第36話 天使との図書館勉強会 3 



「………………」

「………………」



 シャーペンの文字を写すカリカリとした音が耳朶に響く。



 はい、その後も『お勉強の時間だ(二回目)!』と意気込んで僕と風花さんは夏季期末テストに向けて互いに分からない所を確認し合って勉強しようとしたんだけど、僕らって思えば入試学年一位と二位なんだよねぇ……。


 持参した課題や各科目の教科書を広げながらその内容をルーズリーフに書き写したりして、風花さんにどこか不明な箇所はあるかどうか聞いてみたんだけど、「うーん、今のところは無いかなぁ……。あったら聞くねぇ?」って言ったっきり、にへらっとしながらも真剣な瞳で勉強に取り組んでいた。


 でもどこかその表情に先程のむぅっとした感情の色が所々垣間かいま見えた。その原因に思い至ることが出来ず、少しだけもやもやしながら僕はシャーペンを走らせる。


 ―――はい、結局僕らは黙々もくもくと勉強してました。


 い、いや……別に『ここ分からないんだぁ(上目遣い)、来人くん教えて(うるうる)?』『あぁ、もちろん良いよ(イケボ)。どこが分からないんだい風花さん (キリッ)?』、瞬時に問題を解いて丁寧に教えた後『わぁ、来人くんあったま良いぃ……(ぽっ)!』『分からない所があったらどんどん頼って、何時でも教えるから……!』とか学園恋愛ラノベにあったような展開を想像してたわけじゃあないよ? ……本当だよ(目を逸らしながら)?



 少しだけ整理しよう。そもそも図書館での勉強会を僕が提案したのは、高校の図書室で僕らが一緒に勉強する姿を他の生徒に見られるのはなんかあのファンキーゴリラな姉の糧になりそうで嫌だったからなんだよね。


 ……あれ、そういえばなんで風花さんは勉強会を提案してきたのかな? 僕らは自分で言うのもなんだけど成績も良いし、自宅で勉強した方が集中できて効率的に覚えることが出来ると思うんだけど。



(もしかして、僕と一緒に…………? いやいやいや!!)



 一瞬だけ心の中で言葉にしようとした僕だったけど、すぐにその考えを振り払う。


 あぁまただくそぅ、やっぱり待ち時間の間にデートの概念を考えていたから頭の隅にあった煩悩が抜け切れていないのかっ?

 きっとおちゃめだけど真面目で天使な風花さんのことだから、純粋に勉強会というシミュレーションを行なおうとしていたに違いない!


 内心そんなことを考えながら表面上では真面目に問題を解いていく。もちろん煩悩を抱えた反省として、たまにシャーペンの先端を手の甲にぶすぶす刺すことも忘れない。


 地味に痛いけど我慢!!



(集中するんだ阿久津来人! 甘美な煩悩にうわついてしまうなど紳士としてお前に価値などな……あ、早速間違えた。消しゴム消しゴムっと。……ととっ! ふぅ、危ない危ない。そろそろ新しいの買わないとなぁ)



 直径二センチにも満たない黒色の消しゴムを床に落としかけながらほっとする。


 やがてくぅ、と可愛いお腹の音を耳が拾う。僕は音の発生源である目の前にいる風花さんをちらりと確認すると、彼女は顔を真っ赤にしながら俯いていた。


 時計を確認すると、ちょうどお昼時だったということもあり僕らはカフェに行き昼食を摂ることにした。

 僕らは互いにアイスティーを注文しつつ風花さんはカマンベールチーズとトマトと生ハムのバゲットサンド、僕はBLTサンドを注文すると大して時間も掛からずに店員さんが持ってきた。


 始めはお腹の音が鳴った恥ずかしさからか視線を合わせずおずおずとした会話だったけど、バゲットサンドを頬張ると表情が和らいだようにいつもの調子を取り戻した風花さん。

 表情もむぅっとしてなくて僕も一安心だよ。


 そうしてラノベの展開の話や風花さん自身のお話を聞きながら僕らはお腹を満たしたのだった。


 風花さんがはむはむと小動物のようにバゲッドを頬張る姿はとても可愛かった……と、現場の来人さんは報告するよ!







