第4話 初めての共同作業




 どうも、その後放心状態だったけど夕飯を呼びに来た我が家の暴力的な御姉様クソあねに脳天を力強くグーで叩かれた阿久津あくつ来人らいとだよ。


 あのファンキーゴリラ(姉)のせいで視界に火花が散って悶絶したのは余談です。仕返しに夜中、姉のローファーの中に僕がこつこつ貯めた大量の十円玉の山をぶち込んでやりました。へへっ。



 そして青空晴れ渡る晴天。何故か会話したばかりの風花さんから自撮りが送られてきたのは驚いたけど、現在僕は白亜高校へ向かっていつもの通学路を歩いている途中だ。


 自宅から高校までの距離は結構あるが、僕は自転車に乗らずあえて徒歩で通学している。理由はラノベやウェブ小説の続きの展開を想像するのが大好きだからだ。たまに読書に夢中で夜中まで夜更かししてしまい、次の日家を出るのが遅くなる時もあるが、こういうゆとりある時間を僕は大切にしたい派なのだ。


 だが今僕が考えているのは小説では無く、ある一人のゆるふわ系美少女のことである。



「昨日は色々考えちゃってあまり眠れなかったな……」

「なにを考えてたのぉ?」

「うわっ………ふ、風花さん。びっくりしたぁ……」



 後ろからにょこっといきなり現れたのはクラス内で『天使』と呼ばれている風花さん。思わず歩みを止めると至近距離に彼女がいるためか、なんだかすごく甘くてフローラルな良い匂いが漂ってくる。


 ゆるふわボブな茶髪を揺らしながら彼女はそのままこてんと首を傾げた。



「おはよぅ~、来人くん」

「お、おはよう……って! 風花さん、昨日のあの写真はなんなのさ!」

「……あぁー、あれは私からのこれからよろしくの証だよぉ。どうだったぁ?」

「あ、うっ……そ、それは、か、可愛かったけど………」

「んぅ? きこえなーい」



 歩みを再開すると、猫みたいな瞳を細めながらニヤニヤして風花さんが僕に訊いてくる。近い距離に笑みを浮かべる風花さんがいるせいか、自分の顔がどんどん紅潮していくのがわかった。



「ぐっ、絶対に確信犯でしょ……」

「えへへ~、来人くんだいせいか~いっ。やっぱりあの角度が可愛く撮れる私のべスポジなんだよねぇ。せんきゅせんきゅ~」

「ん゛ッ」



 何この可愛い生き物。隣にいる彼女のふわっとした声やにへらっとした表情が相まって、僕の喉から変な声が出てしまった。

 なるほど、なんでみんなが風花さんを『天使』と呼ぶのか分かった気がする。これは癒しだ。あらゆる邪な心を浄化する光を身に纏う彼女の存在自体が、尊いのだ。もはや神秘的な奇跡と呼ぶに相応しい。


 僕はその考えに至りくしゃ顔になる。



「? なに変な顔してるのぉ? にらめっこぉ?」

「神はいたんだなって噛みしめてた」

「………?」



 風花さんは僕の言葉に不思議そうな表情をしていたけど、改めて思った。どうやらキミの存在は僕のような陰キャには眩しすぎたようだよ……。

 あ、そうだ。



「そういえば風花さん、僕はいったい何をすればいいのかな……? テーマって……?」

「あぁ~、私もすごく考えたんだけどほとんど思い浮かばなかったんだよねぇ。……因みにラノベとウェブ小説ってぇ、出会うきっかけは主人公とヒロインはどんな展開が多いのぉ?」

「うーん……だいたいラブコメ系で多いのは、ヒロインが痴漢や暴漢に襲われているところを主人公が颯爽と助けると実は同じ学校の生徒だったことが分かって物語が展開するのが一つ。次は主人公とヒロインが元から幼馴染同士でいちゃらぶする展開。あとは主人公の通う高校に転校生であるヒロインがやってきて徐々にその娘のことを知っていく事により心を開いていく展開の三つかなぁ」

「ふむふむぅ……つまり今ので言うと、女の子が好意を抱く基本的な要因は『吊り橋効果』と『腐れ縁』と『ギャップ』っていうことかぁ。うん、ただ優しくされただけでコロッと好きになるおバカなちょろいんじゃないだけマシだねぇ」

「簡単にまとめたね!?」



 それに加えて最後に毒を吐いたよこの娘。いきなり毒舌になっちゃうから僕すごく胸がドキドキしてるよ。もしやこれが恋……?(いや違う)


