このころのブルートレインは予想以上に快適だな

 さて、ゲーム制作部のメンバーで部室に集まって宿題を消化し、いよいよ慰安旅行へ出発する日になった。


 一度国鉄の船橋の改札にみんなで集合して、総武横須賀線のボックス席に固まって座って東京まで向かうと、16時には東京駅に到着したので、総武横須賀線のホームからエスカレーターで上にあがって地下一階の売店で飲み物などを買っていく。


「やはりビールにつまみがないともの足らんからな」


 特に上杉先生が嬉々としていろいろ買い込んでいる。


「ほどほどにしてくださいよ。

 明日は車の運転がありますし」


「ああ、そのくらいはわかっているさ」


 16時15分には東京駅10番線に品川車両所から移動してきた寝台特急「はやぶさ」が入ってきた。


 はやぶさは昨年の昭和60年(1985年)にロビーカーが連結され個室車両が増えており、15両編成の青い車両は美しい。


 現在東北新幹線の東京駅ホームが建設中でその現場の向こうには東海道新幹線の0系が発車を待っているが、モーターがなく自力で移動できない客車列車であるブルートレインは、先頭に機関車をつけて、機関車が引っ張る形で運転されるので、進行方向の転換をするには、機関車を反対側に連結しなおす必要があるので出発に時間がかかるのだ。


「さて、さっそく乗るとしようか」


 俺がそういうと斎藤さんがうなずいた。


「そうね、そんなに急ぐことはないけど乗りましょう」


 ちょうどこのころのブルートレインは個室寝台やロビーなどの豪華車輌が順次投入され、ただ寝ながら移動できればいいという“実用重視”からベッドの幅を52㎝から70cmもしくは100cmへ広げ、“贅沢”へと転換しはじめた時期でもある。


 これは価格的には圧倒的に安いが狭い4列シートの深夜バス、価格はまだまだ高いが東京から九州なら1時間半で到着してしまう飛行機、飛行機ほどではないが寝台特急よりはずっと早い新幹線などと差別化を図るにはそういう方向が唯一生き残る道だったのだろうと思う。


「俺の部屋はここか」


 個室は結構狭いがカプセルホテルよりは当然上下スペースなどは広いが、部屋の設備はカプセルホテルに近い。


 しかしカプセルホテルとは違いカギ付きで完全な個室であり、鏡とふたを閉めればテーブルになる洗面台があり、小型のVHS方式のビデオデッキを内蔵したテレビやラジオが聞けるオーディオ機器などが設けられて、コントロールパネルには、アラーム付きの時計、テレビ、ビデオ、ラジオの操作ボタン、スピーカーのスイッチ、冷暖房の切り替えや調節、枕元灯の調節、常夜灯のスイッチ、室内灯のスイッチ、足元灯のスイッチ、非常ボタンやコンセントなどがあり、スイッチを入れれば冷房もちゃんと効くし、上下方向は結構広いのでカプセルホテルよりは明らかに居心地はいい。


 部屋を出て通路へ出て確認してみたが通路の端に、シングルデラックス利用者専用のシャワー室、洗面所、トイレと冷水器がありどれもきれいに清掃されている。


 16時45分になるバタンと音を立てて扉が閉まり、長めの汽笛がなり、ブルートレインが発車するが、機関車に引っ張られて動き出すことで最初の衝撃が結構大きいのが少し気になったが、列車は西鹿児島へ向けてゆっくりと動き出した。


 ロビーカーに移動して広い中央スペースの両脇に設置されているふかふかのソファーに腰を掛けて外を眺めているが、路線自体は東海道線を走るので新橋や品川のホームをそのまま通りすぎていき、品川をすぎた辺りから、スピードが上がって川崎も通過していった。


 東京駅の次の停車駅は横浜駅で熱海駅・沼津駅・富士駅・静岡駅・浜松駅・豊橋駅・名古屋駅・岐阜駅・京都駅・大阪駅・広島駅・岩国駅・柳井駅・下松駅・徳山駅・防府駅・新山口駅・宇部駅・下関駅・門司駅・小倉駅・博多駅・鳥栖駅・久留米駅・大牟田駅ときて目的の熊本駅へ到着する。


 大阪から広島の間の駅に止まらないのは完全な深夜帯という時間帯の関係だな。


「こんなところにいたんですか部長?

