回想⑩ ~喪失~
『結衣さ…………っ!』
『――――――!』
あの時の感覚は今でも覚えている。まるでその一部だけ僕の視界が切り取られたかのようなスローモーションだったよ。
このままじゃ結衣さんが階段から落ちる、と驚いた僕は目を見開きながらすぐに手を伸ばした。彼女も、手を伸ばしていた。
でも僕は、彼女の手を握る瞬間、教室で彼女が言った言葉が頭を過ぎったんだ。
"―――痛い……っ! はな、して……っ!"
痛いと言っていた。離してと言っていた。恐怖や怯えの感情で顔を歪めて、そう僕に必死に訴えていたんだ。
……途端に、触れることに怖くなった。
僕は結衣さんが懸命に伸ばした小さな手を、掴めなかったんだ。
そして、そのまま―――。
『――――――』
『………………!』
僕は呆然としながら結衣さんが勢い良く階段から転落するさまを見降ろしていた。額から血を出して苦痛に満ちた表情で横たわる姿がとてもよく印象に残ってる。
手を伸ばしたまま、僕は何も考えられなかった。途端に体が冷たくなって、視界が揺れて……。身体全体の力が抜けて僕が床に座り込んだその瞬間、隣で喉の奥から洩れ出すような小さな笑い声がした。
『ハハ……ッ!』
『――――――』
紅羽さんは瞳の奥に昏い光を宿しながら口元を歪ませていた。結衣さんが階段から転落したというのに。
僕はそこでようやく理解したんだ。
どうして紅羽さんが僕らを引き剥がそうとするときに僕の方に力を入れていなかったのか。
結衣さんが嫌いだった彼女は、階段とこの状況を利用しようと
その勢いも相まり、頭に強い衝撃を負ったから結衣さんは意識を失っていたんだろうね。
………………。
紅羽さんは僕が見ていることに気が付くと、唇をキュッと結んだ。すぐに大きく息を吸うと、いきなり大声で叫び出したんだ。
『―――キャーーーッ!!! 結衣ッ! 結衣、大丈夫なのっ!?』
『…………!?』
何が何だか分からなかった。階段の下に転落した結衣さんの元へ紅羽さんが急いで駆け寄る姿を、僕はぼうっと見送るしかなかった。
紅羽さんの叫び声が教室まで届いたのか、しばらく経たない内に光輝や勲がやって来た。
『おい来人、さっき紅羽の声が聞こえたがいったいどうし……ッ!』
『結、衣……?』
彼等は僕の方まで近づくと、二人の目線の先には階段の下で頭から血を流しながら横たわっている結衣さんの姿と、その側で心配そうどうすればいいのか分からない
二人もいきなり過ぎて、一体どういう状況なのか把握出来なかったんだろうね。
紅羽さんは光輝達が来たことに気が付いたのか、怯えの感情を滲ませながら声をあげた。
『こ、光輝……っ、勲……っ! 結衣が……っ、結衣が
『『なっ……!?』』
『ウ、ウチは
『――――――』
紅羽さんがそう言い放つと、誰かが座り込んでいた僕の
それは、怒りに表情を歪ませた光輝だった。
『来人テメェ!! テメェのせいで結衣が……っ、結衣がっ!!』
『ぶっ……、がふ……っ!』
『ち、くしょう……っ! お前なんて、お前なんていなければ良かったんだ!! 俺らのグループに居たことが間違いだったんだ!! お前と結衣が出会わなければ、こんな事にはならなかったんだよッ!!!』
『……ッ、……っ! ……っ、…………』
『もうそれ以上、止めろ、光輝』
勲が止めるまで光輝は僕を殴り続けた。結衣さんの手を掴めなかった僕に彼へ抵抗する気になんて、どうしてもなれなかった。
『勲……っ! でも……っ!!』
『……今は、結衣のことが、先だろう』
『…………ッ! クソッ!!』
光輝は僕を突き放すと、僕は床に倒れ込んだ。目だけを動かすと、床に横たわった結衣さんの周りには、いつの間にか他の生徒や教師が集まっていた。
心配な声をあげる多くの生徒や、救急車を呼ぶように同じ先生に大声で伝える教師。
心配そうに大勢に囲まれている結衣さんと、たった一人ぼっちの僕。
何も考えられなかったけど不思議と涙が出て―――僕はそのまま気を失った。
……うん、そうだよ風花さん。これが僕のトラウマの原因。僕が女の子に触れるのが苦手になったきっかけだよ。
その日から、僕には"親友"がいなくなった。
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