第4話 悪いこと

 “東間凪子 Twitter”

 検索すれば、いとも簡単に“東間凪子”のTwitterアカウントがスマートフォンの画面に表示される。

 家庭教師のアルバイトから戻って、一人暮らしのマンションに戻った途端、私がしたことはそれだ。


 アイコンにいるのは、あのポニーテールの女の子。


“今日の配信は23時から! 苛々してるから待ってろゾンビども!”


 一番上に表示されている投稿、それから、動画サイトのリンク先が目に入る。

 配信開始までは、まだ時間がある。それでも私の親指は、文字列の前で右往左往していた。


『別に、センセイに見せるようなものじゃないですよね、あれ。て言うか、もう見ないでください。知ってる人が見てると、やりづらいんで』


 彼女に言われた言葉が、頭の中で鳴り響く。あの歯切れの良さ。

 “東間凪子”が東間凪子であることに、もっと早く気づいていたら。あの動画を見ないでいたら。私は、こんなに思い悩むことなんてないのに。



 それでも結局、私は動画サイトのリンクをクリックしてしまった。


『こんばんはー。チャンネル、お間違いじゃないですか? 東間凪子のチャンネルですよ』


 愛らしい顔つきのキャラクターに似合わぬ、捻くれた物言い。画面越しでもわかる、はきはきとした語り口。

 “東間凪子”が話し出した途端、コメントはスピードを上げて画面の上を駆けていく。


『そうなんですよ、配信タイトルの通り、ちょっと苛々してるんです。“生理か?”とか言ってるバカがいますよ、にわかかな? わたしがセクハラ発言ぶっ潰す勢だってご存じです? やりたきゃ風俗行ってくださいよ』


 コメント欄に、彼女への賛同が流れていく。不思議なことに、どんなに毒舌を吐いたとしても、“東間凪子”は下品に見えない。それどころか、芯のある強い女の子という雰囲気が増して、まるで勇者を見ているような不思議な心地になる。


『あー、ちょっとみなさん。わたしの威を借る狐じゃないんですから。いいんですよ、セクハラ勢をdisるのはわたしだけで。コメ欄が暴言で汚れるのは目に毒です。でも、みなさんの力が必要になったら、その時は助けて下さいよ? 有用性を見せつけてください。さて、今日やるゲームは』


 流れるように言った後で、彼女は一度呼吸した。

 私にも見えた。


“今日のセンセイ小話は?”


『センセイ小話とか言ってコーナーにしないでくださいってば。え? “そろそろセンセイに配信バレてんだろ”?』


 すると彼女は、言葉を鼻で笑い飛ばすように答えた。


『バレてますよそんなの。でも、見ないでって言ってあるんで、大丈夫です。いやいや、みなさん“こっそり見てる”とか言いますけど、かなりちゃんと言ったんで、絶対見てませんよ。昨日の今日まで、Vtuberのヴの字も知らなかった人が、いきなり毎回わたしの配信見に来るようになるとか、笑えないでしょ!』


 私は慌てて、一時停止ボタンを押した。アニメみたいな顔をした“東間凪子”が、ぴたりと止まってこちらを見ている。

 画面の向こうの時間は進んでいる。きっと、何事もなかったかのような声色で、彼女はゲームを始めるだろう。そうしてきっと、来週もいつもと同じような顔をして、私と机の前で会うんだろう。


 なんだか、ひどく悪いことをしてしまったような心地がした。

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