 もうみんな食堂車に行っているっすよ」


 ボケっと外を眺め日も暮れて熱海を出たところで、俺を迎えに来てくれたのは明智さんで浅井さんと横山さんも一緒だった。


「んあ、じゃあ食堂車に行こうか」


 三人と一緒に食堂車へ向かってその車両に入れば街の洋食屋などに漂うソース臭の混じった独特の好い匂いと高級レストラン的な優雅な雰囲気を感じる。


 そして4人掛けテーブルに着席するとメニューを差し出されるので中を見てみたが、カレーライスやカツカレー、幕の内定食、ポークカツ定食、ハンバーグステーキ定食のような比較的安いメニューから、サーロインステーキ定食のような比較的高いメニューにスパゲッテイナポリタンやミートソースにオムライスやお子様ランチもあるがせいぜい2000円くらいでのちの豪華寝台特急の食堂車メニューのようなそんなにバカ高いものではないがやっぱりちょっと高い。


 感じとしてはデパートの最上階にあった大食堂に近いかなと思ったが、どっちかというと町のちょっとお高目な洋食屋や食事メニューが豊富な喫茶店のほうが近いかもしれない。


 もっともアルコールなどのドリンクメニューは意外に豊富だけど。


 狭いスペースに限られた食材を持ち込まなければいけないことから食事のメニューはあまり多くなく、オイルショック時には飲み物一杯だけ注文して長時間居座る不届き者が急増して食堂車の売り上げは減少傾向が続き、それに反比例するようにエキナカ施設での駅弁が品揃え豊富で値段も手ごろになり客足もそちらへ流れているうえに、弁当やサンドイッチなどを車内販売サービスで買えば済む状態ではやはり食堂車は厳しい様子でほとんど貸し切り状態だった。


 まあ食堂車の座席をコーヒー一杯でひたすら粘るマナーの悪い連中を排除するなら最初の30分はなしでその後は30分で500円とかのチャージ料を取るとかの方法はあっただろうけど。


「うーんハンバーグ定食にするかビーフシチュー定食にするか悩むな」


 俺がそういうと浅井さんも言う。


「エビと魚のフライ定食もおいしそうですよね」


 そして明智さんも言った。


「自分はひな鳥のグリル定食にするっす」


「もんじゃかお寿司があればよかったんだけどなー」


 横山さんはそういっているが寿司が出てくる食堂車も実はあったりする。


「横山さんは東京の下町育ちなんだっけ?」


「うん、そうだよ。

 ないものはしょうがないからサーロインステーキにしてみようかな」


 というわけで俺はビーフシチュー定食、浅井さんはエビと魚のフライ定食、明智さんはひな鳥のグリル定食、横山さんがサーロインステーキ定食に決まったところでウエイトレスさんを呼んで注文。


 しばらくすると暖かかいス-プを皮切りにメインメニューやフライポテトや野菜サラダ、バター付きのロールパンにデザートのアイスクリームと食後のコーヒーか紅茶を聞かれるのでそれぞれ紅茶とコーヒーの好きなほうを選ぶことになるが中々においしい。


「駅弁もいいけど暖かい料理を食べられるのはやっぱりいいよな」


 俺がそう言うと浅井さんがほほえみながら言った。


「はい、私もそう思います」


 食堂車ももっとうまく活用すれば廃止しないでも儲けにつなげられそうなんだけどな。


 食事が終わったら解散して個室へ戻りしばらくはテレビをボケっと見ていたが、静岡を過ぎたあたりの21時にチャイムとともに今夜最後の車内放送があり、放送で今後は明朝6時まで車内放送をしないことが告げられて、今後の停車駅とそれぞれの到着時刻が説明され、廊下の蛍光灯が暗くなり、続いて座席天井の蛍光灯も消えた。


 これは減光とよばれて21時には就寝するのが基本で翌朝6時に起きるというわけだ。


 部屋にはシーツ、毛布と布団、枕と浴衣が用意されているのでシーツを敷き、浴衣に着替えて横になって毛布布団をかぶるといい感じに眠くなってきた。


 6時を過ぎると、「おはようございます」の声とともに、今朝最初の車内放送が始まった。


「ふわあ、結構よく眠れたな」


 揺れや列車の走行音などが気になるほど大きくなかったこともあってぐっすり眠ったが、窓のそとには瀬戸内海が窓一杯に広がり空もすっかり明るくなっている。


 まああと5時間ぐらい時間はあるんでもう少しゆっくり寝ているか。


 というわけで2度寝して7時くらいに起きたら布団などをかたずけてシャワーを浴びに行き、寝汗をシャワーで流したら食堂車へいって朝定食を食べる。


 下関と門司の間は、関門海峡があり、列車は海底の下の関門トンネルを走るのだが、この区間は塩害対策をした専用の機関車が引っ張るため、機関車の付け替えを行い、関門トンネルをくぐると九州だ。


 そして九州最初の停車駅である門司では、また機関車の付け替えを行い9時ごろには博多に到着する。


 そして1O時半ちょっと前に「はやぶさ」は大牟田駅のホームに到着した。


「ああ、本当に九州に来たんだな」


 なんだかんだでこちらは空気がきれいだな。


 はやぶさは西鹿児島へ向けて走っていった。


「さて、レンタカーを借りてこようか」


 上杉先生がさっぱりした顔でそういった。


「ええ、よろしくお願いしますわ」


 みんなでグリーンヒルランドに行くのが楽しみだな。

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