Blue blue raw.

真崎いみ

第1話 first blue.【始まりの蒼】

カチコチと秒針の時を刻む音が響いていた。窓を覆うカーテンは遮光せず、時折建物の前を行く自動車のライトが映った。青く淡い闇の中を滑る光は航海の道しるべ、灯台の光にも似ている。

彼女の香りのするベッドで眠るのは、酷く心が落ち着いた。タオルケットに包まって、枕に頭を沈めて、私は浅いような、でも深い眠りに落ちていた。隣でごそ、と動く気配がする。

「瑞樹。…瑞樹?」

ああ、目蓋があかない。

「寝てる?…なら、いいんだけど。」

すり、と譲羽しずくは斉藤瑞樹の肩に頭をこすりつける。

「もしも、明日世界が終わるとしたらどうする。」

どうして、そんな寂しいことを聞くの。

「私は、普通に過ごしたいな。朝起きて、ご飯食べて、部活の朝練が終わるころ瑞樹と一緒に学校の教室に向かう。学校を一日終えて、それぞれ部活に向かっていく。それで、また明日って―…。あ、明日はないんだっけ。」

もしも世界が終わるなら、この燻るような痛くて重い恋心は砕け散ってくれるんだろうか。

「―…。」

眠気は瑞樹の中を満たし、目蓋が更に重くなってくる。意識が夢と現をとろとろと蕩けるように行き来し、しずくの体温と息遣い、鼓動を感じながら呆気なく深い眠りについた。

水が反響する。一滴ずつ雫となって、規則正しく吸い込まれるように落ちていく。落ちた雫は水面を跳ね、輪が広がっていった。

眠気は強弱を繰り返し、ふと瞼を差す光が陰って、浅い水底のような眠りから現へ意識が着地した。瞼をゆっくり持ち上げると、そこには瑞樹の髪の毛を優しい手付きで梳くしずくがいた。

「…ごめん、起こした?」

「ううん。起きた。…それ、気持ちいいね。」

「なら、よかった。髪の毛を梳いている私も気持ちいいよ。瑞樹の髪の毛は柔らかいから。」

瑞樹の髪の毛は猫っ毛でとても繊細で柔らかい。

瑞樹はしずくの手の名残を惜しみながら、ベッドから起き出した。そしてしずくの隣に座り、自身の頭をしずくの肩に預けた。

「何、読んでたの。」

しずくの傍らには本が開いたまま置いてあった。

「ん。水泳専門の雑誌。」

「色気ないなあ。」

「勉強になるよ。」

しばらく身体の一部を、しずくのどこかにくっ付けておきたかった。指の先でもいい。髪の毛一本でもいい。でも、私は欲張りだから全てをしずくに預ける。やがて物足りなくなって、しずくの膝の上に寝転んだ。「邪魔だよ」と言われても、それは本気じゃないことを知っている。

膝の上からしずくを見上げていると、記憶の無い懐かしさがこみ上げてきた。瑞樹はしずくの柔らかな腹に顔を押し付けて、細い腰に腕を回す。密着度が増し、しずくの心臓の音がトクトクと聞こえてくる。

「非常に、読書しづらいんだけど。」

「気にしないでいいよー。」

「気にするよ…。」

しずくは小さな溜息をついて、本の頁を閉じた。瑞樹は嬉しそうにしずくの頬に手を伸ばし、そのまま吸い寄せるようにキスをする。

しずくの、無邪気なところが好ましく思う。身に纏う空気、呼吸の仕方、落ち着いた声音。時々見せる、瞳の輝きに目が奪われた。

そう。私は奪われたのだ。

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