インフルエンザ ―殺人型―

ちびまるフォイ

治療方法が見つかりました

『今年も新型インフルエンザが流行しています。

 感染した人は強烈な殺人衝動に襲われてしまうそうです。

 ワクチンも効果は薄く、現在対策を検討しています』


「あらやだ。怖いわねぇ」


母親はテレビを見てつぶやいた。

私もテレビを見たがすでに芸能人の熱愛報道に切り替わっていた。


「いってきます」


テレビの内容はすべて芸能人とかの話で一般の私達には関係ない気がしていた。

学校はいつもどおり授業がはじまり、友達もみんないつもどおりに過ごしていた。


「えーー、では……ごほごほっ。この問題を……げほっ」


数学の先生はひどく体調が悪そうだった。

マスクのせいでメガネが曇っている。


「今日は7日だから……ゲホッ。出席番号7番の……」


私は立ち上がる準備を始める。


「ななばんのお前ぉーー! 殺す!!!」


先生いきなり教壇を降りて私の首を締め上げ始めた。

なにが起きたのかわからない。


先生の目は血走り赤く充血していた。


「や、山田先生! なにをしているんですか!?」

「殺す!! 殺させろぉぉーー!!!」


男性教員3人がかりでやっと引き剥がすことができた。

クラスメートの誰かが言った。


「殺人型インフルエンザ……」


と。


私は保健室に行ったあと、今日は早退していいということになった。

友達はまだ学校にいるので連絡もできない。


「暇だなぁ」


テレビを付けるとちょうどインフルの特集だった。


『未成年の少年が通行人に切りかかるという事件があり……』

『普段は大人しいワンちゃんなんですけど、なぜか急に凶暴化して……』

『いきなり線路に落とされたんだ! 意味分かんないよ!』


チャンネルを回しても殺人型インフルエンザでもちきりだった。


翌日、騒ぎはますます大きくなっていた。


「お母さん、行ってきます」


「あらあんた学校あるの?」


「あるんじゃない?」


「会社は殺人型インフルで休みになったわ。

 部長が給湯室で新入社員を溺死させようとしたんだって」


「……でも特に連絡きてないし」


とりあえず学校に行ってみると、母の予言通り休校だった。

玄関のガラス戸には貼り紙がされている。


「もう……なんで今の時代に貼り紙で連絡なのかなぁ」


しぶしぶ帰ると、朝の通勤ラッシュに巻き込まれてしまった。

こうなるのが嫌でいつも家を早く出ていたのに。


ごほごほっ。


どこからせきをする声がする。

ほとんど身動きの取れない電車の中にも関わらず乗客の首が一斉に音の方向へ向いた。


ごほっごほっ!


ふたたびせきの声。

近くから女性のヒステリックな声が聞こえた。


「ちょっと! マスクしてくださいよ! 殺人型インフルがうつる!」


「ごほごほっ! ちょっとむせただけだ!

