第2章
第3話 負けず嫌い
“東間凪子”のゲーム実況を見た翌々日、私はいつも通り東間家を訪問し、彼女の部屋で勉強を教えた。
そう言えば、家の中で会う彼女はいつも私服だ。制服姿を見たことがない。髪をポニーテールに出来るほど、長くしているのも見たことがない。“東間凪子”が目の前にいるなんて、にわかに信じがたい。
動画の中では、黙っている時間を探した方が早いくらい延々と話し続けていた彼女だけれど、この部屋ではその逆だ。私の目の前にいる東間凪子は、無口なのだ。
「センセイ、できました」
彼女は、問題を解き終わったらしい。私は、彼女の几帳面な文字が並ぶノートを覗き込んだ。内容を確認して、私は赤い丸をつける。
実に優秀な生徒だと思う。東間凪子は、勉強が好きと言うよりも、わからないことがあるのが悔しいという原動力で、勉学に勤しんでいるように見える。
つい、ゲーム実況で見た“東間凪子”の印象が重なった。だから私は珍しく、いつもは言わないようなことを口にした。
「凪子ちゃんって、負けず嫌い?」
すると、彼女は控えめに眉を潜めてこちらを見た。こんな風に目が合うのも、あまりないことかもしれない。こうして見ると、制服にポニーテールの“東間凪子”と彼女は似ていないけれど、表情の動き方がそっくりだった。
「どうしてですか?」
「なんとなく」
「それって、褒めてくれてるんですか?」
「ええと、うん」
「褒められるのは光栄ですけど、根拠がないのはあんまり嬉しくないです」
そうやって言われたので、私はつい、口にしてしまった。
「この前、友達が、凪子ちゃんがやってる番組? ゲーム実況の動画見せてくれたんだ。ゾンビをやっつけるやつ。なんかあれ見たら、問題解いてる時の凪子ちゃんも、あんなこと考えながらやってるのかなあと思って」
私は、彼女との話題が増えればと思った。いつもの壁があるから、ちょうど良かったはずの距離感を、何故だか縮めたくなった。ただ、それだけのことだった。
しかし、彼女にとって私の言葉は、不愉快以外の何者でもなかったらしい。
普段、大して変わらない彼女の表情が、一気に歪んだ。左右非対称に歪み切った顔で私を見て、本来なら饒舌なはずの口は何も言わず、それまでこちらを向いていた目が、すべてを避けるように視線を逸らす。
「センセイ、もしかして、全部見たんですか? 話も、全部聞いて?」
「えっと……。見てたけど、私、初めてああいう動画見たから、あんまりよく覚えてないんだ。ほら、コメントもあるし声も聞こえて、ゲームの内容も理解しないといけないし。だからー……。うん、ごめんね」
思わず、しどろもどろに答えてしまう。こんなに曖昧な答え、今までしたことがなかった。彼女は、私の頼りない答えを聞いて、何を思ったのだろう。失望したのか、安堵したのか。それとも、その両方か。
しかし、私にはそれがわからなかった。もう一度こちらを見た彼女は、いつも通りの淡々とした顔をしていた。
「別に、センセイに見せるようなものじゃないですよね、あれ。て言うか、もう見ないでください。知ってる人が見てると、やりづらいんで」
それがまるで決定事項だとでも言いたそうな口ぶりだったので、私は「わかったよ」とうなづいて、それ以降、彼女のVtuberとしての活動について口にすることはしなかった。
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