第50話 なっ、何がどうなっているんだ

<八重橋元気(やえばし げんき)視点>


 西宮陽(にしみや よう)。想像以上だ!世界の頂点を極めたこの俺が、まだ学ぶべきことがあるとは驚きだ。ヤツはボクシングが野蛮な殴り合いではないことを、みんなに感じさせている。すげえー!楽しい。何度も試合をしてきて、こんな気持ちになったのは初めてだ。


「ありがとな」


 俺は第2ラウンド終了の別れ際に西宮陽に告げた。


「いえ、こちらこそ」


 西宮陽はサラリと答える。


「次は最終ラウンドだ。最後まで付き合ってもらう」


 西宮陽がうなづくのを見て、俺は自分のコーナーに戻った。筋肉が熱を発している。戦っている時は気にならなかったが、全身に疲労がたまってきている。タイトル戦で12ラウンド戦った後の様だ。


「八重橋元気(やえばし げんき)先輩!どうぞ」


「・・・?」


 西宮陽の妹、敵のセコンドが何故、俺に水を差しだす?面白い娘(こ)だ。毒でも入っているんじゃないか。


「チャンピオン、カッコイイからあげる。あっ、毒とか入ってないから。月(ボク)、西宮月(にしみや つき)と言います」


 そんなキラキラした瞳で、上目遣いに見上げられたら受け取らないわけにもいかないか。ド、ストライクだし。


「オッ、オッス」


 俺は彼女の手からペットボトルを受け取ってキャップをひねった。プシッっと言う開封音が心地いい。一口飲んで返した。


「あんな楽しそうな兄貴、久しぶり。元気先輩も楽しんでくださいね」


「あぁ。もう楽しんでいる。次は最終ラウンドだ。思いっきりいかせてもらう」


「兄貴を本気にさせてくれて、あんがとです。先輩も素敵です」


 いいのか?キミの兄貴をぶっ倒そうとしているんだぞ。意味がわからん。


 カーン。


 最終ラウンド開始のゴングが鳴る。俺は西宮陽に向かって駆け出した。直ぐに、グローブとグローブを交える激しいバトルが再開される。ジャブからストレートへのコンビネーションパンチ。


 バシッ、ドスッ。ビシッ、バスッ。ビュン、ピシッ!


 今だ!俺は右手の筋肉にためた力を一気に開放して、必殺のパンチをはなった。腕がビュンと伸びてパンチは西宮陽のヘッドギアに吸い込まれていく。


 バーン!


 激しい音が会場にこだました。拳に手応えを感じると共に、右ほほに西宮陽のグローブが食い込んでいた。二人の体か中を舞う。相打ちか。


「陽くん!」


 薄れいく意識の中で、俺は女神の声を聞いた。






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「先輩、元気先輩!大丈夫ですか」


 ゆっくりと目を開く。


「おふっ」


 リングに倒れた俺の目の前に西宮月の顔があった。・・・?夢でも見ているのか。


「キミの兄貴はあっちなんだけど」


「兄貴は別に介抱する人がいるから」


 そうだった。金髪、ブルーアイの彼女が来てたっけ。俺はゆっくりと西宮陽へと顔を向けた。んっ?黒髪ストレートの美少女が西宮陽の頭を膝の上に抱きかかえていた。ってか、彼女は国民的無敵美少女アイドル、佐々木瑞菜(ささき みずな)じゃないか!


『た、大変なことが起きました。私立修学館高校、体育館の特設リングの上に何故か国民的無敵美少女アイドル、佐々木瑞菜さんがいます!愛おしそうに西宮陽くんの頭を抱きかかえています』


 JNH放送の吾妻(あずま)アナウンサーが興奮して叫んだ。


「陽くん!起きて。起きないとこうしちゃいますよ」


 ギャラリーやテレビカメラの目の前で、佐々木瑞菜が西宮陽の唇に自分の唇を重ねた。


 佐々木瑞菜と西宮陽。誰もが二人に注目する。息を飲む光景。長い沈黙の後、会場全体から悲鳴とも怒号ともとれる声が湧き起こる。


「なっ、何がどうなっているんだ」

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