■第八信①
拝啓
親愛なる唯様
荘が発注した図書ラベルが届いたので、書架に収めた本に貼付する作業を始めました。ロフトには、まだ未開梱の段ボール箱が多数、重ねてありますが、僕に許された時間は恐らく短いので、一つでも多く仕上げて完成品を残したいのです。事後は卓と矩に託す予定です。今のところ、彼らは僕を恐れて避けている風なので、連絡事項を綴って陸に預けるつもりです。もっとも、陸海兄弟も、本件については理解に苦しんでいる模様です。僕は敢えて弁明しませんでしたから。 問題は
嚴たちは鳴りを潜めています。同宿の殺人鬼に襲われたら……という恐怖と、それに打ち克つべく勇を鼓した途端、過去の加害の記憶が蘇って暴走し、自分まで移監される羽目になっては敵わない——などと考えているのではないでしょうか。哉の耳打ちによると、瀧は心身の不調を訴えて臥せっているそうです。最初にあの遺体を見つけたのが、そんなにショックだったんでしょうか。あるいは、何か特別な理由でも?
荘の態度は本当に淡々としていて、不気味なほどです。陸海兄弟が澪の屍をストレッチャーで運び出した後も、誤って料理をぶちまけてしまった後始末——といった表情で、黙々と床を磨いていました。あまりの淡白さに、却ってこっちの胸が悪くなるくらいでした。ただ、彼は武器に成り得る農具を徴集し、管理下に置くのを忘れませんでした。よって、凪チームの
スッと扉が開いて、凪のしなやかな肢体が現れました。言葉もなく目顔で、ついて来いと訴えます。僕は頷き、切りのいいところで片付けて後に従いました。凪は軍手を嵌めた右手にゴミ袋を握っていました。僕らにはもう草毟りぐらいしかできなかったけれど、凪は格別不満げでも残念そうでもありませんでした。蜂蜜色に光るピアスもナックルダスターも、内心の揺らぎを映してはくれません。もどかしさから、僕は思わず、泥で汚れた手のまま凪を抱き締めてしまいました。凪は……もがくというには、あまりに優雅な身ごなしで腕を擦り抜け、武装した左の拳を素早く僕の鼻先に突きつけて、ピタリと止めました。息を詰めた僕の前から、ゆっくり手を離すと、凪はそのまま頬の傷を軽く擦って、束の間、残忍な微笑を浮かべました。僕は凪の表情の意味を探ろうとしましたが、頭が働きませんでした。凪はまた、そんな僕の鈍さを嘲笑うように軽侮の眼差しを向けるのです。茫然と立ち竦んでいるうちに、凪は寄せ植えから何かを捜し当てました。しゃがんだままスッと腕を上げて僕に差し出します。名前は知りませんが、一枚の葉でした。自らの熱に身悶えする
バレたらまた荘にどやされるでしょうが、例の、既にビリビリに破けた小さな英和辞典からページを切り取って、鋏で細かくした生の葉を他の乾燥ハーブに混ぜて巻き、火を点けて咥えました。……は。そんなものが美味いわけないでしょう。単なる就眠儀式ですよ。さぞかし嫌な夢に
あるときは、凪の正体に気づいて、ねちっこい視線を送りながら追い回そうとするヤツがいたので、待ち伏せして、やっつけたものです。凪は一切、口も手も出さず、僕と海が敷地に穴を掘って死体を埋めるところまで、じっと見つめていました。また、別のときは、哉が凪チームのスパイだと悟って騒ぎ立てようとした日和見グループの一人を、自殺に見せかけて転落死させました。それから教官と、あれと、後は……。澪は既にご承知のとおり、独断で片付けました。死んだ教官が持っていたスタンガンを取り上げ、図書室のカウンターの引き出しにしまって施錠し、僕が管理していたんですが、瀧より一足先に服の注文を装って近づき、まず、そいつで一撃を食らわしたんです。でも、勢い余って、ちょっと派手にやり過ぎてしまったと反省しています。腹が立っていたもので、つい。そういえば、あれはどうしたのかな、スタンガンは。慌てて逃げたから、現場に放り出したままだったかも……。
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