回想⑫ ~謝罪~
◇
結衣さんはあれから病院で検査して何事も異常なく学校に復帰したよ。彼女は学年問わず生徒の相談に優しく乗っていたから、教室に入ってきた途端クラスメイトからはすごく心配されていた。
そして彼女はいつもどおり日常であるカースト上位グループに戻って、光輝達も笑顔でそれを受け入れていたけど……そこに僕はいない。
僕はそれを静かに。息を潜めるように。もう二度と届かない光景を眺めていた。
……うん。彼女もたぶん、僕が無視されている空気は感じ取っていたと思う。でも結衣さん自身何も言わなかったし、僕の方を向くことはあっても話しかけることはなかったよ。そっと目を伏せながら、まるで視界に入れたくない感じかな。
勲のときはまだ寂しさはあったけど、もうそのときには何も感じなかった。
『ほら来人、相手の家に伺うぞ』
『……うん』
結衣さんが退院した数日後の土曜日。僕は仕事で予定を合わせられなかった両親の代わりにねーちゃんと一緒にお見舞いの品を持って午前中に結衣さんの自宅へ向かったんだ。
軽傷だったとはいえ、僕が結衣さんに怪我をさせてしまった原因には変わりないからね。
結衣さんの自宅に到着して、チャイムを鳴らすと彼女のお母さんが出てリビングまで通して貰ったよ。
『改めまして、このたびは私の弟が娘さんに怪我をさせてしまった事を謝罪しに参りました。申し訳ございませんでした』
『申し訳、ありませんでした……』
『頭を上げて下さい。病院で詳しい検査もして貰いましたが、結衣は奇跡的に軽傷で済んだのですから』
結衣さんのお母さんはとても穏やかで温厚な人だった。正直ぶたれるのを覚悟していたけどそんなことは無くて、大らかに僕の謝罪を受け入れてくれた。結衣さんからはシングルマザーと聞いていたけど、優しくも折れない芯を持ったしっかりとした眼差しをしていたよ。
彼女は結衣さんがいるであろう二階の部屋の方へ視線を向けながら言葉を続けた。
『今日、結衣には阿久津さんたちがいらっしゃることを事前に伝えたのですが……顔を見せたくないと言っていました』
『…………』
『先生方から今回の事情を伺った上で、入院中にそうなった経緯を結衣に訊いたりもしたのですが……何故か頑なに口を開こうとしません』
『……すべて僕のせいです。あんな危ない所で、揉み合いなんてするべきじゃなかったんです』
『―――。来人君、貴方はとても強いですね。……すべてを自分の責任にして、結衣と同じように話すつもりは無いのでしょう?』
『………』
『ですが、そのままではいずれ……』
言葉を続けようとした結衣さんのお母さんだったけど、残念ながら続きは訊けなかったんだ。玄関の扉の開閉する音が聞こえると、すぐにばたばたと廊下を歩く音を響かせながら女の子が顔を覗かせたから。
その子は、結衣さんの双子の妹の
『ママ? 誰かお客さんが来て……っ!?』
『おかえり今宵、今日は結衣のことで阿久津さんたちが来てらっしゃるの』
『このたびは、結衣さんに大変迷惑を掛けてしまいました……。今宵さん、申し訳ありませんでした……!』
『……っ! ……別に。ら……っ、貴方が謝る必要なんてないよ。―――おねぇちゃんはきっと、
『今宵、いきなり何を言って……!?』
お母さんが驚いたような声をあげると、今宵さんは綺麗な黒髪を揺らしながら耐えきれないようにこう言い放ったんだ。先程と同じ弱弱しい声音だけど、隠し切れない激情が垣間見えていたな……。
『だって、階段から落ちたのは自業自得でしょ……!? 相談役しながら学校では言いたいことも言えずに周りの顔色見てヘラヘラ笑って、そのくせ家では私にラノベを控えた方が良いとか学校に行けとか……今宵の気持ちを無視して意見を押し付けて、それが駄目だったら自分で勝手にストレス溜めて……! そもそも、いつまでもあんな気持ち悪い仲良しごっこしてるつもりのグループにいたおねぇちゃんが悪いよ』
『今宵、それは言い過ぎよ!』
『おねぇちゃんが階段から落ちるきっかけになった揉み合いだってそう! きっといろんなストレスに耐えきれなくなったおねぇちゃんが彼に酷いことでも言ったんでしょ……!? でなきゃ……っ、……っ!』
『今宵っ! 待ちなさい今宵っ!!』
そう言う今宵さんは自分のことでもないのにどこか必死な……悲壮感が漂っていたよ。最後に僕の方を一瞥すると、そのまま走りながら二階へ続く階段にあがって自分の部屋に行ってしまった。
そのあと結衣さんのお母さんと少しだけ会話して、僕とねーちゃんは改めて謝罪を行なったあと家に帰った。
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