第14話 天使は頭を撫でる
思わず僕が固まっていると、風花さんはいつもと変わらないおっとりとした口調で話す。
「実は朝からすっごく気になってたんだよねぇ……男の子の髪なんて触ったことないからどんな感触なんだろうってぇ。……ダメぇ?」
「―――いいよ。遠慮なく触って」
しまった、また反射的に返事してしまった! 首をこてんっと傾げた風花さんのこのうるうるとした視線に射抜かれてしまったらもう誰もノーとは言えないよ……。
ともかく僕の耳は正常に機能していて、さっきの風花さんの言葉は幻聴じゃなかったわけだ。
ま、まぁ僕も嫌じゃないし? むしろ風花さんの為になるんだったら役得というか? えぇ決して風花さんの小さな
え、ウチのファンキーゴリラと天使を比べると? ―――ハッ、雲泥の差ですよ(真顔)。
風花さんは若干顔を赤らめながら手を伸ばす。なんだかハァハァしているように見えるけど……うん、気のせいだよねっ。いけないいけない、多分僕の興奮がフィルターとしてそう視覚化されてしまったのだろう。
「じ、じゃぁ触るねぇ……」
「ど、どうぞ………」
僕は風花さんの正面に向き合うと、彼女の手が届きやすいように頭を差し出すような体勢になった。興味津々といったような瞳をしながら、風花さんの白魚のような小さくて細長い指が近づいてくる。
僕は今更ながらこの状況に緊張と同時に恥ずかしさを覚える。徐々に手が近づいてくるということは、彼女の綺麗な小顔の距離も縮まってきているということ。
(顔、赤くなってませんように………っ!)
そう思ったのも束の間、彼女の手が僕の髪を優しく撫でる。
「わぁ、こんな感じなんだぁ……! なんか髪の毛一本一本の質感がかたぁい。つやつやしてるしぃ、撫でやすいねぇ」
「―――」
僕は言葉を失っていた。頭を殴られたような、とか雷が落ちたような、などそんな比喩表現ではこの心にじんわりと広がった心地良さを表すことは出来ない。
考えた瞬間にどれも陳腐な言葉と化すこの温かさは……そう、強いて表現するならば、まるで母親の胎内にいるかのような安心感。
頭の上の風花さんの掌から伝わる人肌特有の落ち着くあったかさが、僕の強張った身体を弛緩させる。頭に残った、あらゆる余計な感情を一気に排する。
―――最っ高だ……! もっとして欲しい……!
「もっとして……」
「ふぇ……っ!?」
僕は瞳を閉じながら何かを呟く。ぼんやりとした頭の中で何を言ったのかは自分でも良く分からないが、おそらく僕の顔は恥ずかしさと高揚感で真っ赤なのだろう。
しかし今の僕にとってそんなことは関係ない。
もっとこの極上の至高を味わっていたい………!
「ら、来人くん………うん、わかったよぉ。来人くんがそう望むならぁ、私も続けるねぇ……!」
「? う、ん……ありがとう、風花さん」
まるで夢心地でとめどない多幸感に身を包まれる僕。
それはともかくなんだか風花さんのゆったりした口調の中に僅かに真剣さが混じっていたような気がしたが、一体なんでだろうか。
………………。
ま、いっかぁ(思考放棄)。僕は一瞬だけ首をもたげた違和感をすぐさま意識の海の底へと放り投げると、この頭頂部からじんわりと広がる幸せを噛みしめる。
『えへへぇ、よしよしぃ』と風花さんの
しばらくそれを繰り返して、今もなお嬉しい充足感を味わっている僕は瞳を閉じながらもふと我に返る。
(あれ、僕最初に風花さんから頭を撫でられた後なんて言ったんだっけ? "
思 い 出 し た。
途端に制服の下の身体に冷や汗がじわっと浮かぶのがわかる。
待って待って待って、ちょっと待って。………僕なに風花さんに調子こいたこと言ってるんだ!? 一瞬だけ現実逃避してしまう僕だが、しかし現にこの天にも昇る素晴らしい感触は続いている……っ。
よ、ようし……目を開けるぞ………っ。
僕は恐る恐る目を開けると、優しい瞳でこちらを見つめながら頭に手を伸ばしている風花さんが真正面にいた。
にへらっとした表情なのだが、この行為に恥じらいがあるのか頬が紅潮している。
「へあぁー………」
「ん゛ッ」
何かに感心したように可愛い声を洩らす風花さん。おそらく心の中で男女の髪質の違いを比較した結果唸る(?)何かがあったのだろう。
そうして僕は
(ありがとう風花さん、そんな無垢な表情向けられて頭なでなではご褒美です)
僕は心の中で合掌する。くっ、僕はもうゆるふわ教の信者になってしまったかもしれないぜ……っ。
「風花さん、やっぱりもうそろそろいいかな……? なんだかすっごい恥ずかしい……」
「………ふぇっ、あ、あぁー……そっかぁ。そぅ、そうだよねぇ! ごめんねぇ、来人くん」
「こちらこそありがとうございます」
「なんで敬語ぉ……?」
少しだけ目を泳がせた風花さんはどこか躊躇するようにゆっくりと僕の頭から手を離す。彼女の頬は、未だ赤い。
小さな手から伝った温度は仄かに僕の頭に残っている。きっと僕の顔も赤いだろう。
正直すごく名残惜しいけど、でも風花さんにこれ以上教室内で公開処刑なんてさせる訳にはいかない。
……僕にとってはご褒美でしたけどねえぇはい(第三の眼をくわっと見開きながら)!!
「で、でもありがとぉ来人くん。とってもこうふ……参考になったよぉ」
「ど、どういたしまして。ほ、ほら! もうすぐで授業が始まるよ!」
「う、うん、またあとでねぇ」
風花さんはいつも通りにへらっとした笑みを浮かべると、いそいそと黒板に向き合った。同時に、先生が教室に入ってくると次の授業が始まる。
ふっ、十五分という時間が過ぎ去るのはあっという間だぜ……。
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