第3話 自宅にて
やはり高校に入学してから三か月も経過すると、新入生らしい浮足立った気持ちは鳴りを潜め、他の同学年の生徒は雰囲気に慣れ始めて放課後の部活にも精をだすようになる。
入学して一カ月後に必ず部活に入らないといけないという校則があるこの白亜高校。一応僕も読書や手芸を行なう部活である文芸部に所属しているのだが、最初の入部挨拶のとき以来足を運ぶことは無かった。
そう、僕はいわゆる"幽霊部員"というやつなのだ。
「だって静かな環境で集中して本を読むのが好きな方だし、読んだ本の感想を言い合うの苦手だからな」
本屋に立ち寄ってから帰宅後、授業中に出た課題をすぐさま取り組んで終わらせた僕は、ベッドに横になりながらラノベを
ぺラっと小気味よくページの端を
「でも今日は驚いた。まさか席替えで隣になっただけで風花さんから話しかけられるとは思わなかったからなぁー。しかも連絡先まで交換しちゃったし」
今日の昼休みの出来事を思い返しながらラノベの文字を追っていたのだが、どうもその内容が頭をちらつく。
彼女が僕に提案してきた"シミュレーション"という言葉。恋を抱く人の気持ちを理解したいという内容のことを風花さんが
「もしかして、何か裏がある……?」
ふと中学時代を思い出す。
そもそも冷静になろう。いくら僕がラノベやウェブ小説ばかり読んでいる読書家だとしても、陽キャ・美少女・『天使』の三拍子揃ったあのクラスで超絶人気の風花さんがだ。本を読んでるだけの僕に積極的に絡んでくること自体おかしい。
なにかあの話以外の理由があるに違いない。
それと風花さんが友達と会話するところはあまり見たときはないが、会話の途中で垣間見せたあの毒舌。正直『天使』と云われている彼女が人前であんな毒舌やきたない言葉を言うとは考えられないし、もし言ってたら天使とは呼ばれていないだろう。
でも僕の前では気にすることなく毒舌だった、ということは……?
………うん、まぁ深くは気にしないでおこう。話したのは今日が初めてだし、彼女のことはよく知らないんだ。推測に推測を重ねたって疲れるだけだし、明日も普通でいよう。
「でもシミュレーションって具体的に何をすればいいんだ? 僕程度のコミュ力じゃ、模倣は出来ても"恋する気持ち"を抱くに至らないと思うんだけど……」
碌に内容が入ってこないままページを捲ろうとするが次の瞬間―――、
"ピロンッ♪"
枕元に置いていた僕のスマホが鳴った。SNSのメッセージアプリだ。
ラノベを閉じてスマホを手に取って確認、どうやら誰かからメッセージが届いたようだ。まず見慣れた画面上にでる時刻がでかでかと視界に入る。
「えっ!? ウッソもう二十時過ぎてる!?………うぇあっ、風花さんから!?」
窓から夕陽が差し込むとラノベに集中できないと思いカーテンをしていたが、まさかもう夜になっているとは思わなかった。
そして僕の元にメッセージを送ってきた人物の名前を確認して二重に驚愕する。
「『Fu-ka Mikami/風花』って、やっぱり風花さんからだ……な、なんだろう………?」
名前の後ろに付いてる黄緑色のクローバーの絵文字が何とも彼女らしいふわふわ感を漂わせてる。どうやらアプリの風花さんのアイコンは開いたノートとシャープペン、そして淡い青色のシュシュのようだ。
やっぱり友達との罰ゲームでドッキリでした~っていう話か……? と若干の緊張と不安な気持ちで液晶画面をタッチ、文章を打ち込む準備をしつつアプリを開く。
『やっほ~、来人くん今日はありがとうねぇ(=゜ω゜)ノ』
『や、やっほー……こちらこそお話ししてくれてありがとう?』
『あははっ、なにそれぇおもしろーい(^_-)-☆』
『面白いのかな……』
この微妙な温度差よ。ごめん風花さん、聖なる天界に住む『天使』のコミュ力には所詮ただの凡人である僕には追いつけそうにないよ。あと顔文字だと分かりやすいね。
でもまずはあの話の事を訊かないとな。
『それよりもまずシミュレーションの件なんだけど……』
『むぅ……そのことなら深く考えなくてもいいよぉ。私とテーマに沿った会話やシチュエーションをしてもらえればそれでおっけー!(^O^)/』
『そ、そうなんだ。うん、わかった』
ふんふん、なるほど。つまりはラブコメ的なトークテーマを先に決めて、型に嵌ったみたいな会話や行動をしようってことかな? 必ずしも模倣しなきゃいけないってわけじゃないんだね。
……ちょっと待って、
ハ ー ド ル 高 く ね ?
すぐさまただのライトノベラーである僕の底辺スペックじゃ難しい旨を打ち込もうとするが、"ピロンッ♪"と軽快な音が響く。
『それじゃあまた明日学校でねぇ! おやすみぃ~(*´ω`*)』
『お、おやすみ、風花さん。また明日』
おぅ、またも勢いに流されて言えなかった……と、コミュ力の格の違いを見せつけられて内心凹んでいると、またもや"ピロンッ♪"という音が響く。
今度はなんだろうと思いながら画面を確かめると、どうやら風花さんらしい。
「いったいなんだろ………ぶっ!!」
僕と風花さんのメッセージ上を見てみると、そこにはピンク色の薄いキャミソール姿の風花さんが自撮りした写真が写っていた。
自室のベッドの上で撮ったであろう風花さんは、自らのスマホのレンズを覗き込んで柔らかく微笑んでいる。
正直、話したばかりである僕にこんな日常的な写真を送るなんて戸惑うしかない。
どうして、という疑問とコミュ力という言葉では片付けられない行動に様々な考えが浮かび上がるが、
「………………………オゥ」
僕は気の抜けたオットセイのような声を出してしばらく固まってしまった。
◇
「~~、~~~♪」
私はベッドの上で足をパタパタとさせながらスマホの画面を凝視していた。そこに映り込むのは今までメッセージを送り合ってた男の子が打った文面。
「ふぅ。来人くん、やっぱり女の子慣れしてないねぇ」
今日学校で初めて話しかけた彼の表情や仕草、会話の内容を思い出しながら私は思わず口角が上がってしまう。によによと頬が緩んでしまう。
この気持ちの正体を、
「これでも勇気を出して送ったんだからねぇ? ふふっ、明日からが楽しみだなぁ。……うにゅ」
緊張しながら撮った自撮り写真。それを初めて男子である来人くんに送ってしまった私はしばらく恥ずかしさに悶えてベッドの上を転がった。
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