無免の錬金術師 ~死の商人のアトリエ~

七尾八尾

プロローグ 首が落ちる日


「さて、どうするね、我が王よ」


 そう言って、王城の最も高くより城壁外の様子を見下ろす俺と我が王。視線の先では俺の手勢であるホムンクルスとキメラが、国王の兵達を薙ぎ払っている。

 ……はっきり言って愚行だ。自らの民に手をかけるなど、自らの手足を削ぎ落としているに過ぎない。まだ末端の領土等であれば其処まで気にもならないが、今殺し回っているのは王都の"兵"であり"民"。


「この状況でも王都だけ全力で守れば1年は持つだろう。だが、3ヶ月の後に反乱軍が息切れした所で、諸外国の介入を受けてどうあがいても国の終わりだ」


 そう事実を述べると、唸るような声を出す我が王。


 彼は……そうだな?一言で言うなら人気が無かった。尊大で傲慢で人心掌握が壊滅的に下手。それでも、俺に研究費と立場を与えてくれた事、及び約束を違えた事は無いという恩は感じていたので、家臣のほぼ8割が裏切っても此方側について義理を通しはした。だが、最早国自体が限界を迎える瀬戸際と言っても良いだろう。


 しかし、自画自賛ではあるがどうやら俺の作った軍は強すぎたようである。


 己が才能に恐怖した後に、国王の人気の無さにも恐怖したのは言うまでもない。あともう少し家臣や国民が我慢して一致団結し、国内での反乱ではなく国外侵攻する手筈さえ整えれば領土を笑える程切り取れたのは今の新型ホムンクルス達の活躍を見るに明らかだろう。其処まで到達できれば我が王の評価も変わっていたが、詮無き事か。


 むしろ、戦争準備による財政圧迫等の抑えをマトモに出来なかった我が王の内政力の無さにも少し驚く。とはいえ、俺も対人関係や貴族への根回しが得意では無い方なので人の事も言えないが。


 ……そもそもの財政圧迫の原因が、俺の研究のせいなのは黙っておいた方が良いかもしれない。


 戦争の前準備の段階で我が王の重税に耐えかねた平民達の発起、元より我が王を嫌っていた家臣達と第二王子が便乗。血で血を洗う内乱が発生した。


 普通なら不意打ちで我が王が即討たれて終わっただろうが、いかんせん俺がハッスルしすぎた。唸る程の金を使って、好き勝手作ったキマイラだのゴーレムだので暗殺を阻止しながら反乱軍を好き勝手にボコボコにしてしまった。


 とはいえ、手数がどうしても足りないので王都と最低限の街道を抑えただけではある。まぁ……この状況でも本当の所色々と頑張れば後3年は持たせられるが、内緒だ。というか、このまま俺達が負けても弟子が研究を引き継げば大陸の蹂躙など容易い。


 なぜワザと負けるか。それは、3年耐えるまでも無く先にあるのは先に言った通り完膚なきまでの国の死だからだ。


 この泥沼の状況は4割ぐらい俺が悪い。6割は王が人心掌握出来なかったのが悪い。なので今更ながらちょっと説得してみた訳である。

 

 諦めて彼等に首を差し出してくれる気になればこちらも心置きなく策を使えるのだが……さて?


「もう、良い」


「………そうか」


 どうやら諦めてくれたようだ。思ったより物分りが良かったのが驚きだが、そういう事もあるだろう。全てを諦めた心情など、当事者にしか分からぬ。


 もっとも、その諦めの良さをもっと早くに発揮していてくれれば、もう少しばかりマシな状態で終える事が出来たのだが……変に忠義心出して焚き付けた形になる自分が言う言葉でも無いな。


「では、最後の忠義を果たそう、我が王」


 杖を構えて、後方から飛来した暗器を弾く。この手筈、おそらく暗殺部隊の精鋭。結構殺した筈なのだが、精鋭は温存してたのが中々嫌らしい。あと、頭領もずっと俺を警戒して前に出てこないのが嫌らしい。


 流石に真正面からの城攻めでは時間がかかると踏んだか?実際良い判断ではある。成功するかは別にして、だが。


 壁を駆け上がり四方八方から毒塗りの暗器を投げてくる暗殺部隊。ホムンクルスに気付かれず此処まで来たのは見事と言う他無いだろう。

 もっとも、諸事情により手薄にしたのは俺なのでしっかり守っていれば来る事は無かったのだが……差し引いても此方の隙をよく見てらっしゃる。


「ホッホッホ、お仕事ご苦労さん」


 パリンとポーション瓶を地面に叩きつけ、魔術を行使する。すると床に広がったポーション瓶の薬液が急速に蒸発するも、煙となったそれらは自分を中心に発生した薄い魔力の膜に囚われた。


