プロローグ2 海を渡る日

 船旅というのは中々に不便な物だ。危険で代わり映えも無い海を、ひたすらに風に乗って移動し続ける。酔いはまだギリギリ耐えられる。嵐も魔術で切り抜けれる。


「海賊だあああああ!!」


 しかし蛮族共は中々に御しがたい、同時に許しがたい。何故って?船酔いしてる所に襲撃とか殺意しか沸かない。当然の事だろう。

 酔い止めでギリギリ保っていた吐き気が、船体に加わった魔術による砲火の衝撃で臨界点に達した。急ぎ立ち上がり甲板から海に向かって胃の内容物を吐き出す為に、全速力で船を駆ける俺の足はまさに駿馬のソレと言った所か。船内で吐くような粗相はしない心づもりである。そんな事を思ったが遅いが早いか、船体に二度目の衝撃が加わった。


 ……おのれ海賊共め……容赦せんぞ。


 現実とは常に残酷であり、思いとは裏腹に不幸が降り注ぐのも常。とはいえ、一応拭いておくのもマナーであろう。体液だけなのでまぁ踏んづけたとしても滑る程度、だが今においてはその滑って転んで命が奪われるのだ。


「クソ海賊が!ブッ殺す!」


 甲板に上がり勇ましく吠えると、何人かが此方を見て思わず吹き出した。……今の体は前と違って子供のソレなのだ。わずかに青みのある銀髪の美少年、しかも服にゲロ痕が残るそんな子供が、勇ましい声を上げて甲板に上がれば笑いも起きよう。


 首が落ちた仮初の体とは違い、今のは数十年前に保存処理を施して安置していた本物だ。なので殺されると死ぬ為、此方も必死に行かせてもらう。


 魔術紙を7枚引きちぎり、7つの中位炎魔術を展開して放つ。相手方の魔術師も急ぎ水膜を貼り7つの内2つを食い止めたが、3つの直撃弾を出す。2つは外れた、あるいは天使の取り分である。波で揺れる足場と視界が悪いのであって、俺がノーコンな訳では無いのだ。実際一発は相手の帆にあたり大炎上してるしセーフ。


 さらに追加で周囲の海賊船に火球を無造作に撃ちまくり、あまりの気持ち悪さに当たるか確認する前にへたり込んだ。音から察するに多分何発かは当たった筈だ。


「すげぇな坊っちゃん!……ゲロが無けりゃもっと凄いんだが」


 船員が褒めてくれたが、俺からすれば後ろの言葉がが無ければもっと良かった。


「分かってるから言わんでくれ」


 気を使った船員が俺を起こして背を叩いて気付けてくれた。ああ、本当に度し難い。


 本日何度目かの嘔吐を海に流すと、吐瀉物目的の魚と目があった。なんだかバカにされたような気分になったのは、恐らくこの酔いのせいで冷静な判断を下せていないせいだろう。後に、その魚は鳥に攫われたので良しとする。


「あー……陸が恋しい」


 頭を振るって気を取り直し、再び魔術紙に手をかけて視界を上げると豪快に炎上する敵船と海に飛び込む海賊が視界に入ったので、手を離して再び座り込む。気分悪い、ああ気分が悪い。未だヤイヤイと船は騒がしいが、あまりの気分の悪さに音と世界がグルグルと大回転しているのだ。ヤバイ薬を服用しても中々こうはならないだろう。

 どうにも、ウチの大陸の内乱で海賊が跋扈するようになっているようだ。俺が現役ならば即座に討伐隊を組んで海賊を根こそぎ殺してたろうに……随分と舐めた真似をしてくれる。


「おう、大丈夫か坊っちゃん」


 気を利かせた先程と別の船員が、俺に声を掛けてきた。


「大丈夫そうに見えるかね?」


「いいや、見えねぇな」


 貴重な水を差し出されたので飲んでおく。水は痛みやすくあまり船に載せられないが、この船は其処まで長い航海をする訳では無いので貴重ながらも積んでいるらしい。


「護衛費の請求とかしても良いか?」


「あー……船長がちょっとぐらいなら出してくれると思うぜ?」


「ならガキの小遣いよりも、この酔いを抑える物の方がありがたい」


「樽ごと水でも貰うか?酸い果実もあるぞ」


「ああ、それが良さそうだ。後でこっちまで運んでくれ」


 そう言って、ヨロヨロと立ち上がって船室に戻る。向こう側の大陸まで後3日とか一体何の冗談だ?風と水の魔術で適当に船を加速させて1日で到着するようにしてやろうか。


「いやダメだ、そんな元気が無い」


 そんな事を言いながら船内を彷徨い、自室のベッドに突っ伏して目を瞑る。先程飲んだ水が胃の中で揺れているのが分かる。とにかく気持ちが悪い。


◆◆◆


 それから3日が熱病に浮かされたように経過し、徐々に慣れてきたような気がしたぐらいで下船する事となる。魔術により航海技術が大幅に進歩したとは言え、今までの航路であれば2週間程の航海が3分の1程になったとは驚きを隠せない。


 あのような地獄を3分の1に軽減してくれた技術者達には、頭が下がるばかりである。いや待てよ……自分ならもっと縮めれるのではないか?今後の研究課題の一つにしておくとしようか、そう何度も乗りたい物では無いが同じ思いを抱える者が居るならば、それを軽減してやるのも錬金術師の努めである。


 というか、だ。以前の体での失敗……すなわち副作用を恐れて緩い酔い止めを使ったら効いてるのか効いてないのかよくわからない酷い目にあった。やはり薬の細やかな調整は難しい。自分はホムンクルスやゴーレム専攻なので、薬方面には如何せん疎いが故の失敗だろう。

 人体実験繰り返して良いなら、ある程度まで行けるんだがそういうのは好みでは無い。薬的な面は弟子がカバーしていてくれたのだが、事後処理押し付けてるので何と言うのは道理が違う。彼女はきっとあの国で大成するだろうし、俺の逃避行に突き合わせるのも宜しくない。大陸を越えて彼女の名声が轟く事を、少しばかり楽しみに待つとしよう。


 というか、多分そろそろ俺の遺産使って大陸平定し始めてると思う。


 そういえば、海賊を追い払った手間賃代わりに渡航費は無料となった。まぁ使った札の枚数的にトントンと言った所だろうか?一応水と果実も船上で貰ったので文句も言うまい。


「とりあえずは、陸地で寝れる事に幸せを感じる事にするかね」


 まだこの後、大都市に向かわねばならぬというのに前途遼遠である。やれやれとか余裕かまして言いたい気分だが、そんな事を言う為に使う元気すらもったいない。元気もリソースなのだ、重要に振り分けて使うとしよう。

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