第24話 陰キャな僕から天使への贈り物 3




 帰り道、僕と風花さんはラノベの入った袋を持ちながら自宅へと帰路に着いていた。茜色の夕日の光がコンクリートの歩道を照らしながら、緩やかな風が僕の頬を撫でる。

 ふと横に並ぶ風花さんの表情を覗き込むと、とても優しげな感じでいつも以上ににへらっとした笑みを浮かべていた。


 まるで見る者までもとろけてしまいそうな笑みだね。


 その視線は、片手で支えながら肩に掛けているバックとは反対の手元に向けられている。かさりと揺れるその袋の中にはプレゼントとして購入したライトノベルが入っているので、なんだか少しだけ照れくさい。


 でも、風花さんの機嫌がすごく良さそうで本当に安心したよ。正直、ラノベをプレゼントするって言ったときは緊張してたんだ。もし『いらないよこんなのぉ』って満面の笑みでゆったりした声で言われてたら僕は軽く十回は死ねるからね。

 因みに死因は心臓発作によるショック死。


 僕は彼女に気付かれない様にそっと視線を逸らした。………顔赤くなってないよね僕? 夕陽さん仕事してね?


 しばらく歩いていると、風花さんから何気なく声を掛けられる。



「そういえば来人くん、ラノベが好きになったきっかけって何だったのぉ?」

「え、急にどうしたの?」

「いやぁ、来人くんが本に夢中になっちゃうほどのラノベ読書家になった原点はなにかなぁって思ってさぁ」



 唐突な質問に僕は戸惑うけど、風花さんから訊かれたら答えられることは答えないとね。原点、原点かぁ………。

 うん、少しずつ思い出していこう。



「んー、そうだねぇ……きっかけは本当偶然で、中学二年の時の深夜に流れてた異世界系アニメだったかな。まるで引き込まれるような映像美と世界観、グッと心を掴んで逃がさない魅力的なキャラクター、あらゆる感情の機微を繊細に描くことにより、より物語の伏線に繋がる深み………そのすべてが新鮮で、あのとき思わず胸がぎゅっと締め付けられるかのような息苦しさを感じたんだ」

「息苦しさぁ?」

「うん、始めはその正体が分からなかったんだけど、あっという間にアニメは終わってた。時間を忘れるほど夢中になってたんだ。そこで僕は『あぁ、こんなに興奮するほど一つのことに夢中になっていたんだ』ってふと気付いたんだよ」



 風呂上がりにリビングに置いてある冷蔵庫へ飲み物を取りに行った僕は、ソファで寝ている姉が視ていたテレビがそのまま付けっぱなしになっている事に気が付いて消そうとしたんだっけ。


 中学の頃は何も趣味や興味の持てるモノなんて何もなくて、ただただ勉強に注力した。幸いそのおかげかテストでも上位の成績をキープしていたけど、中学のクラスメイトであるグループと一緒にいてなんとか興味の無い話題を合わせて時々ふざけるだけの日々。


 そんな輝きの無い生活にやるせなさを感じている時に、偶然僕の視界に入り込んだものがアニメだったんだ。こう、すごくドキドキした。

 


「普通ならそのままアニメ好きになるんだろうけど……あ、もちろんアニメも好きだよ? でも僕は、その息苦しさの正体を自覚するや否や、そのあとすぐにパソコンで調べたんだ。そしたらそのアニメの原作は、何冊も続刊している人気ライトノベルだってことを知って、そこからはもうずぶずぶはまり出しちゃったんだよ」

「へぇ、好きになるきっかけってやっぱり些細ささいなことから始まるんだねぇ」

「そう、だね………」



 僕は遠くの景色を見ながら息を吐き出すようにして言葉を紡ぐ。


 それがきっかけでラノベに嵌り出したのは確かなんだけど、それから僕がいろいろあって心の底から自信を持って好きになった理由は別にある。


 ……まぁ風花さんにはまったく関係ない事だから、心の中で思うだけにするけどね。そういえば、あの娘・・・は元気にしてるのかなぁ?



 いっか、話を戻すね。


 ライトノベルは種類豊富過ぎてもう"沼"だよ"沼"。あのときの僕は猿のごとく欲求を満たそうと興奮を渇望するライトノベラーだったもん。

 もう文字を読んでないと落ち着かない活字中毒みたいな感じかな?


 ふっ、今は落ち着いた大人の魅力を兼ね備えたインテリ系ライトノベラ―だけどね………っ!


 ごめんなさい調子乗りました(スライディング土下座)。


 内心で風花さんへ土下座しながら地面をペロペロしていたがそれはさておき、気分を切り替える為に若干おどける。



「まぁ、ぼくがラノベに嵌り出したきっかけはそんな感じかな。それで今ではこんなラノベ好きな陰キャの出来上がりだ」

「あははぁ、そんなことないよぉ。でも教えてくれてありがとねぇ。………あぁ! 私の家こっちだから、ここでお別れだねぇ」

「なら自宅の近くまで送るよ。もうそろそろ日も暮れそうだし、女の子一人だと危ないからさ」

「えへへぇ、ホントにすぐ近くの距離にあるから大丈夫だよぉ。来人くんは優しいねぇ。お気持ちだけ受け取るよぉ」

「そっか」



 風花さんは駆け出して丁字路の角で僕の正面に立ち止まると、満面の笑みの華を咲かせながら嬉しそうに話す。


 ラノベが入った黒い袋を風花さんの顔が見えないように僕に向けて掲げると、彼女はその袋の横からひょっこりと顔を出しながらゆったりと元気に言葉を続けた。



「プレゼントありがとぉ! すっごく、とっっても嬉しぃし、これからも大事にするねぇ! 久しぶりの共同作業、楽しかったよぉ!!」

「………ん、共同作業? ふ、風花さん、なにが?」

「―――あ、あぁ~、来人くん気付いてなかったんだぁ……。んー……えへへぇ、なら教えてあーげなぁいっ! それじゃぁ来人くん、また明日ねぇ!」

「う、うんっ! また明日! ………行っちゃったよ」



 一瞬だけ困ったような表情を浮かべた風花さんに僕は少しだけ戸惑うが、彼女はすぐさま表情を一転。風花さんは角を曲がると手を振りながら走り去っていった。


 軽やかな足どりな風花さんの背中を呆然と見遣りつつ、僕は目を瞬かせた。



 ……え? え? ………共同作業ってどういうこと?






 曲がり角で来人くんと別れた私は、自然に顔が緩むのを抑えきれずに呟く。



「もぉ、肝心なところで鈍いんだからなぁ……! 私が欲しいジャンルを伝えてぇ、来人くんが私の為にラノベを選んでくれたってことはぁ………それすなわち共同作業じゃぁん♡」



 多分、お家に帰って少し冷静に考えれば分かることだよぉ? 明日もしかしたらぁ、来人くんからその話題がでるかもねぇ。


 来人くんが私の為に選んでくれたラノベの入った袋の取手をぎゅっと握りしめながら、歩き慣れた道を駆ける。


 本屋さんで私にプレゼントするラノベを真剣に選びながらも、瞳をキラキラとさせていた彼の表情を思い出しながら私は呟いた。



「えへへぇ、やっぱり些細なことなんだよねぇ―――きっかけ・・・・ってぇ……!」



 お家に帰ったらさっそく読もおっとぉ!




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