 若いやつはこれだから……げほげほっ!」


「次の駅で降りてください!! 助けて!!」


「ただせきしているだけじゃねぇか! う゛ーーごほごほ!!」


おじさんのせきはますますひどくなる。

車内はパニックになった。


「おい押すな!!」

「動けないんだよ!!」

「誰か電車を止めて!!」


緊急停止ボタンでつんのめるように電車は止まった。

せきをしていたおじさんは目が赤く充血している。


「よくも俺をバイキン扱いしてくれたなぁ!!!」


おじさんはかばんに入っていたカッターナイフで身動きの取れない乗客をめった切りにした。


「ぶっ殺してやる!! この腐った世界の人間なんか殺してやる!!」


電車の扉が開くとなだれのように外に追い出された。

逃げようとしていた乗客の何人かは急に振り返り、逃げようとする人たちを殺そうとしはじめた。


「お客様やめてください! お客様同士のーー」


止めに入る運転手も必死に叫ぶあまり空気を多く吸い込んでしまう。

目が充血すると止めに入るどころか率先して襲いかかった。


「偉そうにしやがってよぉぉ!! ぶっ殺してやる!!!」


私はなんとかひとりで歩いて家にたどりついた。

ドアを開けると母がすぐに抱き寄せてくれた。


「無事でよかった……もう会えないかと思った……」


家は私が出かける前と後とで大きく様変わりしていた。

窓には板が打ち付けられている。


「お母さん、これどうしたの……?」


「殺人型インフルに感染した人が入らないようにしてるのよ」


すでにリビングの窓ガラスは外側から破られていた。

何が起きていたのかはなんとなく想像できた。


「もう外へは行かないでね」


母がそう念押しするまでもなく、町内では外出禁止令が出された。


急に外出禁止になったことで食料の書いだめをしに外へ出た人は、

獲物を探す罹患者によって殺されたり、襲われたりしていた。


テレビもほとんど放送されておらず、

私が最後に見たのは国会演説中に突然襲いかかり始めた首相の姿だった。


「お母さん、これからどうするの?」


「私もずっと考えていたわ。いつかここの食料も尽きるでしょう。

 だから……海外に行こうと思う。飛ぶのかどうかわからないけど」


ほとんどの交通機関は殺人型インフルのせいで止まっていた。

でも、もし海外に行くことができれば……。


「お母さん、今のうちに行こうよ。まだ体力があるうちに」


「……そうね。ちょっと準備してくるわ」


私も自分の荷物をキャリーケースに詰め込んでいると、

部屋の前でお母さんが待っていた。


「お母さん早いね。もう準備できたの?」


「わかったのよ」

「え? なにを?」


「よく考えてみれば、海外に行く必要なんかないって」


母は背中に隠していた包丁で私の首を切ろうとした。

狙いがそれて鎖骨近くをかすめる。


「みんなここで死ねばいいのよ。わざわざ海外に行く必要はない。

 そうでしょ? ねえ? これもう心配ないわよね」


母の目は赤く充血していた。

殺人型インフル感染のあかし。


私は逃げるように家を出て自転車を飛ばした。

熱で頭が回らないのか母は走って追いかけ、やがて見えなくなった。


「はぁっ……はぁっ……」


誰もいない公園のベンチで息を整えていた。

なにも持たずに家で同然に外へ出てしまった。


「これからどうしよう……」


もう海外に行くこともできないだろう。

友達を頼ることもできない。


「君、君。大丈夫かい?」


顔を上げると若い男性が立っていた。


「目が充血していない……君は安全そうだね」


「あの、私……」


「逃げてきたんだろ? その様子でだいたいわかるさ」


男は手を差し出した。


「実は、この先の病院で殺人型インフルを治療している。

 君も行かないか? 僕が送っていくよ」


「治療? そんなことできるんですか!」


「ああ、実は僕も殺人型インフルにかかっていたんだけど

 この通りちゃんと治ったんだ。安心して」


「よかった……」


ずっと自分もいつか殺人型インフルが発病するんじゃないかと心配だった。

治療している場所ならワクチンもあるかもしれない。


私は男性の車に乗って病院へとやってきた。


「ご覧。ここにいる医者たちはみんなインフルを治したんだよ」


「そうなんですね」


医者たちは誰もが健康そうにしていた。

私と目が合うと手をふってくれた。


「治療は大変なんだ。なにせ殺人型インフルに感染すると凶暴化するからね。

 だから、まずはおとなしい人を探す必要があるんだ。

 医者が治るところから国家は復活していくんだよ」


「……?」


「さあ、ここが治療室だ。中に入って」


治療室に入るとそこは逃げ場のない密室だった。

部屋には目を赤く染めた医者が両手にメスを持っている。


「あのこれは……」


「殺人型インフルの治療法がやっとわかったんだよ。

 それはね、気が済むまで殺人衝動を発散させてあげること。

 そうすればもう元通りになるのさ」

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