2度目の春

もちっとねこ

「奈桜っ!」


ピッピッ…

「夏樹…」

本当に自分が憎い。この間抜けさが今まで人にどれだけ迷惑だったか自分が一番わかってる。私が猫を追いかけたばかりに…。私を守ってくれたから夏樹君は事故にあってしまった。

ここに寝ているのは中谷夏樹。私こと種田奈桜の彼氏。今日4月1日このエイプリルフールの日に嘘だと思っていたプロポーズを受けた。どことなくお洒落なレストラン、いかにもプロポーズに最適な場所。完全に浮かれていた。事故にあったことも嘘ならよかったのに。先生は目立った怪我は特には無いが脳にダメージがあるらしい。

「夏樹!やっとおきてくれた!」

「え…ごめんなさい、どちらさまですか?」

「え…」

嘘みたい…夏樹が記憶喪失…?嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。嘘だって言ってよ。もし本当なら早く思い出して。私たちもう5年も付き合ってるんだよ?ねぇこんなことで私たちが一緒にいた時間が0になっちゃうの?そんなのやだよ…

「ねぇ…お願いだから思い出してよ…」

「え?何を?来週のテストのこと?」

「テスト…?そんなの来週にないよ?」

どういうこと?テストって何?そんなのないよ?あっ。先生呼ばなきゃ。先生に見てもらえば夏樹がどれだけ記憶を無くしたかわかるかも。とりあず夏樹自身も混乱してるみたいだし落ち着かせないとだよね。

「夏樹君、はじめまして!私種田奈桜って言います!とりあえず目が覚めたから先生呼ぼっか!」

「はじめまして。俺は中谷夏樹です。ナースコールで呼べばいいですかね?」

看護師さんが来てくれて夏樹を先生のとこに連れてってくれた。一人部屋の病室はやけに静かで出来事を鮮明にさせる。考えたくもない現実を私に突きつけてるみたい。少しの間しかいなかったはずのベッドからは夏樹の匂いがする。少しだけ落ち着くような、懐かしく感じるような。


「奈桜さん?、起きてください。」

「へ?あ、私寝てたの?ごめんね!邪魔だったよね!」

「いや、大丈夫ですよ」

先生によると夏樹は高校生までの記憶しかないらしい。高校生の夏樹を私はよく知らない。私たちが出会ったのは大学の入学式だっけな。席が隣でコソコソ話してたんだよなぁ。名前に春と夏で季節隣で今席も隣だねって他愛のない会話から始まった私の1度目の春。懐かしいな。

「もうこんな時間ですし、奈桜さん帰った方がいいんじゃないですか。」

「ほんとだ。もうこんな時間。遅くまでお邪魔してごめんね。またお見舞いくるから!今度は友達とか連れてくる!」


家に帰って一晩中泣いた。他人行儀でいるのがこんなも辛いなん手耐えられない。昨日まで2人だったこの部屋は私1人には広すぎる。いつもならソファに2人で座って好きなドラマとか映画とか見ながらココアとか飲んだり、社会人1年生なりの愚痴を言い合ったり…。楽しかった思い出が沢山詰まったリビングは今となってはただ息苦しくて居ずらい場所となってしまった。

♪〜(秋乃)

「もしもし、どうしたの秋乃。」

「どうしたもこうしたもないでしょ!夏樹大丈夫なの?!」

「実はね…」

秋乃には全部話した。秋乃は明日冬馬と一緒にお見舞いに行こうって誘ってくれたけど明日までに気持ちの整理つかないし、2人のおじゃま虫になるのも嫌だったからまた今度って断った。私は少し、いや結構秋乃が羨ましい。私は秋乃みたいにしっかり者にはなれない。だからこんなことになってしまった。そんな自分が悔しい…


「夏樹…」

あ、そうか私の知っている夏樹はいないんだ。もう11時…いつ寝ちゃったんだろう。今日が休みでよかった。本当に…。この部屋にいても悲しいだけ。もう半日しかないけど1人で出かけてみようかな。


