第37話 天使との図書館勉強会(お触りver.) 4




 それからはというもののちょくちょく休憩を挟みつつテスト勉強を行なう僕と風花さん。ルーズリーフに何度も因数分解の計算式とその答えを書き込んでいると、僕はふと口の中でころころと転がしていたアメの感触がいつの間になくなっている事に気付く。


 顔を上げて近くにある時計を見てみると、その針は三時三十分を指示していた。


 再び僕は顔を机に戻すと、数学の過程式を組み立てながら考える。



(図書館が閉まる時間は確か夜の七時だったかな。うん、帰りのバスの時間もあるから、だいたい五時を過ぎた辺りで勉強会を切り上げれば問題なく帰れるね。……あっ、ちがうこうじゃない。ええと、消しゴム……っと!)



 そのように考えていたらまた消しゴムを落としてしまった。着地した瞬間を見ると、どうやら風花さんの方角へと向けて転がったようだ。


 ……そろそろ替え時かな。小さい消しゴムってなんだか愛着が湧いてたからずっと好きで使ってたけど、掴みにくいのと転がりやすいのが難点なんだよねぇ。


 僕は拾う為にかがんで机の下を覗き込もうとするが、その様子に気が付いたであろう風花さんがふわふわと声を掛けて制止する。



「あ、私が拾うからそのままで良いよぉ。ちょっと待っててねぇ……っ!」

「あぁ、ごめん風花さん。手をわずらわせちゃって……」

「だいじょぶだいじょぶぅ……!」



 風花さんは何でもないようにそう言って机の下を覗きこんだり自分の周囲を確認する。


 あぁ、なんて気遣いの出来る可愛い天使なんだろう……! 完全に小さな消しゴムを使っていた僕の自己責任なのに、すぐさま僕が拾おうとする様子を察すると率先して行動……!


 ありがとう……っ、ありがとう風花さん……! こんな僕の為に感無量だよ……っ(大げさ)!


 僕は内心嬉しい涙を流していたが、それにしてもいつまでたっても顔を上げない風花さん。……え、もしかして見つからない?


 すごく小さかったからなぁ……と考えつつ、自分だけ何もしていない罪悪感で思わず風花さんに声を掛ける。



「ふ、風花さん。もしかして探しても見つからない? 僕も一緒にさが―――」

「あったぁ♪」

「ほっ、あったんだ。良かった……! ありがとう」



 目尻を下げながら達成感に満ちた表情を見せた風花さん。


 本当に良かった。危うく目の前の天使にしょんぼりをした表情をさせちゃうところだったよ。僕にとって消しゴムの有無よりも風花さんの方が圧倒的に大事だからさ。


 え、大したことじゃない? ……はっ。にへらっとした笑みを浮かべたいつもの可愛い風花さんを、自分のしたことで悲しませたとあれば責めても責めきれないんだよ僕ぁ!



 ―――だって、風花さんといると楽しいし!



 ………………えっ。


 僕は当たり前のように呟いた思いに戸惑うも、気を取り直すように風花さんに向けて手のひらを差し出す。

 しかし、僕の消しゴムはいつまでたっても手のひらに乗せられることは無い。


 先程の風花さんへの思いを抱いた手前、彼女の表情を直接見るのは恥ずかしかったけど何とか視線を向ける。

 すると、彼女はにへらっとした笑みを浮かべながらも口元はにゅふりと曲がっていた。

 両手は机の下に隠れている。



「………………♪」

「え、えーと……風花さん? ぼ、僕の消しゴム早く返して欲しいなぁ……なんて」

「―――消しゴムどーっちだっ」

「えぇ!?」



 机の下から現れるのは、日に焼けていない真っ白な肌が特徴の二つのグー。突然の風花さんの行動に目を白黒させる僕だけど、視線を上げた先の彼女は僕の瞳を真っ直ぐに射抜いていた。


 まるで僕の心が見透かされたような気がしてどきりとする。


 目の前の天使は説明するように言葉を続ける。



「ふっふっふぅーんっ! ほらぁ、息抜きの単なる消しゴム当てゲームだよぉ。私の右手と左手、どっちに来人くんがさっき落とした落とした消しゴムが入っているでしょーかぁ? 当てたら景品がありまぁす」

