マナーはお互いをよく知らない人間が不快感や誤解を与えあわないようにするには大事なのだろう

 さて、マナーや礼儀作法がなぜ必要か言えば、主に懇親の場で知らない人間との対話を潤滑にするためであるとおもう。


 逆にそれがないとどうなるかと言うと最悪殺し合いやら戦争やらに発展する。


 アニメの伝説巨人イデオでは異星人に攻撃されて降伏の意味で白旗を振ったら、地球人とは全く考えが違い『殲滅・徹底抗戦』となっており、絶対降伏などしないという意味に取られてその結果銀河が滅亡するという悲惨なことになったりした。


 例えば日本ではよく使われる”遺憾の意を表します”という言葉が、残念な結果となって申し訳ないと謝罪する場合や、相手の側の行為についてそのようなことをされては残念だということから抗議する意味合いを持たせた場合など正反対の場合がある。


 だから、”領海侵犯に対して遺憾の意を表する”という日本の発表を日本がこの島は日本の領土ではないことを認めて謝罪していると曲解する国が周辺にはたくさんあったりするわけで、そういう曖昧な表現は外交の場では使うべきではないのだ。


 そこまで行かなくても例えば名刺の受け渡しなどでもある程度マナーみたいなのがあるがそれを守ったほうが雰囲気はにこやかになるわけでそういった場所での雰囲気は当然悪いよりはいいほうが良いわけだ。


 まあ要するに礼儀作法というのは相手に余計な言質などを取られないために必要な暗黙の了解でもあるというわけだな。


 日本では曖昧な言葉が軽く扱われることも多いがそういったものは国際的な外交の場所などでは通用しない。


 多くの国が入り組んでいてお互いの利益を争っていたヨーロッパなどで社交儀礼でのマナーとかが発達したのも当然であるとも言える。


 日本の室町時代などでも原因は些細なことでも失礼と判断したほうが相手を斬り殺し、それの報復が繰り返されて全面抗争に至る事もあったりしたから、茶の湯の場でのルールなどは細かく決まっていったりもしたのだろう。


 そういう意味合いでは礼儀作法とかマナーはやるべきことよりも、やってはいけないことをおさえるのが大事だとも言える。


 で、俺は翌日の約束の時間に西千葉の北にある北条先輩の家にやってきた。


 流石に学園法人を持っているだけあってでかい。


 周囲は生け垣で囲まれていて、自動車も出入りできる大きな門と通用門があり通用門側にインターホンがある。


 俺はインターホンを押して声をかけた


「おはようございます。

 前田健二と申しますが、北条先輩いらっしゃいますか」


 しばらくして通用門が開いて北条先輩が出迎えてくれた。


「お待ちしておりましたわ。

 さあ、どうぞ中にはいってください」


「じゃあ失礼しますね。

 それにしても随分でかい家ですね」


「そうですわね。

 敷地面積自体は大体1000坪くらいですわね」


「それはまた随分でかいな。

 間違いなく一般的なニュータウンの土地付き一軒家の5倍か10倍くらいあるよね」


「学校経営のためにこの土地がまだまだ田舎の別荘地だった昭和8年(1933年)ごろに土地を買ったようですからね」


「ああ、戦前だったらまだまだこのあたりの土地も安かったのだろうね」


「とは言えそれなりにお金は必要であったとは思いますが」


 総武線沿線は意外と高級住宅地や別荘地だった場所が多いのだが北条先輩の家もそういったところだったようだ。


 で、応接室かな?


 比較的広い部屋に俺は案内された。


「では早速始めましょう。

 ところでそもそも礼儀作法やマナーがなぜ必要かわかりますか?」


 北条先輩に聞かれたので俺は答えた。


「交渉の場所で相手に失礼と思われることをしないためですよね」


「ええ、そうですわ。

 ちなみに商業学校である我が校がなぜ女子校なのかはわかりますか?」


「え?

 もしかして戦前から経理とか簿記とかは女性がするものだったのかな?」


「いえ、そういうわけではありません。

 そもそも商業科というのは経営全般に関して教える場所でして、そもそも大きな商家というのは基本的に丁稚奉公人から優秀な人を婿取りで家を残してきましたから娘の側が経営や礼儀作法、交渉術などを覚えておき、婿入りした人を色々サポートする必要があったからです。

 お中元やお歳暮などの贈り物のやり取りなども嫁側が手配するものでした」


 北条先輩の言葉に俺は納得してうなずいた。


「ああ、なるほど、丁稚奉公人にはでかい商家の経営者に必要な礼儀作法とか贈り物の作法が知識としてあるわけないよな」


「まあそういうわけで私も小さな頃からそういった事を叩き込まれていますので、ご安心くださいませ」


「あ、うんそれは助かるよ。

 一年のときの研修旅行でのフランス料理のテーブルマナーなんて覚えても役に立つのかなと思ったけど、商業学校だからかなり意味があることだったのだね」


「ええ、商売というのは人と人のつながりで成り立っていますから様々な作法を覚えておくことは無駄ではないのです」


「確かに父さんも銀行の仕事で大事なのは接待だって言っていたしなぁ」


 そういった事をやらずに土地の大きさだけで担保を決め始めてから銀行はおかしくなったんだ。


 とは言えほとんど毎日午前様で休みは接待ゴルフというのもどうかと思うけど。


「接待は無駄と非難されることもありますが相手方の状況などをしる手段として大事でもあります。

 もっとも今では商家が後継者を娘の婿にするという方法自体があまり用いられなくなりつつもありますが、娘の子供が家を継ぐということで、よそから入り込んできた嫁一族に家を乗っ取られるということも少なくなるわけですわ」


「あくまでも入婿だとそうなるよな。

 俺たちがゲームを作ってすぐにフェニックスへ持ち込みを出来たりしたのも北条先輩がそういった事を叩き込まれていたおかげってわけだね」


「まあ、ゲームは正直専門外でしたので色々苦労しましたが。

 それでも有力で私達が制作したゲームソフトを受け入れてくれそうなそうなメーカーそのものはあまり多くありませんでしたので」


「なるほどな」


 それから俺は北条先輩に基本的な服装についてのコーディネイトの注意点や挨拶やお辞儀の仕方やそのタイミング、立食パーティでの食事のマナーや、年賀状についてなども注意を受けた。


「今年はまだいいですが来年度からは会社のオーナー社長として取引先への年賀状もちゃんと書いていただかないとまずいですわよ」


「あ、うん、そのあたり北条先輩がフォローしてくれていたのだね。

 ごめん、ありがとう」


「そのあたりライジングの初期メンバーで経営的なあなたの女房役を努められるのは、この私しかいませんから仕方ないと思っていますわ。

 他の人達がそれぞれの分野での必要な素養があるのは認めますが」


「いや、本当に北条先輩がいてくれなかったら今のライジングはないよ。

 でも将来的には初期メンバーとかに持株会社として会社を任せたいと思っているのだよね」


「まあ、今では人も増えましたから、楽にはなりましたが。

 たしかに規模も大きくなりすぎていますし、そのほうが良いかもしれませんわね。

 財界人が愛人に女社長をやらせるのもよくあることですし」


「ア、ウンソウデスネ」


 島津さんまでも俺の愛人だとか思われるのはさすがに避けたいよなぁ。

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