長いまばたき

拝師ねる

第1話 雪の通学路

 ざくざくと雪を踏みしめ、私は歩く。ぐるぐる巻きにしたマフラーは顔の三分の一を覆い隠し、コートの下にはカイロが散りばめられている。

 この町の冬は、少し寒い。大阪で生まれ育った私には、雪のある日常は新鮮だった。降り積もる雪は色あせた道路を覆い隠してくれる。朝はキラキラと眩しく、夜はしんと静けさを演出する。

 すでに踏みならされた歩道の雪は、滑りそうで怖く、なかなか前に進まない。何人に追い越されただろうか。同じクラスの子たちもチラホラといた。駅から学校までの道のりは、普通に歩いても十五分はかかる。しかも緩い上り坂。

 少し汗ばんできた私はマフラーから口を出し、キンと冷えた空気を思いっきり吸い込む。下を向いて歩いてきた私の、背筋がしゃんと伸びる。また雪が降ってきた。ぼてっと大きいその雪は、手のひらに落ちてもすぐに消えず、ゆっくりと溶けていく。

 歩道の両サイドに分けられた雪はなかなか溶けない。太陽の光で暖められた雪が凍るとカチカチになる。ときおり、その雪の塊を蹴ってみるけれど、もちろんびくともしない。

 歩いていると、多くの家が雪かきをしている。私のお父さん、お母さんよりももっと年上に見える人たちが慣れた手つきで雪をかいている。少しでも雪かきをしておかないと、家の前はすぐに歩道の両サイドみたいになってしまう。

 とある家のカーポートの横に雪だるまが三つ並んでいた。子どもたちが夢中で作ったのだろう。雪だるまの表情にその様子が表れている。

 私の住んでいたところでは、雪は数年に一度くらいしか積もらない。子どもの頃は、その珍しい光景に胸が躍ったものだ。雪が日常になろうとは、思ってもみなかった。

 いつからか私は、学校が少し息苦しくなってしまった。おそらく誰にでもそんなことはあるのだろうと思う。そんな些細な感情の累積。私はきっと少しの雪かきが苦手だっただけ。学校に行けなくなり、両親を困らせてしまった。他にもいろいろあるのだろうけれど、それが、今私がこの道を歩いている理由。

 小さな花壇に降り積もったまだ柔らかい雪。それを手ですくってみる。ふわふわと優しい軽さで、冷たいけれど心地いい。それをぎゅっと握り、青空へ軽く放ってみる。はらはらと雪はほどけ、日常に溶け込んでいった。

 ざくざくと雪を踏みしめ、私は歩く。校門の前で一度立ち止まり、大きく深呼吸をする。朝の学校の空気は、希望と不安が気だるさにほんの少し混ざったいつもの日常。

「おはよう」

「今日のテストだるいね」

 そして私は今日を歩く。

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