第19話~20話

       19


 ダッシュでボールを取ってきた俺は、ボールをセンターに戻した。ゲームを再開すべく、沖原が近づいてくる。口を引き結んだ表情は固く、悲壮感すら感じさせる。

 俺が前に出したボールを、沖原が足の裏で転がして自コートに戻した。右足で、佐々にパス。

 ぎこちないトラップをした佐々は、顔を上げた。ちょんとボールを出して、前を見る。

 未奈ちゃんが寄せてきて、二mほどの間を取った。佐々の足元を注視する視線は、鋭利な刃物のようである。

 佐々は右に大きく身体を揺らし、左へとボールを移動。俺へパスを出そうとするけど、動きが遅い。未奈ちゃんが伸ばした右足に引っ掛かる。

 百戦錬磨の未奈ちゃんに通用するフェイントじゃあないわな。まだ初心者だから、仕方ないけどさ。

 佐々が抜かれて、俺は未奈ちゃんに詰める。中に絞ってきた亘哉くんには、沖原が付く。

 未奈ちゃんが小さく足を振り被った。シュートを警戒した俺は固まる。だが、それはフェイント。右方、やや後ろにいる亘哉くんに落とす。

 右足に吸い付くように止めた亘哉くんは、すぐさま左斜めに転がす。沖原の重心が、わずかに右に傾いた。

 すると亘哉くんは、同じ足の外側で方向転換。沖原の股を抜いた。

 沖原は必死で反転する。だが、亘哉くんはスライディング。先にボールに触れた。コーンの内側をぎりぎり通って、ゴール。〇対二。

 駆け寄った未奈ちゃんが、亘哉くんとハイ・タッチをした。虚心のない楽しげな雰囲気で、二人は自陣へ引いていく。

「超絶姉弟」の名前の由来は、二人の比類なきテクニックだ。そこらの高校サッカー部員など、足下にも及ぶはずがない。

 ボールは、フットサル・コートの全体を囲む柵のすぐ下に転がっていた。俺はソッコーでボールを取りに行き、脇で抱えた。深刻な面持ちのチーム・メイトの間を走り抜けながら、思考を加速させる。

 やっば、あんな神テクの持ち主の二人とやれるなんて、俺ってマジで幸せもんじゃん。


       20


 ボールを取った後、すぐに俺はキック・オフをした。だが、サッカー歴が六年を超える沖原が、トラップ時にボールを後逸。相手チームのキック・インとなる。

 亘哉くんが未奈ちゃんにパス。トラップした未奈ちゃんは、右足でボールを引いた。すぐに亘哉くんに戻して、自らは前線へと移動。またしても二人の間で、くるくるとパスが回り始める。

 沖原のチェックを受けた未奈ちゃんが、ボールを後ろに引く。沖原は深追いしない。その様子を見た未奈ちゃんは、ヒール・リフト。ボールは沖原の頭上を通過する。

 亘哉くんは、いなすようにトラップ。自分をマークする佐々に背を向けたまま、踵でボールを捉えた。

 最終ラインで未奈ちゃんの動きに気を配っていた俺は、佐々の股を通ったボールに不意を突かれる。ボールは転々と無人のゴールに向かうが、コーンにぶつかって外に出た。俺たちのゴール・キック。

 俺は再びボールを取りに行き、振り向いた。だが沖原と佐々は、コートの中にいたままで、ボールを受け取りに来てはいなかった。憔悴、諦観、絶望。足を止めた二人の顔には、様々な負の感情が浮かんでいた。

 何だよ、その世界の終わりみてーな表情は。まったく意味がわからん。楽しくて楽しくて堪らんだろーよ。

「お前の出番だよ、沖原! 受け取れ!」

 高らかに叫んだ俺は、頬の緩みを感じながらパント・キック。沖原に向けてボール蹴る。

 手でボールを受け止めた沖原は、ゴール・ラインへと小走りで向かった。何かを覚悟したような顔付きで。

 俺は沖原を追い越しながら、「ヘイ、よこせ!」と叫んだ。

 沖原からパスが出る。身体を開きながらトラップした俺は、相手のゴールを視界に入れる。

 このボールを、相手のゴールに叩き込んでやる。二人に負けないくらい、鮮やかに。

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