回想⑨ ~怒り~






『えーマジぃ? どんなの読んでんだし? 光輝パスー』

『なんか女の子が半裸になってるやつww ほれっ……あっわりぃわりぃ』

『もう光輝ってば投げるのヘター! ……うわぁ、ホントだー。学校にこんなの持ってきてるんだー。あいつ実はヘンタイ?』

『……ッ』

『……』



 光輝と紅羽さんがラノベに対してそういう偏見的な態度をとるのは分かりきっていた。あのときは光輝が嫌いなラノベがきっかけだったけど、一緒に遊ぶ回数が極端に減った僕に対して不満をぶつけられるのならばたぶん何でも良かったんだと思う。それでも、僕が初めて夢中になれた物をはっきりと否定されるのはショックだったな……。


 でも、それ以上にね。



『ほら、結衣も読みなよ』

『でも……!』

『―――なに、読まないの?』

『…………ッ!』



 紅羽さんからラノベを受け取ってパラパラと読んだ結衣さんが、その感想を光輝に訊かれて言い放った言葉がとても悲しかった。



『結衣はどう思うんだ? それを読んでる来人のこと』

『………………き』

『き?』

『―――気持ち悪い、と思う……!』



 そのまま彼女は口角を上げて言葉を続けた。



『こ、こんなのにハマっちゃって、来人くん、どうかしてるよ……。これなんか・・・・・読んでるから、おかしくなっちゃったのかな……はは……』

『! ――――――、………』



 僕は、中学で初めて出来た"親友"のその言葉に呆然としたよ。


 無趣味だった僕が初めて夢中になれるラノベに出逢えて、嬉しそうだねって、良かったねって。明るく言ってくれた言葉は本心じゃない、偽りの言葉だったのかって。


 彼女に本音を打ち明けていたぶん、悲しくて、苦しくて……。―――途端に、怒りが湧いたんだ。


 光輝が『だよなー! そもそもあいつって勉強出来るだけでホントなに話してもつまんねーよな』とか『頭が良いってだけでオレらのグループに入れてやってるのにな』とか言ってるのをよそに僕は思い切り教室の扉を開けた。


 カースト上位グループとか"親友"だとか、もうどうでも良かった。



『…………っ! ら、らいくん……!? どうして……!』

『―――』

『……あっ! ち、ちがうの! これは―――!』

『…………返してよ』



 僕は固まっている光輝達を無視して、ラノベを手にしている結衣さんに歩み寄った。そのとき僕がどんな表情をしていたのかは分からないけど、彼女は目尻に涙を浮かべて恐怖に顔を歪めていたよ。


 きっと、すべての感情が抜け落ちたような顔をしていたのかな。



『返せよ……ッ!!』

『ひっ………!』



 そう言って僕は彼女が持ってるラノベを取り返す為に結衣さんの腕を掴んだんだ。でも、彼女は恐怖で固まったのか全然ラノベを離してくれなくてさ。


 思わず、力を入れちゃったんだ。相手が女の子だということも忘れて。



『―――痛い……っ! はな、して……っ!』

『ぁ……っ』

『……ッ! ちょっとアンタ何やってんのよ!』

『……ッ、ぐ……っ! う、うるさい……! お前ら、人が好きな物を馬鹿にするなよ!!』



 僕は紅羽さんに突き飛ばされて床に転がってね。紅羽さんのそれが結衣さんを思った本心から来る行動なのか、それとも光輝が好きだからこそ・・・・・・・・・・結衣さんを心配するフリをした打算ゆえの行動なのか……。


 前に紅羽さんの言葉を訊いた僕には、それが後者だとはっきりわかったんだ。


 なんだか、ただでさえ狭い世界が色褪いろあせていくように思えてさ。思わず僕らしからぬ大声でそう言ったんだ。


 そしたら結衣さん、すごく動揺しながら後ずさりしたあと、ラノベを持ったまま走って教室から出て行ったんだ。



『…………ッ!』

『結衣さん、待ってよっ!!』

『―――。光輝と勲はここで待ってて。ウチの方がこーゆーの慣れてるから』



 ……はっ。当然だよね。怖い顔で近寄って、いきなり彼女の手首を思いきり掴んで……。結衣さんがびっくりして逃げ出そうとするのも無理はないよ。


 ………………。


 僕はすぐに結衣さんの後を追いかけた。急いで廊下に出ると下へ降りる階段がある曲がり角を走り去る姿が見えた。


 彼女のその姿を全力で追いかけて……追い付いて。結衣さんの腕を掴んだのは廊下の踊り場のスペースだった。

 ちょうど、一階に続く階段の手前辺り。



『待ってってば!!』

『らいくんごめんなさい……! 悪気はなかったのぉ……っ! あんなの、そう言うしかないじゃないっ! だからやめてっ! 痛くしないでぇ……っ!!』

『良いからっ、それはやく返してよ……っ!』

『追い付いたしっ。まず二人とも落ち着きなっての!』



 とても力を入れているのか、僕が結衣さんの手に持つラノベを取り返そうとしても彼女は全く離してくれなくて膠着状態こうちゃくじょうたいが続いた。


 途中から紅羽さんが僕らの手を掴みながら引き離そうとしてるんだけど、何故か僕の方にはあんまり力が入っていなくてね。

 ……今思えば、あんな危ない所で揉み合いなんてしなきゃ良かったんだ。


 そんな簡単な危機管理すらも薄れるなか揉み合いを続けて、何度言っても手を離してくれない結衣さんにいいかげん我慢の限界が来ていた僕は、彼女に酷いことを言ってしまった。



『"ライトノベルそれ"はどんな物よりも……っ、キミらとの関係や今まで積み重ねてきた時間モノよりもずっと大事な物なんだよっ!! ―――僕の大切な思い出を汚・・・・・・・・・・すな・・っ!!』

『…………ぁ』



 ラノベを否定するということは、僕が初めて夢中になれた物や図書館で過ごした宝条さんとの思い出を否定されることと同じような気がした。


 光輝達は僕が行なっていた図書館での交流を知らない。でもラノベがきっかけで出逢えた宝条さんの……あの最初の優しい笑みを思い浮かべると、どうしても耐えられなかった。

 

 するとね、結衣さんは小さな声を洩らすとふとした瞬間に力が緩んだんだ。



 そしたらね。






 バランスを崩した結衣さんの身体が、下に続く階段へ背中から倒れ込んだんだ。



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