脱力世界感ラビットパンチラッシュ

ジャミー・タリモ

異世界転生!遥かなる旅が始まる!


◆◇◆


 タケシが死んでしまった。


 そう、死んでしまったのだ。


 何故か?


 それは突然の出来事だった。


 旅行先のアメリカ、アーカンソー州でのことである。

 市街地で勃発した、FBIと南米系麻薬シンジケートの銃撃戦。

 屋台でマスタードを山ほどぶっかけたホットドッグにかぶりつき、SNS上の数少ないフォロワーに向け、バえる自撮り写真を連続モードで撮影していた最中に、タケシはその騒動に巻き込まれてしまったのだ。

 ウインナーが宙を跳び、ケチャップが散り、マスタードが舞う。

 その中で流れ弾が六発。

 タケシの肺と、喉を貫いた。


 タケシは地に倒れ込む瞬間に、殺傷力という言葉の持つ意味を身をもって再確認した。


(これがそうか……!)


 痛みは感じなかったが、魂を肉体から押し出されるような、不思議な虚脱感を覚えていた。

 イマワのキワ。

 近寄ってきた複数の男のオウとかバモスとかカブローンという言葉が聞こえた気がしたが、それを最後に彼の意識は途絶えた。


 全くもって。

 実に、不幸な出来事であった。


 不慮の事故である。


 無用の死である。


 だが、死は死である。


 揺るぎのない事実としてタケシは死んだのだ。


 死とは喪失なのだろうか。

 あるいは、終焉なのか。

 思考、思想、意志、認識、感覚といった、個人の生を証明するあらゆるものが停止してしまった場合、やはり「こちら」でも「あちら」でもなく、なんの境界線も区別もない、一切の無が訪れるのではないだろうか。


 無に抱かれる。

 無と同化する。

 無に帰す。

 無に。


 しかし、実際は違っていた。


 その証拠に、タケシは意識を有していた。

 はっきりと己が己であることを自覚していたのである。


 そして、転生の準備がはじまった。



◆◇◆



 そこは天地に花の咲き乱れる場所。


 薄桃色の花が天より降る。

 乳白色の花が地に咲き乱れる。

 

 人をして天国と呼ぶ場所なのか。

 魂の彷徨い人は、その芳しき花の香りに酔うことだろう。


「というわけで、注意事項はその三つでごわす」


 羽の生えた相撲取りにも見える転生の妖精からの一通りのチュートリアルが終わった。

 転生に際しての注意事項とは以下の通りである。


 1、やたらと自分が転生者であることを吹聴しない。

 2、やたらとモテようとしない。

 3、やたらとしょうもない謙遜をしない。


 簡単なことと、果たして、そう言いきれるだろうか?

 タケシにとっては案外と難しいことのように思われた。


 特に2である。


 思春期に全くいい思い出を持たないタケシにとって、これはツラい。

 モテたい、自らを魅力的な存在だと異性に認められたいというのは生物の根源的な欲求ではなかろうか。

 種の存続を考えた際には、より優れたアピールを仕掛けた者だけが子孫を残すことができるのだから。


 しかし、「モテるな」と言われているわけではない。


 自然とモテてしまう、これは相手の感情に依存する以上、無理からぬこと。

 その点においては入念に転生の妖精に確認をした。

 妖精が言うには、やたらとモテたがる行為というのは、歯の浮くようなキザなセリフを連発したり、目立ちたくない……などと言いながらこれみよがしに異能のスキルを披露したりすることを指すらしい。


「いかなる場合もテングになってはいけないのでごわす」

「委細承知」


 タケシの明快な返答に、妖精が気をよくしたように頷く。

 体にはテラテラと玉の汗が光っていた。

 タケシは感心した。

 新陳代謝の高い証拠である。


「気に入ったぞ、そなた」


 妖精が言う。


「そなた、あれをするがよい」

「あれを……」


 促され、頷く。

 そして、彼はそれをした。

 誰もがするそれである。


「ステータスオープン!」


 宙に能力値とプロフィールを記した画面が浮き出した。


「でたっ……!これが俺の──転生ステータスか!」


 鮮やかな感動を覚えつつ、タケシは自らのステータスに目を向けた。



 名前:サーロ・イン

 ジョブ:サイキック戦士

 固有スキル:『サイキックスラッシュ』

  

 

「……な!?」


 タケシは目を見張った。

 ジョブに問題はない。

 スキルも文句なしだろう。

 しかし。


「サーロインだと!?」


 問題は名前である。


「オッホ、サイキック戦士。ゴイスーなステータスでごわす。そなたラッキラッキーボーイである」

「そんな、ばかな……」

「いまこそ草原の風に吹かれ羽ばたくときか鳥よ海をわたるがよい」

「待て!俺はピエロか!?」


 タケシは猛然と転生の妖精に牙を剥いた。


「おい!名前を変えたいが!?」

「ではタンシオにする」

「タンシオ……よりはサーロインか!?」

「サーロ・インで決まりでおます」

「待て!」

「待つ」

「サーロインとは──お肉のことではあるまいか!?俺の世界ではお肉の美味しい部位を表す言葉だが!?あなたは食いしん坊の妖精のように思う!」

「知らぬ」

「知らぬ──ならば、しょうがない、しかし、これは」

「ではハラミにする」

「さっきから候補に上がるタンシオもハラミもお肉の部位なのだがなっ……!まさか、これが神の意思だというのか!?」

「お肉は嫌いでごわすか」

「好きだが!」

「ごっつあんですですですです……」


 空間に響くエコー。

 転生の精が朗らかに笑い、そして消えた。

 タケシは一人、花園に立ち、自らがこれから歩む人生に想いを馳せる。

 転生サイキック戦士サーロ・イン。

 名前は気に食わないが、第二の生を得られただけでも十分なように思えた。


 新しい人生で何ができるか。

 新しい世界で何をすべきか。

 


 いま、彼の伝説が始まる……

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