もさせないよ。十、ゼロの誓いの前半は、おじゃんになっちゃったけどね。

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