第34話 天使との図書館勉強会 1




「………………あついあついあつい、空気も熱い、太陽も熱い。つまり超暑い……っ!」



 はいというわけでやってきました次の日の朝、風花さんとのお勉強会の日。

 夏場ということもあり雲一つも無い晴天だけど見よ、この地球温暖化の原因たる僕らを焼き尽くすが如く照りつける太陽の日差しを。


 ―――あっちぃ目が焼けるぅ!? 目が、目がぁぁぁっ!!!


 と、太陽をしばらく睨み付けていた馬と鹿な僕は両目を押さえるが、現在勉強道具の入ったバッグを持ちながら公園の広場で風花さんと待ち合わせしていた。


 昨日僕が風花さんに図書館で勉強をしようと提案したあと、歩きながら改めて場所や時間を相談・確認。

 結果、図書館で勉強するなら朝の方が涼しいだろうからその時間に公園で待ち合わせをして図書館へと向かおうということになったのだった。

 まぁ朝も暑さは日中時と変わらなかったんですけどね!


 因みに両親や姉は僕が本気のおめかしして休日にどこかへと出掛けるのは珍しいのか、「最近身に疎いあの来人がファッションに気を使いつつ香水を付けてる、だとぉ……っ!?」「明日の天気はスコールかしら」とか「早めに帰って来いよ。……ふぅー・・・スタードプリンが食べたいなぁ」とさんざん言いたい放題。


 ……いや確かにいつもコンビニとか本屋に行くときとかはジャージとか変な模様がプリントアウトされたTシャツとかの家着だけど、今日ぐらいは張り切ってもいいじゃん!! 親は事情とか知らないだろうけどさぁ!!


 あと絶対ねーちゃんは僕がこのあと誰と会うのかわかってるよね。一部の言葉を強調してたし! 

 帰り絶対にカスタードプリン買ってきますっ!!



 と、そんなこんながあって現在に至るというわけである。



「今は八時三十分……集合時間までまだ一時間くらいあるな。……あっ、僕もしかしなくても張り切りすぎた?」



 僕は肌にじわりと汗が浮かぶのを感じつつ、腕時計に目を落としながら呟く。だってさ、よくよく冷静になって考えてみれば女の子とただ勉強する為の待ち合わせで一時間も前から待つような変に殊勝な奴っている? ……いやここにいるんだけどさ。

 そんなのまるで―――、



「はっ……っ! 女の子と二人で外出、これすなわちデートじゃね……っ?」



 ぴしゃん、と天啓を得るが如くそのように声が出た僕だったが、すぐさまその考えを振り払う。



「……いやいや、すぐにそういう考えに結び付けるなよ僕。ただのお勉強会だっての」



 まず最初に提案してきた風花さんに失礼だろっ!


 目的をはき違えるんじゃないよ僕。風花さんと僕は入試で良い点数を取っているのでおそらく今回テストも大丈夫だろうけど、今日は念の為に期末テストへ向けて不安な科目の個所を探して、それが見つかったら二人で答えを考えながら解いていくってことになってる。

 男の子と女の子、二人で、一緒に。


 ………………。



 でもだとしたらデートの定義とはいったい……っ! とモヤモヤしながらしばらく待つこと三十分。まぁ深く考えてもしょうがないかと開き直っていた頃、聞き慣れた可愛らしい間延びした声が聞こえた。



「おぉ~いぃっ、来人くん待ったぁ~?」

「あぁ風花さんっ! 全然待ってな……っ」



 俯いていた顔を上げながら待ち合わせ定番の台詞を言おうとするが、最後まで言葉を紡げず僕は思わず息を呑む。それは何故か。



 ―――普段目にしない、私服を身に纏った一段と可愛らしい天使がいたからだ。



 恰好はこの暑い季節らしく、日に焼けていない肩を晒した水色のオフショルダーなブラウス、足首より少し上程まで長い真っ白なロングスカートを身に纏っており、肩には藍色のトートバッグを下げてレディースのサンダルを履いていた。

