第10話 腹黒天使は動揺する




「えへへぇ、来人くんってばホント可愛かったなぁ~。授業中の後半ずっと顔真っ赤にしちゃってさぁ……!」



 私は教室を出た後、彼とのメモ交換シュミレーションの事を思い出しながら廊下を歩いていた。今の私の表情はきっと緩みきっているんだろうね、廊下にいた生徒が幸せそうに浮かれた様な顔で私を見ている。


 さっきの現代文の授業では中川先生の話題で来人くんと一緒に楽しく話せて良かった。先生の髪が寂しくなっていることを友達が言ってたっていうのは本当だけど、来人くん、半信半疑な目で先生を見てたからなぁ……。まぁ確かに外見はイケメンだからそう簡単には信じられないよね。来人くんはあまり他人に興味が無いみたいだから。……うぅん、持てなくなった、っていう方が正しいかなぁ。


 でも丁度タイミング良く風が吹いて良かったぁ! ……授業中醜態を晒した先生には気の毒だけどねぇ。もし彼があの話題を信じてくれなかったら私ぃ、その友達にすこ~しだけぇ、意地悪・・・しちゃってたかもしれないからさぁ。



 いくら私の中身を知ってる大事な親友でも、大好きな彼が絡むと話は別。それはそれ、これはこれだよね。



 けどそんな懸念はなくなったよ。来人くんは私のこと最高って言ってくれたし、その後も彼のことを色々聞けて嬉しかったから! うん、至福の時間だった! 


 ―――まぁ、ま、まさか自分の姉をゴリラだなんて言うとは思わなかったけどさぁ……。たしか来人くんのお姉さんって、あの才色兼備さいしょくけんび明眸皓歯めいぼうこうし、運動神経抜群で有名な三年生、阿久津あくつ 麗華れいかさんだよねぇ。


 やっぱり自宅と学校では使い分けているのかなぁ。私が凄く羨ましいって思うくらい美人さんだから、疲れちゃうんだろうねぇ。

 

 あと彼は休日は基本的に家で過ごすインドア派かぁ……。うん予想通りだねぇ、想像出来るよぉ!



 と、私が内心でうんうん頷いていると、背後から声が聞こえてきた。その声は、とても慣れ親しんだ声で―――。



「風花っ! お昼食ーべよっ!」

「きゃっ……ってぇ、もぅ、りっちゃん。いきなりはびっくりするよぉ」

「大体あたしと昼食を食べているのに、教室にいなかった風花が悪いわっ。せっかく隣の教室から迎えに来たのに、悲しくなっちゃったわよ」

「あははぁ、ごめぇん。今日お弁当作ってこなかったからぁ、購買でサンドイッチを買おうと思ってぇ」

「付き合うわ。どっか外のベンチで食べましょ」


 

 前に回り込みながら元気な様子で私に話しかけてきたのは三ツ橋みつはし瑠璃るりっていう別クラスの女の子。私のような童顔と違って端正な凛々しい顔立ちをした、いわゆる『クールビューティ』と呼ばれる部類であり、私の中学の頃からの親友だよ。


 因みに唯一学園内で私の中身のことも知っている親しい仲でもある。



 私はりっちゃんと一緒に階段を下りながら購買へと歩いていく。無事にサンドイッチを買った後、私とりっちゃんは外の現地に座りながら昼食を食べ始めた。


 もぐもぐ……あ、そうだぁ。



「そういえばりっちゃん、中川先生のこと教えてくれてありがとうねぇ。おかげで彼から褒められたぁ!」

「うん、褒められる要素が何処にあるのか全く分からないけど、役に立ったようでなによりよ」

「もし来人くんの反応がスベッてたらりっちゃんのことイジメてたぁ」

「本当にありがとう阿久津クン! あと風花はさらっと酷いこと言わないでよっ!!」

「ごめんごめぇん、うそうそぉ」




 「虫、虫の味……足ぃ……っ!」ってなんだかりっちゃんが青褪めたような表情で呟いている。


 あははぁ、冗談だよぉ。さすがにもうりっちゃんに食用昆虫の肉団子とかイナゴの佃煮つくだにを目隠ししてあーんしたりなんてもうしないよぉ。

 ―――でもぉ、美味しいって言いながら食べてたよねぇ? 真実を告げられた時のりっちゃんの顔は傑作だったなぁ。

 もちろんその後すぐに謝ったしぃ、クレープ奢ったじゃぁん?



