第5話 嘘だろ。無敵美少女が玄関の前に!
<西宮陽(にしみや よう)視点>
僕こと西宮陽(にしみや よう)は、夕食の支度でてんてこまいだ。今日のメニューは手作りのデミグラソースで煮込んだハンバーグ。母が父と共にフランスに行ってからもう一年以上経っている。エプロン姿も板についてきた。今では、自分なりにひと手間加えて工夫をする余裕すらある。
スプーンでデミグラソースをすくって口をつけずに吸い取る。
ズズッ。
香りが口から鼻を抜けて広がる。うん。いい感じに煮込めている。納得のいくできばえだ。
妹の西宮月(にしみや つき)はソファーに座ってテレビの特番に釘づけだ。まあ、仕方がない。彼女の憧れの無敵美少女アイドルが登場しているのだ。僕は仕方なく、一人でダイニングテーブルに食器を並べだした。
「あっ!兄貴。この風景、見おぼえがない?」
妹が突然、大声をはり上げる。彼女がテレビに出ているといつもそうだ。近所迷惑、極まりない。
「ごめん。今、手が離せないんだけど」
僕は、今まさにお手製のハンバーグをお皿に盛り付けようとしていた。コロンとした肉の塊が湯気を放っている。冷静に状況を説明する。
「見てみて。絶対、おうちの前だよ!」
「えっ?」
『これより、佐々木瑞菜(ささき みずな)さんにラブレターをくれた少年、ピーピーピーの家に突入します。もちろんアポなしです。彼の驚く顔が楽しみですね。今の気持ちはどうですか?』
少年の名前の所だけブザー音でかき消してある。吾妻(あずま)アナウンサーが佐々木瑞菜にマイクを向ける。
『初めて生番組のステージに立った時より緊張しますね。ドキドキです』
彼女は胸に手をあてて深呼吸を繰り返している。無敵美少女らしくない緊張ぶりが初々しくてかわいい。CMや映画で観る凛とした姿とは一味違って親近感が持てる。彼女に見惚れて妹の言ったことに気が回っていなかった。
『あっ、一応、未成年ですしプライバシーの問題もありますので、個人を特定できないようにモザイク処理はさせていただいております』
確かに玄関周辺や住所の書かれた電柱などには、モザイクがかかっているが明らかにいつも見慣れた自宅前の光景だ。
『それでは、佐々木瑞菜さん。呼び鈴を押してください』
ピンポーン。
『ピンポーン』
「えぇー。なんで!」
家の呼び鈴と、テレビの中の呼び鈴が同時に鳴った。驚きのあまり、心臓が口から飛び出るかと思った。
「兄貴、ごめん。兄貴の名前でラブレターを送ったの・・・」
妹がいつの間に回り込んだのか、僕の後ろに隠れるようにしてエプロンのひもをつまんでいる。妹の声は今にも消えてしまうくらい小さくなっていく。
「嘘だろ。無敵美少女が玄関の前に」
ピンポーン。
『ピンポーン』
生音とテレビ音声の二つが、再び同時に家の中に響き渡った。どうやら間違いないらしい。
僕は、エプロンをひもをつかんで電車ごっこのように後ろについてくる妹を引き連れて玄関へと向かった。
『おかしいですね。家の中に明かりがともっているので、いないはずがないのですが』
リビングのテレビが後ろから告げる。
僕が玄関のロックを外した瞬間、扉が勝手に開かれた。テレビ局のカメラマンと吾妻アナウンサーがなだれ込んでくる。
「JNH放送の吾妻です。佐々木瑞菜さんにラブレターを送ったのはキミですね!」
吾妻アナウンサーがマイクを向けてくる。玄関先には国民的無敵美少女が白いワンピース姿で立っていた。僕が妹の代わりに書いたラブレターの白い便せんを胸に抱えて。
「こんばんは。佐々木瑞菜です。西宮陽さんですか?」
妹の月がもぞもぞと腰のあたりをつつく。僕の耳元で小声てささやいた。
「お願い。兄貴」
妹は緊張と興奮で今にも泣き出しそうな顔をしている。僕は観念して佐々木瑞菜に答えた。
「あっ。はい。西宮陽です」
『あっ。はい。ピーピーピーです』
奥のテレビからブザー音交じりの間抜けな音声が家の中にこだました。
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