外は春らしい温かさで意心地が良い。行先なんか考えてないけど何となくいつも2人で行っていたカフェに入った。何となくと言うよりも自然とそこに入ったんだよね。いつものカフェ、いつもの席、深煎りの苦いコーヒー。たった2日前に2人で来たばかりなのに懐かしさと共に悲しみが込み上げる。泣いちゃいそうだから、早く出よう。その後は服屋に靴屋に、雑貨屋。自分の好きなとこに回った。手にした商品は夏樹の好きそうな物ばかりで購入してしまったものもある。どこに行っても夏樹がいるような気がして、今いないことが嘘みたいで…。明日は仕事の帰りにこれを持ってお見舞いに行こう。何か思い出してくれるかもしれない。


♪〜(秋乃)

「もしもし…」

「奈桜…?本当に大丈夫?私、あんたも心配だよ…。」

「私は大丈夫だよ…。いつまでもくよくよしてちゃ仕事に行けないしね」

「そっか…何かあったら私に言うんだよ?あ、そうそう。夏樹元気そうだったけど私達のこともわかんないみたい…」

今日も思い出さなかった。直ぐにじゃなくてももういい。ゆっくりでも思い出してくれるだけで嬉しい。この部屋に戻ってくれるだけでいい。今の私に出来ることは願うことしかできないから。


はぁ…

結局気分は上がらない。けど仕事には行かなきゃ。

「行ってきます…」

誰もいない部屋にいつもの言葉を放つ。返ってくるはずもないのに少し期待している自分がいる。


いつも通りただのうのうと仕事を終わらせた。そういえば夏樹は漫画が好きだったよな。途中で好きな漫画買っていこう。

「夏樹君?お邪魔するね。今日は夏樹君の好きな漫画、買ってきたよ」

すごく喜んでくれた。自分が思ってるよりも話が進んでるみたい。少し探りも入れてみたけど、まったく思い出せないらしい。夏樹のお願いで明日は自分が大切にしてきた物を持ってきてと頼まれた。夏樹なりに思い出そうと頑張ってるんだから、私もいつまでもくよくよしていちゃだめだ。


あれから何か月たった?もう外は暑い。夏樹の季節になった。夏樹はまだ何も思い出していない。あれから夏樹が大切にしていた物、二人の写真、好きだった食べ物、映画、漫画…色々なものを持って行った。正直もう諦めかけているし、物ももうない。

「今日は何をもっていこう…」


結局今日はお気に入りの服をもってきた。この病室もまるで家に帰るかのように行けるようになった。病室の前に来た時、誰かとの話声が聞こえた。おそらく秋乃だろう。

「へえ、夏樹好きな人いるんだ。どんな子なの?」

「まあいますけど…秋乃さんにはわからないですよ」

「わかるかもしれないじゃん。教えなさい!」

「毎日俺にお見舞い来てくれる人…」

こっそり聞いていたことには罪悪感はあるし秋乃は数回しか会っていないのに仲良しそうに話す二人に嫉妬した。けど、好きな人が自分かもって思えた。少し嬉しかった。

コンコン

「お邪魔します!今日も来たよ夏樹君。今日はお気に入りにしてた服だよ。」

微妙な顔をしていた。今日も無理だったか。今日は用があるから、早く帰らなきゃ。

「ごめんね、今日はこの後用があるからこの辺で」

私はそう言って病室を出た。目に焼き付いてしまった。あんな表情の秋乃は見たことがない。私のことが邪魔だというような顔をしていた。秋乃が怖くて、秋乃に何も話しかけられなかった。


♪~(秋乃)