 まぁ僕の内心のおふざけはともかく、基本的なラブコメの王道はこの三つだろうと僕は考える。もちろん他にもあるけどね。それらに様々な設定を盛り込むことで多種多様な物語が誕生するのだ。



「………私の場合とは少し違うなぁ」

「え? な、なに?」

「っ、ううん、なんでもなぁい!……じゃあさぁ、明日までどういうテーマがいいのか考えるからさぁ、来人くんの持ってるラノベ、私に貸してくれないかなぁ? いつも学校に持ってきているんでしょぉ?」

「えっ!? なんで知って……う、うん。わかった……」



 焦った様に返事をした風花さんの提案に、僕は少しだけきょどりながら返事する。

 確かに僕は暇つぶし用にラノベ六冊はいつも持ち歩くようにしているけど、昨日話したばかりの風花さんがなんで知ってるんだ……? 


 不思議に思いつつも僕は荷物入れに手を突っ込んで、主人公とぼっちヒロインが交換日記を通じて徐々に心の距離を詰めていく恋愛ラノベを手渡す。


 ありがとぉ、といつもと変わらない微笑みを携えながら受け取った彼女は丁寧にバッグに仕舞った。



「じゃあ明日までにこれを参考にして、シチュを考えるねぇ」

「うん、わかった。っていうことは、今日はこの話し合いだけかな……?」

「えぇ、話し合いぃー?……あー、もしかして来人くん気が付いてないんだぁ」

「え……?」



 思わず立ち止まった僕は笑みを深めた彼女の言葉に疑問の声を洩らす。そして次の瞬間、風花さんは僕の耳に顔を近づけてこっそりと呟いた。



「だってさぁ―――既にこの状況がラブコメっぽくなぁい?」

「………ッ!!」

「ふふふっ、これが来人くんと私の、初めての共同作業だよぉ」



 背伸びした風花さんの吐息やその言葉がどこかくすぐったく感じた僕。ふんわりと漂う彼女の甘い匂いも相まってすぐに顔が真っ赤になってしまうのがわかる。


 驚いた僕は風花さんの顔へ視線を向ける。いつも通り微笑んでいるも、僕と同じように僅かに頬に赤みが差しているのがわかった。


 え、えぇ……ちょっと待って。



「じ、じゃあまたあとでねぇ、来人くんっ!」

「あ、あぁ……うん。また教室で」



 風花さんは上目遣いで僕を見つめたあと、若干声を上擦らせながら茶髪を揺らして走り去ってしまった。


 残された僕はパチパチとまばたきを繰り返すと、呆然としながら呟いた。



「これ、なんてラノベ………?」



 身体中に激しく鳴り響く動悸を感じつつ、僕はさっきの風花さんの行動の意味を考えながら高校へと歩みを進めたのだった。






「えへへ、えへへへへぇ……!」



 足がまるで羽のように軽く感じる。


 私は通学路で来人くんとお話しした後、先に一人で学校に向かっていた。

 表情が緩み、顔がニマニマとしているのが自分でもはっきりと分かる。何故なら彼と話せた嬉しさと、彼に対する羞恥心でいっぱいだったからだ。……まぁ、あの状況に耐えきれず走り去ってしまったのだけれど。

 先程の内容を思い出しながら両手を頬に当てる。



「す、少しだけ大胆だったかなぁ……? 昨日は私の自撮りを送信しちゃったし、今日は来人くんに耳打ちして、しかも私と来人くんの"共同作業"だなんていっちゃったしぃ……!」



 なんだか、昨日席替えをして来人くんの隣になってからというもの、徐々に気持ちや行動が大胆になってきているような気がする。


 入学してから約三か月間、彼と一度も会話することなく学園やクラス内の人間関係を立ち回りやすくする為に色々費やした反動がここできちゃったのかな?


 よし、と私は気を引き締めるようにしてグッ、と胸の前に拳を作る。



「まずは家に帰ってからぁ、来人くんから貸りたこのラノベで復習・・しなくっちゃねぇ……!」



 彼の心の拠り所であるラノベに対し正直とても嫉妬してしまうが、私は私なりの方法で来人くんとの距離を縮めていくつもりだ。

 その為には今以上に彼が愛読するラノベとウェブ小説を知る必要がある。



「明日が楽しみだなぁ……♪」



 私は笑みを浮かべて、期待に胸を膨らませながら学校へ向かった。



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