とりあえず剣を買おう
ジスタニア伯爵から俺を召し抱えるという回答を受けてから3日後、驚くべき速さで俺に錬金工房が与えられた。元から錬金術の工房物件多いとはいえ速度が異常だ。
工房の内装としては典型的な薬学特化工房の為に内部改良は絶対的に必要なのだが、それはそれとして彼の本気具合が見て取れる。
さらに言うと、この工房は一時的な工房らしく活動次第でちゃんとした工房を改めて設けてくれるらしい。
さらにさらには支度金としてポケットマネーらしき金貨200枚と使いやすいように銀貨500枚をポンとくれた、これら全て事実上ゴーレムの魔術に対しての金銭なのだろうが、足りなくなったらまた用意すると言っていたのでちょっと怖くなってくる。
しかし、なんだ。勤勉で行動が早い者は好きだ、なので此方も素早く活動開始するとしよう。
一応俺につける人員は少しだけ待って欲しいと言われた。確かに錬金術と魔術の専門知識を持ち合わせ、口の堅い信頼のおける存在を派遣しなければならないともなれば、人員の捻出は中々難しいだろう。
雑用メイドぐらいならいつでも用意するとは言っていたが、まだ暫く必要無いと思う、なにより工房での一人暮らしというのは中々に憧れがあった。これまでは作業の効率化の為、常に弟子や研究員が居た為に静かな工房というのは中々に趣がある。
「さて、とりあえず買い物か」
最低限の生活必需品は伯爵が用意してくれてある。尚且つ色々な店の場所などは事前の散歩で既に確認済みだ。というか、今日の目的地はお隣さんである。
扉を開いてお隣の鍛冶屋に向かう、看板はマグルド工房。ジスタニア伯爵曰く領内で一番腕が良いらしい。
入口に立った用心棒らしき男に軽く会釈をして店内に入ると、ズラリと並ぶ剣や鎧が出迎えてくれた。
数打ちであっても、どれも見た感じ粗悪品は無いようだ。これなら期待できる。と、周囲を見渡すと店員らしき女性と目があったので、ゆっくり近づいて声をかかける。
「失礼する。店主のマグルド殿はいらっしゃるか?」
そう言って、事前にジスタニア伯爵から貰っていた伯爵の家紋が入ったペンダントを見せると、僅かに驚いた表情を見せた後礼儀正しく一礼を行う女性。中々に躾が行き届いていると見える。
「ようこそマグルド工房へ、店主のマグルドは現在工房で作業中です。3日は出てこないと思いますが、急ぎの要件でしょうか?」
「いや、此方が用意した金属を使って剣を打ってもらいたいだけだ。私が使う訳ではなく、此方で行うのは魔術付与のみになる。その後伯爵の元に持っていく予定だ」
「なんと、魔術師様でしたか」
どの大陸でも、魔術師というのは重宝される。それこそ子供であれだ。
「金属はこれになる。それと、今此処にある数打ちを何本か購入したい」
「双方承知しました……見た事の無い金属ですが……お聞きしても?」
「安価に
僅かに、女性の目の色が変わった気がした。
「なるほど、少々お待ちください、少しこの金属をお借りしても?」
「構わないが、持ち逃げしてくれるなよ?工房が整うまでしばらく作れないんだ」
「ご安心下さい、そのような事はまかり間違っても起き得ませんので」
そう言ってバックヤードへ下がる女性。とりあえず数打ちの中から質の良さそうな物を探しておこうか。時間の節約は大切だ。
剣を手に取ると、思ったよりも重く感じた。ふーむ、体側の出力は上げた方が良いだろうか?
「思ったより良い剣が多いな」
同じ価格帯の中から、特に出来の良さそうな物を5本程選んでカウンターに置いた後。しばらくすると、厳めしい大柄の如何にも鍛冶職人と言った風貌の男が先ほどの女性につれられカウンターに出て来た。
「あんたがこの鉱石を持ち込んだのか、剣を作るにしてもこの鉱石に関しての情報が足りない。どの程度の温度で融解するのか、どの程度の強度を持つのか、どの繋ぎを使えば良いのか、とにかく情報量が少なすぎる」
「そういえばそうだったな、少し待ってくれ"人知人能、万知万能、全知全能至るまで、我らが導を此処に置く、来たれ『虚幻書庫』"」
魔術を唱えると自分を囲う螺旋のように半透明の本がズラリと並び、其処から一冊の本を手に取り引き抜くと実態を持つ本に変化する。
「此処にその鉱石の情報が記されている。確認しながら打ってくれ、失敗しても良いができれば成功させてほしい所だな」
カウンターに本を置くと、開いてパラパラと男が捲りチラリと此方を見る。
「海外の言葉か?」
「あっ、すまん、今翻訳する」
パチンと指を響かせると、本の文字がジワリと文字を変え此方の大陸の言葉に変化した。
「分からない所があったらこの店の隣の工房で作業してるから遠慮せず呼んでくれ」
「便利な魔術だな、俺の名前はマグルド」
「私はルベド、偽名のようで本名だ」
「そうか、今後贔屓になるかもしれん、よろしく頼む」
「そちらの剣の出来次第とだけ言っておく」
「フッ、失望させるような腕はしとらんつもりだ」
要点だけ伝えると、再びカウンターの後ろに引っ込んで行った。職人として非常に好ましそうな人物である。余計な事を聞かず、要点だけを述べて分からない所は素直に情報を聞き取り下がる。
「申し訳ありません、人付き合いが苦手な人でして」
「構わない、むしろ好ましい人物だ。職人とはああでなければ」
「そう言って頂けると助かります」
「それより此方の剣の会計を頼む」
「はい、ありがとうございます。あら……随分と良い目をお持ちですね」
「ああ、数打ちだろうがその中でも良い物を選んだつもりだ。それに、芸術品や武具の目利き程度出来なければ笑われる」
「全てマグルドが打ち上げた物です」
「良ければ俺が数打ちの中からマグルド殿の剣を選び購入したと伝えてくれ、あの手の職人はそう言われれば張り切る筈だ」
「既に張り切っておりますよ」
「それでも、だ、それで……先ほどの鉱石の剣と数打ち5本でいくらだ?」
「はい、鉱石の方は金貨5枚、数打ちは1本銀貨50枚の所を勉強させていただきまして……銀貨47枚とさせて頂きます」
「鉱石に関しては実質オーダーメイド扱いか?」
「そうなります、とはいえ本来なら最低でも金貨20枚程ですが」
「鉱石持ち込みかつマグルド殿の興が乗ったと」
「はい、そう考えて頂いて結構です」
「なるほど、期待しよう」
そう言って、きっかり硬貨を支払うと恭しく頭を下げられた。
「こちら、剣は如何いたしましょうか?」
「そのまま持ち帰るから問題ない、なにせ家が隣だしな」
そう言って指をパチンを響かせると、5本の剣がフワリと浮いて俺の周囲を囲うように展開した。
「お見事です」
「ううん、雑用を雇わないといかんな……それではまた」
そう言って店を後にした。とりあえず、この店は伯爵が教えてくれただけあって良い店だろう。お隣さんとしても、良好な関係を築いていきたいと思う。
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