 そう、りっちゃんはクールな顔してなんでも平気そうに見えるのだけれど虫嫌いなのである。……こういうのを『ギャップ萌え』っていうのかなぁ?


 

「はぁ……それはともかく風花。愛しの彼、阿久津クンとはうまくいってる? 席替えして隣の席になったんでしょ?」

「うん、色んなことお話出来てすっごく楽しいよぉ!」

「へぇ、恋する乙女な顔しちゃって……例えばどんな?」

「えーっと、そうだねぇ……」



 そう言って、私は授業中に行なった来人くんとのシュミレーションであるメモ交換の説明をりっちゃんに話したのち、その詳細を伝えていく。


 来人くんと会話するきっかけ、つまりは"シュミレーション"を考えてくれたのはりっちゃんだ。


 この三か月間、私が学年やクラス内で他の生徒との盤石な信頼関係を築いているあいだ、どう彼に話しかけたら良いのか悩んでいるときにふとりっちゃんが思いつきで発案したんだぁ。

 それを私が来人くんが好きなラノベやウェブ小説のことを絡めた上で、彼との話題作りを考えたわけぇ。


 ふふぅん、我ながら彼との距離を縮める良い考えだと思うよ。どやぁ。



 "恋する気持ちを知りたい"っていうのはあながちウソじゃないんだよぉ? ただぁ、私はもう既にそれを知っててぇ、もっと来人くんとの仲を深めていきたいって考えているだけぇ。今は・・それだけだよぉ。


 ―――『私のことぉ、もっと見て?』


 来人くん、この言葉の意味に気付くかな? 



 私が心の中でポカポカした気分になりながら説明を行なっていく。



「―――ってことがあってねぇ。そういう耐性が無いのかぁ、来人くん顔真っ赤にしてたんだぁ!」

「はいストップ風花、それホントに彼にしたの?」

「うん、そうだけどぉ……」

「痴女か」



 りっちゃんの冷静なツッコミに私はピシリと固まる。そのジトッとした視線を身に受けた私は、いったい隣に座る彼女が何を言っているのか分からなかった。


 んんぅ? ………ちじょ。知女、智女、恥女………痴女ちじょ


 その言葉の意味を改めて理解した瞬間、私は目を見開きながら視線を泳がせて身体を震わせる。


 あ、あわわわわわわわわわわわわぁっっ!!



「どどどぉ、どーしよりっちゃぁん……っ! 私はただぁ、彼がドキドキして少しでも意識して貰えば良いなぁってぇ………!」

「落ち着きなさいよ」

「おおおぉ、お餅付けばいいのぉ……!?」



 夜中に見たウェブ小説に書いてあったよぉ! 意味分からないけどぺったんぺったんすればいいのぉ!?


 確かに私は来人くんのことを気になっていて常に様子を見ていたけど、彼にとって私は最近話してきた存在でしかない。


 どーしよぉ、来人くんと話せるのが嬉しくて先走り過ぎちゃったぁ……。ウソだとしてもいきなりブラの色の話とかぁ、りっちゃんの言う通り"痴女"と認識されてもおかしくないよねぇ!?



 私は口元をあわあわしながらすがるような視線をりっちゃんに向けるけど、彼女はそんな私の心境をよそに溜息を吐いた。



「はぁ………風花って高校ではその見た目、口調、性格から『天使』って呼ばれてるけど実は腹黒で、そのくせに恋愛面となると意外と純粋でめんどうくさい女子よねぇ」



 りっちゃん、その発言は水に流すから対処法プリーズぅ!!



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