第62話 陰キャな僕は天使と手を結ぶ




 何故か謝罪の言葉を口にした彼女。繋がれた手から顔へばっと視線を上げると、風花さんは目尻に涙を浮かばせながら僕を真っ直ぐに見つめていた。



「なん、で……風花さんが……?」

「もう、大丈夫だからぁ……っ!」



 "謝るの?"と口にしようとするが、風花さんがそれを遮る。ゆるふわな雰囲気が特徴な風花さんには珍しく、彼女らしくない感情的な口調だった。

 僕は思わずいぶかしげな表情になりながらも、自分の意思に反して口角が僅かに上がる。


 僕のさっき語った内容は、他の人から見れば所詮は夢の中の話だ。とりとめのない、具体的なことは一つも言っていない話なんだよ。


 どうして……風花さんはそんなくだらない夢物語を笑わず、あまつさえ泣いているの? ……なんで、内容も分からない筈なのに、そんなに本気で心配したような瞳で僕をしっかり見つめるの?

 ……同情? それとも優しいから? ……いや、ただそれだけでは風花さんが涙を浮かべるような感情的になる理由にはならないと思う。


 わからない。わからない。わからない。風花さんには、笑顔が一番似合うのに……! なんで、そんな色んな感情で、真剣な目で見てくるの?


 視界が揺れる。風花さんの予想外の反応に固まっていると、風花さんの生唾を飲み込む音が聞こえた。そして、少しだけうつむいて逡巡しゅんじゅん


 大きく深呼吸した後、やがて彼女は言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。



「っ、大丈夫、だからねぇ……!」

「……っ、?」

「来人くんはぁ、もう一人じゃないからぁ……っ!」

「…………っ!」



 風花さんはそう言い放つと、さらに握った手に力を籠める。まるでそれは、迷子にならないよう掴んだ手をもう二度と離すまいとする、どこかぬくもりがあふれたものだった。


 その彼女の吐き出す言葉が、本音だと分かる僕への思いが。違和感なくスッと僕の身体にじわりと染み渡る。



 ―――あれ? なんだかこの感じ……懐かしい感じがする。……あぁ、そっか。ダメだなぁ……。今日夢に出てきたからか、どうも風花さんとあの娘がかぶる・・・



 不思議と、僕の力んでいた肩の力が抜けた。きっと今、僕は呆けたような間抜けな表情を風花さんへと晒しているのだろう。

 次第に視界が鮮明になり、焦点が合ってくる。


 僕の目の前には、僕の身のことを本気で想ってくれる風花さんがいた。僕を泥沼へ引きこもうと舌なめずりをする『負の感情』など、いつの間にか消え去っていた。


 僕は表情を崩しながら目を閉じ、息を吐くように言葉を紡ぐ。



「本当に、さぁ……」

「…………?」



(……いったい、キミは何度僕を僕を助けてくれるのだろうね)



 夢のせいで臆病風に吹かれていた僕だけど、今度はしっかりと風花さんを見つめる。


 やっぱり風花さんは優しく、とてもいい子だ。……正直、シミュレーションに協力させてもらっている僕にはすごく勿体無い女の子だよ。


 なにより僕としっかり向き合ってくれて、心の奥底をじわりと揺さぶる言葉をくれた。

 本当に、あったかい。



(だからこそ……もう少し、時間が欲しい。僕が風花さんの誠意に応える為にも、風花さんとの時間を大切にしたい……!)



 進むのが早いのか、遅いのか……その時間がいつ満たされるのかは分からない。でも、風花さんの気を使わせてしまった、あの出来事を言えるだけの覚悟が出来るまで……!



「ありがとう、風花さん。もう少しだけ、待っててくれると嬉しいな……!」

「うん…うん……っ、待ってる……!!」



 僕を案じてくれていた風花さんは、僕の言葉の返事をしながら制服の袖を持ち上げてごしごしと目元を拭う。やがて口を引き結ぶと、にへらっと笑った。


 ……うんっ! やっぱり風花さんは笑っている方が可愛いよ!!


 なんとかいつもの調子に戻ろうと気分を切り替えている僕。ふと、ずっと立ち止まりながら風花さんの手を握っていたことに気が付く。


 さっきあんなことがあったので離すタイミングを失ってしまったのだろう。なんだか気恥ずかしかったけど、僕はやんわりと風花さんに話しかける。



「ふ、風花さん……? さすがに恥ずかしくなってきたから手を離してくれると嬉しいなー、なんて……!」

「………………」

「お、おーい、風花さーん……?」



 僕が風花さんにおそるおそる呼び掛けても反応が無く、表情を変えずに僕を見つめたまま動かない。


 ?? ????? ??????????


 えーっと……、じゃ、じゃあ僕から離そ……ってあれ!? なんかさらに力込めてない!? いくら風花さんが天使でも暴力行為は反対です! ……あれ、これって暴力行為(思案顔)?


 少しずつ増してきた風花さんの握力に内心慌てていると、彼女は明るい様子で僕の手を繋いだまま歩き出した。


 突然の風花さんの行動にびっくりしつつ彼女に視線を向ける。風花さんもまた、にゅふりと唇を曲げながら僕の方を見ていた。



「今日はこのままぁ、手を繋いで学校までいこぉ?」

「うぇ……!? ちょっ、それは……!」

「えへへぇ、拒否権はありませぇーんっ!!」



 あああ、僕が異性に触れるのが苦手だから風花さんから繋いでくれてるんだろうけど、僕らの他に登校してる生徒らにこれを見られるのは恥ずかしいよぉ……っ!!



 神よ、これが試練なのですか……っ!




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