 さらにその涼しげな装いをした動いている天使となればもうその可愛さ具合は上限突破。


 綺麗な茶色の髪が揺れ、僕に向かって笑顔で手を振る姿に思わず見惚れる。


 かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいっ。



「いやぁ、一応余裕を持ってきてたのに来人くんの方が早かったかぁ……っ! はぁっ、待ち合わせの場所にもう来人くんがいたからぁ、思わず走ってきちゃったよぉ!」

「かわいい……」

「はぁ、はぁ……えぇ? 何か言ったぁ?」

「……はっ!? 僕はいったい何を!?」

「んぅ……?」



 風花さんはそんな僕の姿を見て不思議そうに首を傾げる。……良かった、風花さんに聞こえなくて。頭の中が風花さんの可愛さで占められて、上手く処理しきれずに咄嗟に口から称賛の言葉が出たから心が籠って無かったよね?


 ごめん風花さん。天使を称えるときはもっと心を込めて言わなくちゃね!



「改めて―――風花さん、すっごく可愛いよ! 涙がでそうなほど似合ってる!」

「えへへぇ……! 来人くんから褒められて嬉しいなぁ!……ってそんなにぃ!?」



 もちろん比喩表現だけど、目の前の天使が可愛すぎて泣けと言われたらすぐに泣けるよ。

 ……あ、走ってきたせいか、なんだかふんわりと風花さんと洗剤の良き甘い匂いがする。


 これはもしや天使との距離が近い者のみが恩恵を受けられるという『天使ノ世界エンジェル・ゾーン』っ……(勝手に僕命名)!

 つまり、走ってきた直後の良き香りを漂わせた風花さんの半径二メートル以内に入っている僕は幸せ者っていうわけだね。


 変態っぽい? あぁ気にしないで、これでも紳士ですから変な真似はしませんよすぅー、はぁーッ!!



「あぁ……っ、制服姿の来人くんもかっこ良かったけどぉ、その爽やか系の私服姿もかっこいいよぉ!……んぅ?」

「あはは……お世辞でも嬉しいよ。……って、どうしたの風花さん?」



 風花さんはまたも首を傾げると、僕の方へと少しずつ顔を近づけた。って近い近い!



「すんすん、すんすん。……もしかして、香水付けてきたのぉ?」

「う、うん。女の子と外出なんて久しぶり・・・・だから、すこーしだけ付けてみたんだけど……も、もしかして苦手だった?」

「…………」

「……洗い流してきますっ」



 にへらっとした笑みを浮かべながら急に無言になった彼女の反応を見た僕。瞬時に広場に設置されている水道の蛇口にダッシュしようと判断する。ごめん風花さん、もしかして匂いがきつかったかな!? 


 僕は彼女へ背を向けて走り出そうとしたが、慌てた様子の風花さんから呼び止められた。



「ちょぉっ……! まぁ、待ってぇ! 違うのぉ、そっち・・・じゃないのぉ! 全然問題ないから大丈夫ぅ!」

「ほんとに……? 気を使って嘘ついてない……?」

「ホントホントぉ! むしろぉ、そのぉ……」



 僕は思わず声を震わせながら風花さんに問い掛ける。気分は涙目で主人を見上げるチワワ(ぷるぷる)。


 風花さんは若干焦ったような表情をしたのち言い淀むと、上目遣いでおずおずと次の言葉を言い放った。



「…………すき、だよぉ?」

「ぐはっ………………!!」



 僕の心にクリティカルヒット!


 風花さん、はにかんだ表情でその言葉は卑怯だよ……! 香水のことってすぐに理解できたから良かったものの、その言葉だけトリミングしたら僕に対して言ってるみたいじゃん……!

 勘違いしないよ僕ぁ。


 僕は胸を押さえながら悶えるも、すぐさま気を取り直して彼女に話し掛けた。



「あ、ありがとう風花さん……! じ、じゃぁ、さっそく図書館にいこっか!」

「うん! れっつごぉ!」



 はぅ………っ(うっとり)。


 癒しによる溜息を心の中で吐きながら、僕は風花さんと一緒に図書館へと向けて歩き出したのだった。




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