 迫る暗殺者の刃は、俺が展開した魔力の皮膜によって逸らされる。物理的な遠距離攻撃に対しては精々が戦場での矢避け効果程度しか無い皮膜だ。だが、その本質は気化した薬液を纏うように留める事だ。


「後ろか」


 先の暗器の投擲はコチラの視線誘導、本命は真後ろから来る別動隊の暗殺者なのは織り込み済み。いきなり我が王を狙って来ないあたり、捉えて公開処刑なりを行いたいと見える。


 それは結構、だが俺を侮りすぎだ。


 コチラの皮膜……気化した薬液の範囲に入った瞬間、その暗殺者はバランスを崩して地面に落ちた。同時に苦しみ、もがき、穴という穴から血を吹き出し絶命する。


 暗殺者5人にわずかに走る動揺。


「耐性がある相手でも相応に通る、研究通りの結果だな」


 とはいえ、もう少し毒性の調整が必要だ。ジリジリと自らの体も毒に蝕まれているのが分かる。これが最期と張り切って危険な試作品の実戦投入をしてみたが……慣れぬ事等しない方が良い。 


「どうした?もう来ないのか?」


 軽く挑発すると、今度は数枚の紙を千切り魔術を行使する暗殺者達。俺が開発した使い捨ての魔術紙。中位ぐらいまでの魔術なら事前に符に込めて即時発動可能な便利アイテム。後先考えぬ釣瓶撃ちのように暗殺者達の魔術が殺到するも、その全ては魔力の皮膜を貫通し気化した薬液に触れると霧散した。


「さて、投擲も魔術も接近もダメと来た。そして次は私の番だ」


 先程受けた魔術で活性化した気化薬液を吸い込むと、そのまま雑に魔術を放つ。中位の炎の魔術を無詠唱で使用した程度だが、前方に居た暗殺者3人とその背後の壁が一瞬で溶解する。

 先程受けた魔術分の魔力を回収して一発に込めた訳だが、これは中々な威力である。もっとも、実戦で使うのは推奨されないようだが。


「毒性を上げれば魔力吸収率が上がり、毒性を下げればそれが下がる。多少の毒性なら耐えればと思ったが、これはダメだな」


 軽く咳き込み、血を吐き出す。魔力吸引の際の毒素で少し内蔵をやったらしい、誰かに使わせる前に自分で実験して良かった。解毒剤を事前に飲んでおいてもこの毒性、元気な人を一瞬で殺すともなればさもありなん。


「残り2人か、手早くすませるとしようか」


 2人居る片方に幻術をかけるが、即解除されたので間髪入れずにかける。解除、幻術、解除、幻術、解除、幻術、解除幻術解除幻術解除幻術解除幻術解除幻術。間に現実に近い幻術をしっかり入れておくのがポイントで、僅かに相手の錯乱を狙える。

 たとえば、今もう一人の仲間が幻術解除のサポートに回ったが、その姿を俺が剣を持って刺しに来た姿にしておくと……。


「ガッ!?」


 焦り仲間の首を跳ねる暗殺者。跳ねられた首を幻術で俺の首にしておくと数秒間彼にとっての幻術と現実の認識が入れ替わる。こんなに高速で幻術をかけられた事も解除した事も無い為どう対処すれば良いか分かっていないと見える。現実に気づくのに時間がかかる筈なので、気づく前に炎の魔術を当てて焼き殺して終了。お仕事お疲れ様である。


「お、おい」


 何かを言おうとする王の言葉を手で止めて、大げさに振り返り一礼をする。事前の仕込みも入念に行った上で精々成功率3割ぐらいの策だが、足りない所は我が弟子が上手くやってくれるとは思う。


「では我が王よ、最後の奉公だ。上手く行けば貴方の首は繋がるだろう」


 そう言って、俺は


 俺の落ちる首を慌てて拾おうとする王だったが……残念わずかに距離が足りない。

 ゴロリと地面を転がると、溶けた城の壁から此方をこっそり覗く我が弟子の影が見えた。後は彼女が上手くやってくれるだろう。


 ではサヨナラだ、我が王よ。次があるなら、もっと上手にやりなさい。私も次は上手にやるから。

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