後悔という名の過ち

あおいまな

番外編

第1話・後悔という名の過ち

 


「飛翔!」


 と、仲間から強く名前を呼ばれると、おれはサッカーの試合でパスのやり取りをしている錯覚におちいり、もう一度あの世界を取り戻そうとして躍起になった――。



 ーーーーー



 手を使うのは右利きだったが、足が左利きだったこともあり、おれは高校に入るとサッカー部ですぐにレギュラーになった。ポジションはFWだった。


 もともと県外の強豪校からサッカーで進学しないかとの誘いもあり、おれの県にはJリーグがなかったことから県外のユースのテストを受けてもいいと親父から言われていた。だが、どちらにも動かず地元の高校に進学した。


 母親がいない家庭で、父ひとり子ひとりのなか、家を離れると父親をひとり残すことになる。それが嫌だと周囲には話した。


 だが、家が隣で同学年の憂理には本当のことを言った。


「お前が好きだからここに残る」


 と。


 憂理はそれを重くも軽くも受けとめていないようだった。





 高校に入れば中学では少し開いた気がした憂理との距離も縮められると思っていた。いや、縮めなければいけないと優柔不断な自分を卒業するつもりだった。


 だが、思いとは裏腹に、小学校時代の照れくさい関係から先に卒業して“女の子”は“女”になっていた。


 おれは物心がついたときから変わらず、困っていたり、弱いものとされたひとを放っておけない性格だったが、そうすることで女子はひとりひとりが自分だけ特別に優しくされたと勘違した。


 おれの見た目がアイドルに似ていることや、母親がいないこと、サッカーで大人たちから注目されていることも拍車をかけており閉口したが、自分を曲げたくはなかった。


 愛流という、おれはまったく可愛いとは思わない“可愛い女子”がまとわりつくようになり、憂理との距離は逆に遠のいた。


 高校サッカーの最初の試合――おれのデビュー戦――で、おれの高校は一点先制したものの二点取られて負けた。先輩たちもくやしくてイライラしていたが、愛流はまるで勝ったかのように大騒ぎしてベンチ裏の客席からおれの名前を連呼した。


「飛翔! すごくカッコよかった! カッコよかったよ!」


 おれは愛流をたしなめる代わりに先輩たちに謝った。

 先輩たちはあの手の女に慣れており、逆におれに、


「迷惑だよな」

 と、同情し、


「次は勝とう」

 と、切りかえた。


 おれは遠いゴール裏の席を振り返る。


 友達とふたりで試合を見に来ていた憂理は、まだ席から離れない。友達に説得されて腰を上げた。

 おれは活躍して勝つところを憂理に見せたかった。





 試合後、学校へ戻ってから家に帰ると夜になっていた。親父は出張で今夜はいない。


 郵便受けを開けると、入っていたものの一番上に隣家の憂理の母親のメモがあった。


 “夕飯を食べにいらっしゃい”

 と、ある。


 おれの母親代わりになって、食事の面倒や部活で汚れたものの洗濯をかって出てくれていた。


 憂理がひとりっ子だったこともあり、

 “男の子も欲しかったのよ”

