第11話 仲間たち

 思わず息を飲む。心臓が大きく鳴って、こめかみまで一気に血が上るのが分かった。頭が痛い。その向こう側で、女性の声が聞こえて来る。


『あたしたち、凪ちゃんの知り合いとか家とか知らなくて、それで、スマホのメッセージ見たら、最後に送ってたメッセージに、“センセイ”って書いてあったから、電話しちゃって……』


 声を聞いているうちに、私は次第に冷静さを取り戻した。まるで、幽体離脱して頭の上から自分を眺めているみたいな気分だ。


「そうでしたか。連絡、ありがとうございます」

『凪ちゃん、すごい熱が出てるんです。あの、でも、家まで連れて帰ってあげたいんですけど、寝ちゃってて』

「私が迎えに行ってもよければ、そちらに伺いますよ」


 電話口の女性は、後ろにいる誰かに声をかける。多分、家主に了解を取っているのだろう。声はすぐに戻って来た。


『それじゃあ、XX駅まで来てもらえますか? そこから、あたし迎えに行くので』

「すみません、ありがとうございます」

『全然。っていうか、こっちこそありがとうございます』



 そこから、自分がどうやってXX駅までたどり着いたのかはよく覚えていない。掃除機も雑巾も放り投げて、電車に飛び乗った。

 それから、スマートフォンでやり取りをしながら“東間凪子”の配信仲間の女性と合流した。人の良さそうなその人は、“マオミ”と名乗った。多分、それは配信者としての名前であって、本当の名前ではないんだろう。

 マオミに連れられて、配信をしていたマンションの一室に向かう。


 新築の広々とした部屋のソファで、東間凪子が眠っている。それを見てようやく、私は我に返った。初めて見る彼女の寝顔は、いつもよりもあどけなく思えた。


 マオミは言った。


「あたしたち、凪ちゃんとは付き合い長いけど、凪ちゃんがどこに住んでるのかも、本当は何て名前かもわからなくて」


 だから、東間家の両親ではなく、履歴に新しい私が呼ばれたんだろう。


「私も、“東間凪子ちゃん”のことは、あんまり知らないので……」


 すると、家主と思われる男性が出てきた。マオミは彼を“リョウタくん”と呼んでいた。


「センセイ、本当にVtuber全然知らないんだなあ」

「凪ちゃんが言ってた通りだね」

「っていうか、センセイが実在すると思ってなかった」

「イマジナリーセンセイ?」

「イマジナリーって言うか、ロールプレイの設定」

「あー、そっちか」


 リョウタは手にお椀を持っている。どうやら、おかゆを作ってくれたらしいのだが、一向に起きる気配のない東間凪子の様子に、困っているようだ。


「センセイ、おかゆ食べます? そいつ、起きないっぽいんで」

「え?」


 あまりにも唐突すぎて、私は思わず目を丸くする。

 すると今度は、別の男性がキッチンから顔を覗かせた。彼のことを、リョウタは“ギロンボさん”と呼んだ。どう見ても日本人の顔付なのだが、まあ、そういうことなのだろう。


「リョウタ、一般の人にウザ絡みすんなよ?」

「してねーですよ」

「ならよし」

「あ、だからセンセイ、それ食べてください。もったいないんで」

 

 勧められてしまったからには、断るわけにもいかない。私は初めて会った彼らに囲まれて、眠る東間凪子を眺めながら、おかゆを黙って食べ続けた。

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