 そして午後の勉強会に突入。同じ席に着いた僕と風花さんはそのまま午前中と同様に黙々と勉強、一時間ほど経過したのだった。


 授業の課題が全て終わり、期末テスト範囲の復習もほぼ完了した僕は、集中して勉強したせいで凝り固まった体をほぐす為に手首を組んで腕を頭上に伸ばす。


 爽☆快☆感! チョーキモチイイッ!!


 その気持ち良さと天使への憂いが無くなったことに表情を緩めていると、目の前に座る風花さんは机の上に広げたノートに声をあげながら顔とともに体を突っ伏す。

 そして次の言葉を力無く呟いたのだった。



「うにゅー、なんだか眠くなってきちゃったぁ……!」

「あはは、確かにご飯を食べた後の勉強ってどうしても眠気が勝っちゃうよね。あ、アメ食べる?」

「食べるぅ……ありがとぉ来人くん。あまぁ……!」



 この『まなびホール』は私語厳禁というわけではないけど、僕らは迷惑を掛けないように小声で話す。


 眠たげな表情になっている風花さんに、僕は対策として持っていた様々な味のアメの中からレモン味のアメを渡すと風花さんはゆったりした動きで口の中に含む。直後に蕩けるような笑みを浮かべた。

 直後、身体を何故かぴくっと反応させる風花さん。どうしたの?


 でも、おぉ……高校では基本ふわふわしてる雰囲気を纏っている風花さんだけど、高校ではまったく見せないだらけた姿を今現在見せてる。……これはもしや、僕に気を許してくれている証なのかな?


 だとしたらすっっっごく嬉しいんだけど!!!


 僕はそんなぐだってる風花さんの姿を見ながらリンゴ味のアメを口に入れる。うん、あまい。



「来人くんはお勉強進んでるぅ? どこか分からないところとかあったぁ?」

「ううん、大丈夫だったよ。勉強に集中できたおかげで週末の課題も全部終わったし、幸いテスト範囲も広くなくて十分理解できる範疇だったからね」

「そっかぁ、さっすが来人くんだねぇ……! 私の方は午前中から数学の課題を取り組んだおかげで課題は全部終わってぇ、テストに出る教科書の範囲の復習をしてたんだけどぉ、もう覚えるのが大変でさぁ……」

「それね。よく文章や公式の意味を理解して答えを導く方がただ暗記するよりも良いって言うんだけど、結局その意味も暗記することが前提条件なんだよねぇ……」



 わかる(圧倒的同意)。


 僕らはまだ高校一年生だから学習する範囲は狭いだろうけど、いずれ学年が上がるにつれ範囲の広がりに比例して学習内容の難易度もどんどん上がってくるだろう。

 今でも高校の勉強に少しだけ大変さを感じるのに、さらに覚えなきゃいけない要素が増えていくのかぁと思わず僕は辟易する。


 ……あ、念のために言っておくけど僕は別に授業内容をちゃんと聞いたり、単語や文章、その意味を覚える為に予習、復習することは大変と言えば大変だけど正直ではないよ。

 ラノベやウェブ小説を読んでいる時にたまに誤字脱字を見つけたり、勉強で身に付けた知識で小説への理解を深めたり、後々の物語の展開を予想出来たりするからね! 


 僕は一番恐れているのはね、課題が増えるにつれ勉強時間が長引いてラノベやウェブ小説を読む時間が少なくなってしまうことなんだよ……ッ!


 だってラノベはもう既に僕の血肉だからね? 当然摂取量が減れば後に残るのは骨と魂だけなんだぜ……っ?

 これぞまさに……あぁダメだ僕、きっとずっと勉強して疲れてるんだ。面白いことが浮かばないっ!


 頭の回転のにぶさを感じつつ改めて風花さんに声を掛ける。



「とにかく書いて覚えるなり見て覚えるなり、地道に頑張って覚えながら勉強していくしか方法は無いかもね。ファイトだよ、風花さん!」

「っ……うん! えいえいおー!」



 瞬時にしゃきっと起き上がり小声で可愛くポーズをとった風花さんを見届けると、僕らはまた勉強を再開したのであった。




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