「そ、その景品って……?」

「もちろんまだ秘密だよぉ。当ててからのお楽しみぃ!」

「そうなんだ……わかった。じゃあ真剣に当てに行くね……!」



 その"景品"の内容がすごく気になるところだけど、確かにこういった単純なゲームに頭を回転させるのは息抜きとしてありだと思う。

 僕は風花さんに従い、素直に楽しむことにした。


 広げられたノートの上に置かれた二つの握られた手。僕はその小さな手をじっと見つめていると、彼女はあることをささやくように言い放った。



「あとぉ、じっくり触って確かめてみてもいいんだよぉ?」

「え……っ?」

「ほらぁ、前に付き合ってあげるって言ったじゃぁん。女の子に触るぅ、れ・ん・しゅ・う♡」

「た、確かにそうだけど女の子の肌をじかに触るのは思春期の男子高校生にとってはハードルが高いというかなんというか……っ!?」

「でもでもぉ、ニガテを克服しないと将来きっと困ると思うんだけどなぁ……いろいろぉ」

「うっ……!」



 確かに風花さんの言う通りだよ。自分から女の子に触れるのは抵抗があるとはいえ、この臆病さが大人になっても続くのは正直困る。


 万が一、億が一の確率で例えばもし僕に彼女が出来たとして触れ合うことが出来ないのは嫌だし、それが人間関係の亀裂に繋がったら、それは互いにとってとても悲しいことだろうから。


 なかなか決断しきれない僕に風花さんは優しく微笑む。



「えへへぇ、来人くんの手で私の手をさわさわ撫でても良いしぃ、ぎゅっと握って感触を確かめても良いぃ。……ハジメテの練習がこれならぁ、遠慮なくいけるよねぇ?」

身体からだの部位的な意味で言えば確かにハードルは低いけどさ……」

「少しずつでもいいから頑張ってみよぉ?」

「……わかった。でも本当に少しずつ、だからね」

「うんっ」



 そう言って僕は恐る恐る彼女のこぶしに手を伸ばす。慎重に標準を定めると、指先に力を入れて意識を込める。

 そうして風花さんの握りしめられた手にゆっくりと触れた。そしてなぞる。


 指先に肌のすべすべとした感触が伝わる。



「あははぁっ……! くすぐったぁい! 人差し指だけ・・・・・・じゃなくてぇ、もっと両手で包み込むようにして確かめても良いのにぃ……!」

「い、いいの? 大丈夫? 嫌ったりしない?」

「―――大丈夫だよぉ」



 人差し指だけでチャレンジしたチキンな僕。


 怯えるような僕の言葉にどこか一瞬だけ固まった天使だったけど、脱力したように肩を下げながらふと柔らかく笑みを浮かべる。

 その笑みはまるで、不安な気持ちになっている感情を包み込むような安心感を僕に与えていた。



(……ありがとう風花さん。歩幅は短いけど、少しずつ進んでいくね……!)



 そう決心しつつ頷き、風花さんに伸ばしていた手を広げる。緊張感をたたえながらゆっくりと彼女の手に触れたのだった。

 うっわ、手が小さいし女の子らしい柔らかい肌の感触……! うぅ、もし汗ばんていたらごめんねぇ……。


 きめ細やかな肌だということを実感しつつ、並べられた二つの握られた手を比較するようにじっくりと目で観察する。


 僕は両手を使って、風花さんのこぶしを包み込みながら整理するように呟いた。



「この二つの手のふくらみを比較しても変わりはない。ぎゅっと握られているから観察出来る隙間もないし……うーん、運任せで選ぶしかないなぁ」

「~~~ッ! はぁ、はぁ……!」



 このとき、二つの手をじっくりと触りながら見比べて集中していたせいで僕は風花さんの様子に気が付かない。―――集中している僕の顔や彼女の手を包み込んでいる両手をまばたきせずに凝視していることなど。


 どちらかに入っていることから確率的には二分の一。息抜きということだけど僕の異性に触れる練習に付き合って貰っているのでここは真面目に選びたい。


 そうしてしばらく悩んだ僕は意を決して目の前の天使に話しかけた。



 風花さんと向き合うって前に心に誓ったし、お礼とはいえ僕にここまでしてくれる風花さんに応えなきゃ失礼だからだね!

 ……ん? そんなにじぃっとこっちを見つめてどうしたの風花さん? なんだか気になるけど……まぁいっか。



「決まったよ。僕が選ぶのは……って、風花さん?」

「は、はひぃっ……!? 来人くん、ど、どうしたのぉ……!? 決まったぁ?」

「うん、僕が選ぶのは―――こっちの右手だよ」

「なるほどぉ……! ……ファ○ナル○ンサー?」

「フ○イナルア○サー……!」



 僕は風花さんの瞳をじっと見つめる。互いに見つめ合いながら某クイズ番組のような沈黙が五秒ほどその場を支配するけど、その後すぐに彼女は表情を柔らかくした。


 その答えとは―――!


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