 と、幼い頃からおれに気を使わせないようにしてくれた。


 それに気づいてからは、自分のことは自分でするようになった。彼女には寂しい思いをさせているかもしれないが仕方がない。

 家庭的なカテゴリーからは距離を置きたかった。

 憂理との距離を縮めるために。


 家に入ると着替えてTシャツと短パンになる。それから冷凍チャーハンを炒めて食べた。


 家は古いつくりで小さな庭に向かって縁側があった。

 へだてるガラス戸をあけると六畳間のたたみに腰を下ろして背を倒し、両腕で体を支えながら軒先の向こうの月を見る。

 声を待っている。


「飛翔」


 声が来た。

 体を起こしてそちらを見る。


 家をわける一・八メートルの高さのブロック塀に手がかかっており、ジャンプしてよじ登ると憂理は両腕で体を支えた。

 憂理の家からこちらは裏手になる。


「こっちへ来いよ」

「本気で言ってるの?」

「本気」

「仕方がないな」


 憂理は塀をまたいで入ってきた。


 スウェットの上下と家で履くダサいサンダルの組み合わせに吹き出した。それでいて安心する。

 くさくさした気分が一気に晴れた。


「お母さん、飛翔の分まで夜ご飯を用意してたのに」

「悪い。でも、用意してくれるかどうかわからないうちに、いりませんって前もって伝えるのも要求してるみたいじゃないか?」


 憂理は声に出して笑った。


「飛翔はよく気がつくんじゃなくて、気を使うことに敏感なんだな」

「そんなつもりはないよ」


 おれは体を伸ばし、縁側をたたく。

「ここ、座れよ」


 憂理はわざとため息をついてしたがう。女の子の優しい匂いがした。

 自分も立ってその左側に座った。

 憂理が足をぶらぶらさせて肩を落とす。


「今日は残念だったけど……。まだ高校生活も始まったばかりだし、これからだよ」


 なんのことかすこし考え、サッカーのことかと思い至った。


「一点目はおれが取った」

「うん。相手ディフェンスを置き去りにして切りかえすとインサイド・キック。飛翔は足が左利きだから相手も左側に気を取られていたけど、右足だった。珍しいね」

「今時、レフティだからって右足が使えないのは通用しない」

「そうなんだ」


 憂理が感心するのに顔を寄せる。


「お前のために点を取ったんだ。ご褒美は?」


 憂理は体を離すと目を伏せる。


「飛翔、すごく人気あるし。私はただの幼なじみで、カノジョにはなれないよ」

「おれが守るよ」


 右手を憂理の左手に重ねる。


「約束する」


 憂理は迷っていたが、ひとつ小さくうなづくと、左の肩に右手を置いてくる。


 キスをした。


「憂理が好きだ」

「私も飛翔が好き」


 もう一度、口づける。

 体を抱きしめる。


 そのまま、ごろんとたたみに倒れる。


「……今、このまま、憂理のことが欲しいと言ったら?」


 手を力を込める。

 憂理がドキリとしたのがわかった。


「……こんな格好で? 嘘でしょ?」


 ごまかそうとする。


「嘘じゃない。待てない」


 体を反転させると上に乗るようにしてその顔の横に手をつく。


「飛翔、今日、どうかしている」

「おれはいつもと変わりない。他の女なんか見てない」


 憂理は目を見つめ返したあとで、いったんそらし、また視線を戻した。


 おれは体勢を低くすると胸を合わせてキスをする。憂理も応えて背中に手を回してくる。


 そのまま初めての体を求めようとした。


「憂理、どこにいるの?」

 隣から母親の呼ぶ声がした。


 ふたりとも気持ちが冷めた。


「飛翔のところ。今日の試合のこと、話してた」


 憂理はおれの下から顔を出すと、わざと明るく母親に言い繕う。


「飛翔くん、疲れてるんだから。明日にしなさい」

「わかったぁ」

 語尾を伸ばす。


 おれは邪魔されて散々世話になった憂理の母親を恨んだ。


 体をどけると憂理は起き上がり乱れたスウェットを直した。


 おれが黙っていると、


「飛翔」

 と、憂理のほうから、口を開いた。


「飛翔のことは好きだけど、流されてっていうのは、いや。好きだから、いや。大事にしたいから」

「憂理」

「抱き合うのは高校二年まで待って。あと、十ヶ月」


 憂理はわざと顔を見せずにいる。

 憂理の口からはっきり聞けてよかった、と思いたかったが、残念だった。


「わかった。待つよ」


 落胆が露骨だったのか、憂理は目線を合わせないまま、


「初めてがこんな格好じゃ、私、いやだよ」


 と、おれの耳に手を当てささやく。


「そうだな。ごめん」


 おれはふたりの気持ちさえ合えばいいと思っており、反省した。


 憂理から拒まれたわけじゃない。

 逆に受け入れられた。


 子供の頃から一緒にいて、いつしか、つないだ手の意味が変わってきた。


 これからも互いを思う気持ちは変わらない。


 憂理がいいと言ったその日まで、そしてそれからあとも、憂理に恥ずかしくない自分でいようと思った。






 ――高校二年になることは永遠にない、とは思わなかった――。






ーーー


◆異世界転移『異世界で闇落ち妃になった私は処女のまま正義と戦い必ずあの女に復讐する』へ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後悔という名の過ち あおいまな @uwasora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