「もしもし。奈桜?あのさ、少し言いたいことがあるんだけど…」

「どうしたの?秋乃からなんて珍しいね」

嫌な予感がした。

「あのさ、夏樹のこと好きになっちゃった。だからさ、夏樹のことちょうだいよ」

「何を…いってるの…」

思考が停止した。確かに秋は他のひとの彼氏、好きな人を好きになる悪い癖はあったけど、直接本人に言うのは例外だ。

「だってさ、お互いの気持ち尊重して付き合ってるわけじゃないでしょ?しかも夏樹、記憶なくて奈桜付き合ってないの同然じゃん。前から狙ってたんだよねぇ。」

「最低…」

それだけ言って切ってしまった。秋乃には冬馬がいるはず。冬馬はもう降られたってこと?幸い秋乃と冬馬は同棲してないはず…

♪~

「もしもし…冬馬…?」

「どうした?なんで不安そうな声なんだ?」

「冬馬って秋乃と別れたの…?」

「はぁ?」

冬馬に全部話した。冬馬も何も知らなかったらしい。私も冬馬も秋乃が何がしたいにかわからなくなった。ただ二人で決めたことは、冬馬は秋乃の見張り。私は秋乃とかかわらないこと。


あれから何か月も経った。毎日冬馬とは連絡を取り合って近況報告をしあった。私は秋乃に会わないように毎日夏樹のところに欠かさず行った。けど、「今の」夏樹は秋乃のことが好きみたい。今の私は夏樹にとって何でもない。だから今の夏樹が誰を好きでいようと私には何もできないのが悔しい。このまま思い出さず、夏樹は秋乃のもとに行くのかな…?

♪~(冬馬)

「急でごめん。俺さ、もう見てらんねぇよ。奈桜はあんなに必死に夏樹に思い出させようと頑張ってるのに…」

「違うよ。私の力が足りないだけ。」

「違う…!そんなことねぇ!なぁもういっそのこと俺の付き合わないか?俺は絶対奈桜にこんな思いさえねぇ」

「冬馬じゃダメなんだよ。冬馬は夏樹の代わりになれない。私はどんな夏樹でも好きなの。私がいくら悲しんでもね…一時的な感情に流されちゃダメだよ…」

一瞬私はYesと答えそうだった。さっきの言葉は自分に言い聞かせるために言ったようなものだ。


冬馬に告白されて以来私と冬馬の関係も変わらず、夏樹も、秋乃も…このまま秋乃とくっついちゃうのかな。なんだかずっと夏樹のそばには秋乃がいて私は赤の他人みたい。いや、赤の他人なんだけどさ。なんだか今日は行く気をなくした。でも行かなきゃどこか離れて気がする。だから何が何でも行く。


病室に行ったら夏樹の両親がいた。意外とこの長い期間でもよく鉢合わせしなかったと思う。

「あなた…あなたのせいで夏樹は…」

「…」

「全部あなたのせいよ!夏樹の何もかもをあなたが壊したのよ!どうしてくれるの!」

夏樹のお母さんにそう言われても私はなにも言い返せなかった。私には全て正論に聞こえたから。そう、私が夏樹と出会ってなければ、私がいなければ夏樹はこんなことにならなかった。全部私が悪いの。そう思いながら私は病室を出た。


私はまた2人の思い出の道をとぼとぼ歩きながら帰った。何か考えている訳でもなく、先程言われたことを悲しみながら怒りながらという訳でもない。そんなことを思ってると、夏樹が事故にあった場所に来た。心臓が1回ドクッと大きな音をたてて脈をうった。ここを渡らなければ家に帰れない。仕方がないから渡ろうと思い、渡り始めた。私は思わず道のど真ん中に突っ立ってしまった。


「…?」

「…」

「…!!」

「…」


「俺、行かなきゃ。全部思い出したから。」


パーッ

あぁ、体動かないや。もういっそこのまま死んでしまおうか…。


「奈桜っ!」

「夏樹…?」


ピッピッピッ

ここはどこ?真っ白な部屋。

「あ、やっと起きた。ねぇねぇ、俺たちさ一緒に事故にあったらしいよ。初めましてなのにね。」

「すいません、私自分のこともよく覚えてなくて…」

「え?あんたも?俺も自分のことよくわかんないんだよね」

そう言って彼は笑った。彼と話してると何となく懐かしくて、居心地がよかった。それに胸の高鳴りが止まない。どうやら私は彼に恋をしてしまったらしい。


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2度目の春 もちっとねこ @motittoneko0123

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